気まぐれさんとお菓子

広野 狼

気まぐれさんとお菓子




 この世界に生まれ変わって、早幾年。いや嘘です。たかだか五年ほどです。

気が付いたら、なんとなく、ぼんやりと生まれ変わったことに気が付いた。瞬間ぶっ倒れたらしい。

らしいというのは、あっと思った瞬間、視界がブラックアウトしたように感じ、その後は、過去世の上映会に否応なくご招待されたからだ。

どこで気を失って、過去世を見始めたのかの切り替わりの記憶が無いから、気が付いたら倒れてて、ベッドの上で目を覚ました。と言うのが、少なくとも、過去世の記憶を抜いた、私の記憶だ。

まあ、そんなことはとりあえずさておき。

この世界には、神秘術というものがあった。最初は魔法の派生かと思ったが、そうじゃない。

所謂神頼みが上手く叶うことがある。だから、神のもたらす秘やかな術。神秘術と言われる。

しかし、それ、おそらく神様ではないと思うのだ。

過去世を思い出したせいなのか。転生者と言われる者には、何かしら特典を付けないと、気がすまない神様がいるのか。それとも、むしろこれが神秘術のお陰なのか。

原因こそ分からないが、原因が分からなくとも、現実は変わらない。

で、その神秘術、所謂妖精みたいなのが気まぐれに起こしてるっぽい。

少なくとも私の視界では、そう感じる。

けれども、この世界、妖精なんてものは居ない。だから、妖精なんて単語を口にしても、意思の疎通は出来なかった。

まあ、妖精も居ないが、妖獣とか、魔獣とか、そう言う害悪に尖ったものも居ない。害獣と言われるものや、猛獣と言われる危険生物は居るが。それは、前のときも変わらない。

生活水準を加味して、危険度的には、この世界の方が高いかも知れないが、基本的なところでは、変わらないなと、私は思った。

で、まあ、妖精だ。

なんでそんなものがいると思ったかと言えば、誰かが真摯に願っているときに、キラキラと光ったものが見えるようになったからだった。

他の人にも聞いてみたが、お祈りをしているときに、光ったものなど見えないという。

そんなものが見えた記述もないらしいので、おそらく世界で私が初なんだろう。

だから、私は慎重になった。

ここで、妖精がいて、それが気まぐれに奇跡を起こしているのだなんて言ったところで、通じない。

それならばと、私は自分の年齢を上手く使うことにしたのだ。

 「気まぐれさんが助けてくれたんだね」

そう、成ったり成らなかったり。神秘術は絶対に安定しない。それはさながら気まぐれだ。

しかし、私の目には、光が見える。気まぐれだろうがそこには何かがある。

何かがあるのであれば、ちょっと試してみるのも良いだろう。

正しくそれは、気まぐれの産物だった。

 「気まぐれさんにお礼がしたいの」

怪我をした子の怪我を治して欲しくて、私は気まぐれさんにお願いしたのだ。怪我を治してくれたらクッキーをあげます。と。

なんと、その子の怪我は綺麗に治った。が、治ったことにびっくりして、また泣いた。

そんなわけで、私は約束のクッキーを用意しなくてはならないのだ。

 「私のおやつを少なくして良いから、クッキーをちょうだい」

子供特有の擬人化だと親は思ったんだろう。子供の怪我が治ったのも本当だしと、母は私のおやつを一枚減らして、クッキーをお皿に用意してくれた。

夕飯も終わり、後は寝るだけとなったころ、私はそれを意気揚々と、窓辺に置く。そう言えば、妖精はミルクも好きだったんじゃなかろうか。

と言うか、クッキーだけじゃ辛いよなと思い、こっそりと台所に行くと、ちょっとだけミルクを拝借し、同じように窓辺に置いた。

 「今日は友達の怪我を治してくれてありがとう。これは約束のクッキーです。ついでにミルクもちょっぴり付けたよ」

夜の帳の降りた窓辺には、星と月の明かりが柔らかく降りている。明かりの少ないこの世界では、星がよく見える。

しばし、星を眺めると、前世神様にしたようにちょっと手を合わせ、私はベッドに潜り込む。

なんだか、クリスマスにサンタの姿を見てやろうと頑張っている子供のようだなと思いながら、そっと目を瞑った。

目を瞑ってから、起きていられたら、妖精の姿を見ることが出来るだろうかとも思ったが、ベッドに潜り込み、目を瞑って数分で、私はすっかり夢の中だったらしい。

考えたという記憶はあるが、その後目を開けた記憶が無かった。

 朝、ちょっと失敗したなと思いながら、ごそごそと布団から這い出す。まだ、朝は寒い春先。這い出すにも勇気がいるのだ。

そんなこんなで、やっとこ這い出し、眠たくて零れる欠伸を噛み殺すことが出来ないまま、半分眠った目で、気になっていた窓辺に近付いた。

まさかと、もしかの狭間。そんなことあるわけないと予防線を張りながら、覗いたお皿は、予想通りなのか、予想に反してなのか。

綺麗さっぱり、屑一つ無い、それはそれは洗ったままと言われれば納得してしまいそうな程に綺麗なお皿とコップが鎮座していた。

 「おおおっ」

実験が成功したことに歓声を上げる。しかし、他の人に言ったところで、おそらく私がクッキーを食べたと思われるのが落ちだろうなと思っているので、必死に声を抑えた。

なにより、クッキーと神秘術の成功率の因果関係が分からない。

クッキーをあげなくても、治してくれたかも知れないからだ。

この辺が神秘術の気まぐれの産物。

でも、私には何かが見えて、それが願いを叶えてくれていることが分かっている。

対価がないから、適当に気が向いたら叶えてくれているんだろうし、おそらく、妖精との付き合いは、そのくらいが良いんだろう。

下手に欲をかいたら、ろくな事が無い。

さて、そうなると、クッキーをあげるのは良いとして、対価として渡すのは、どうなんだろうか。

これをしてくれたら、クッキーをあげるって言うのは、どうしても、これが叶って欲しいって言うときだけにしよう。

それ以外は、そうだな。お礼、かな。いつもありがとうって。

だって、気まぐれでも手を貸してくれてるから。

 「私がもう少し大きくなったら、いっぱい甘い物作れるようになるね。それまではたまにになるかもだけど、甘い物を窓辺に置くね」

大きくなったら、どんな仕事に就こう。どうしたら、妖精さん達に甘い物をいっぱい上げられるかな。

お菓子屋さんは、おそらく、素人の域を出られる気がしないから、無理だと思うし。

あれ、もしかして、結構前途多難だったりする?




 そんな幼い頃の思い出に浸りちょっとした現実逃避から帰ってくると、私は、そっとキッチンからリビングを見る。

優雅に椅子に座り、茶を嗜みながら、クッキーをつまむものも居れば、小さい体で、自分くらいあるクッキーを持ち上げ食べているものも居る。ここからは見えないが、テーブル下に用意したものを食んでいるのも、実は居る。

幼い頃、私は彼らが光りにしか見えなかった。

キラキラと光っている彼らが、願いを叶えているんだと漠然と感じていたが、まさか、人型だったりとか、動物型だったり、所謂私のよく知る羽根のある妖精型だったりと、様々な形をしていたとは、考えもしなかった。

いや、正直知らなくても良かったかなって思うんだけど。

そんなことをつらつらと考えていると、一際おっきな人。いや、私より大きいってだけで、成人男性って考えれば、そう大きすぎでもない。

大きさと、意思の疎通のしやすさから、一番力が強いんだろうなとは思っているが、それを確認したことはない。する必要が無いから。

まあ、その人が。

 「これはお前の想像を形にしているだけだよ。だからお前にしか見えない」

しれっとそんなことを言った。

ここ数年、家をほぼ占拠されていたが、初の事実にびっくりだ。

ちなみにどうでも良いが、私の安息の地は、ない。ベッドの上だけは死守したが、寝室は死守できなかったので。

優雅に茶を飲みながら、主よりも主らしい人の言葉に、ちらっと、むしろその方が恐ろしい絵面なのではと気が付いたが、私にどうにか出来るはずもないので、そっと目を逸らした。

いやだって、今これを誰かが見ていたら、私が一人でぶつぶつと何か見えないものとお話ししている図が出来上がるって考えたら。

いや待て、カップとか無機物どうなってんの?

いやもう、考えるの止めておこう。考えたら負けな気がしてきた。

 「……お茶とお菓子、足りてます?」

とりあえず、話を変えることにした。

 「私は足りているね」

大きい人が言えば、小さい人たちも、声やら身振りやらで十分だと言ってくれる。これ以上追加しなくて良いのが分かってほっとする。

お気に入りのお菓子に出会うと、延々追加を言われることもあるからな。無くなったら、諦めてくれるので、良いんだけど。

でも、諦めても、どうしてもっと買っておかないんだと言わんばかりの恨みがましい目をするのは止めて欲しい。私の財力を知って欲しい。

いや、臨時収入多いけど。それが全部菓子類に消えてるけど。

 「そう言えば、お前はどうして願い事をしないんだ?」

願い事をすれば、おそらく大概のことが叶うんじゃないかなと思うが、問われて考えて。

 「お願いしてまで叶えたいことがない、ですね」

そうなんだよ。財力は乏しいけど、破産寸前までは行かないし。こうして気まぐれさん達と一緒にお茶するの楽しいし。今、充実してるんだよね。意外と。

気まぐれさん達が溢れかえってるから、もう少し広いと良いのかなとか。ちらっと考えたりするけど、大きいと、私が維持できないしね。

お掃除、大変なんだよ。今でもわりと。

そんなわけで、必要ないんだけど、大きい人は、思案顔だ。

 「そうなのか」

確実に納得されてない顔ですね。

納得して欲しい。私、今で十分。

 「あの、本当、私、好きでやってるんで、気に病まないで欲しい」

なんか、とっても大事になりそうな気配を察知して、事前に止めてみた。が、なんか時既に遅かった気がする。

いやだって、今でも、なんか、懸賞出せとか、これ買えとか言われて、買ったものが臨時収入になってんのに。

 「大丈夫、大丈夫。私たちも好きでやってるだけだ」

もう、嫌な予感しかしないです。何事もなくすんで欲しいという、私のささやかな願いは、どうにも叶えて貰えないらしい。



 その後、気まぐれさんの圧に負けて買った宝くじがおっそろしいことになり、気まぐれさんのお菓子屋さんを作る羽目になるとは、流石にこの時点では予測不能だった。

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