たんぽぽ

桜乃あめ

たんぽぽ


「ねぇ知ってる?たんぽぽの綿毛を一息で吹くことができたら、恋が叶うんだって!」


無邪気に笑いながら彼女はそう言った。


笑顔のよく似合う、僕の好きな人。



「へぇ、そんなジンクス信じてるの?」


「うん!だから、このたんぽぽが綿毛になったら、試してみようよ!」



今は3月中旬。今日はいつもよりも暖かい。

咲き始めたたんぽぽを愛おしそうに見つめ、そう言った。


もう僕たちは、離れ離れになるけど。



「明日、引っ越すんじゃなかったの?」


「うん、でも、ここに来るよ。会いに来る」



俯く僕を覗き込む彼女に、心臓が跳ね上がった。


目の前の彼女に聞こえてしまいそうなくらい、鼓動が鳴り響く。



君が好き。



なんて、言えたらいいんだけど。


きっとたぶん、言ってもいいんだけど。



「わかった、待ってる」



そんなロマンチックなジンクスに賭けてみてもいいかな、とも思った。



僕は彼女を見つめた。


彼女も僕を見つめた。


彼女が頬を赤らめて笑う。


そんな彼女を見て、僕も笑った。



まだこんな時間が続いてもいい。


十二分、幸せだ。


これからもっと、幸せな時間になっていくのだと確信している。



「綿毛になるのは1ヶ月後だから、またそのときね」



引っ越しの準備があるから、と僕たちは別れた。



それからの毎日は、本当に1ヶ月後なんて来るのか信じられないくらいに長く感じた。


毎日あの場所に行って、元気な黄色いたんぽぽに早く綿毛になれと喝を入れた。



いつのまにか段々と、たんぽぽを見に行く日は少なくなった。



ただ、彼女を忘れた日はなかった。



そろそろ、見に行かないとな。



川沿いに咲いているたんぽぽへと足を運ぶ。


水の音が近くなる。


しばらく来てなかったからか、懐かしささえ感じる。



あれ、誰かいるなーー




「え…」




思わず声が出た。



「綿毛になったら連絡するって約束したのに〜」



4月下旬。

太陽の日差しも強くなってきたこの頃。



白いワンピースの彼女が、そこにいた。



「え、なんで、ここに…」



頭が追いつかず、とりとめのない言葉が並ぶ。



「会いに来ちゃった」



変わらない笑顔。



彼女と会ってなかった空白が、一瞬にして埋め尽くされる。




「せーので一緒に吹こう」



立ち尽くす僕に、彼女は綿毛を差し出す。

彼女の手にも一本。



それを受け取ると手が震えた。



絶対に吹き切る。

ジンクスを真実に変える。

今、ここで。




彼女と並び、顔を合わせた。




「せーの」

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たんぽぽ 桜乃あめ @sakura_sa9

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