第14話 混沌と呼ばれた子ども
「子どもがどうして、要るの?」
『混沌』と呼ばれた子どもの抱える
ヨモは、マニシャの手元から目が離せなかった。
「僕の語る話を聞かせないといけないからだよ。ほんの子どもの頃から聞いていれば、狂わないからね。でもヨモ。キミくらい大きくなってしまったらもう駄目だ」
顔を上げたマニシャが、鋭い目を向けて、言葉を続けた。
「僕が消えた後の僕の部屋にキミは入った。そうだよね?」
「入っ……たよ。心配だったから。文字が砕かれていて、そこに、砕かれずに残っていた文字があって……」
そこまで聞いて、マニシャは片方の眉を釣り上げた。
「残っていた文字を見たのか? どうだった?」
「怖かった。見たこと無い光り方をしてた。エイゴの文字だった。」
「それから? 何かあった? 文字は正しく並んだ?」
穏やかな口調ながら、マニシャの表情には緊迫したものがあった。
雰囲気に気圧されて、ヨモは黙り込む。ヨモの後ろに浮いているギイも、ずっと黙っている。
マニシャが石を集めては櫃に入れるかすかな音と、ギイが引きずる
「文字は並んでくれなかったよ。チカチカ、ピカピカ、って光って、頭が痛くなって、気付いたら意識が乗っ取られるみたいになって、そこをギイが助けてくれた。口から勝手に出てくる言葉を、ギイが綿の体でふさいでくれたから」
「あの時のヨモ、おかしかったから、俺っち怖かった。マニシャも同じになったのかと思って、怖かった。そんで今も怖いよ。マニシャが変わっちまった気がして、すごく怖い。尻尾がびりびりいうくらいに怖い」
ヨモとギイが続けてこたえると、マニシャは顎に手を当ててちょっと考えるような顔をした。
欠片を入れ終わった櫃の蓋を閉じて、『混沌』に渡して、『混沌』を下がらせると、座り直してヨモにたずねた。
「あの文字はどう並ぶのが正しいと思う?」
「わかんない。N,a,r,t,h,y,p,a,l,o,t,e。
頭に残る、明滅する文字を思い出しながらこたえる。
少しの間があって、マニシャは袖で顔をおおった。肩が震えている。
その震えがどんどんと大きくなって、ついには、マニシャは天井を仰いで高笑いを始めた。
「ハハハ!
「分からないよ。ディドル・ディドルとか、クラムボンとか、そういう、実体がない、音が大事なコトバなんじゃないの。だって何度も並べ直してみたけど、それらしいコトバは見つからなかったもん!」
ヨモは、笑われたのが悔しくて、頬を赤くして反論した。
握りしめた両のこぶしが、興奮でわなわなと震える。
「遠回りな質問ばっかりしてないで、教えてくれたらいいじゃん! あの日マニシャが修繕していたショウセツなんだから、分かるでしょ。
「
マニシャは放り投げるみたいにして答えた。
「可愛い修繕士見習いさん、もう一度言おうか?
外ではまた、子どもの遊ぶ声が聞こえ始めている。子どもらの輪のなかに、『混沌』も紛れているのだろうか。
土間には、『混沌』と入れ違いに戻ったサジーが立って居た。
「またそんなことを言って。不気味な話を不気味な子どもに聞かせ続けていると思ったら、こんな女の子にまで。おかしいよ。ヨモさん、キミもマニシャの手紙の通り、ただコトバ修繕士なんていう仕事から離れたらいいだけだったんだよ。大体あんなもの女の子のする仕事じゃ……」
「おうおうサジーよう、ヨモのこと舐めたらだめだぜ。こいつはコトバ修繕士の才能がある。ずっとそばで見ていた霊獣の俺っちが保障するぜ」
サジーの言葉に、ギイがつっかかっていくが、ヨモは何も言わない。
口のなかで、「
「ヨモ、お前も何か言い返せよ! そもそもこの、なんだっけ? いとこか。コイツらいとこ共がヨモにわけわかんねー手紙送って来なかったら、心配してこんなとこまで来てねえんだよ。そうだよ、心配して来てやってんだよ。それをなんだよ、女の仕事じゃないとか、知らねーっての。な? なんとか言えよヨモ」
「
ギイがヨモの羽織る
「はは、ヨモは怖いもの知らずだ。またコトバのことを考えている。ヨモ、ギイ、教えてあげようか。どうして
そう言ってマニシャが腕を掻くと、腕に残った鱗状のガラス片がはりはりと落ちた。
「僕たちの十代は、それは暗いものだったよ」
と、マニシャは話を切り出した。
サジーは鼻を鳴らすと、部屋のすみに座り込んだ。
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