第8話 人探しの交換条件

 マニシャの手紙を受け取ったギイとヨモは、配達人を訪ねに街を行く。

 

「あー、連れて来られちまったけど、俺っち別にお前の所有物じゃないんだけどなあ」

「ギイ、もうちょっと愛玩用のワタモノっぽく、可愛く喋れない?」

「だって俺っち愛玩用じゃないもーん!」

「しぃ! 声がおっきい!」


 コトバ修繕士とその連れの霊獣となると、街では悪い意味で浮いてしまう。

 

「ギイのところに来た配達人は、どこの街から来たんだろうねえ」

「ちょっと変わった風貌ふうぼうだったけどよ、少なくとも俺っちは見たことのない奴だったよ」


 ギイの元に手紙を運んできた配達人は、目の覚めるような青い服をまとっていて、背が高く、金色の目をしていたという。口元には布を巻いていて、顔の下半分は見えなかった。終始おびえたような様子で、ギイに手紙を押し付けると逃げるように去っていったという。



 

「――てことで、そういう配達人がよその街に居ないか、分かりませんか? もしかしたら配達人じゃないかもしれないですけど、似た背格好のヒトをどこかで見かけたりとか、なんでもいいんですけど、とにかく情報が欲しくって」


 街の配達人の元をたずねたヨモは、明らかに歓迎しない様子の男を前に、ギイに手紙を届けたという配達人の特徴を必死に伝えた。

 男の店は街の中心の長屋の一室に構えられている。軒先には、種の弾けた後の藤のが綱でつながれたものが吊られている。これは配達屋であることを知らせる飾りだ。

 

「俺は知らねえ、そんな奴を見かけたこともねえ。ああフラーファ、このお嬢さんはお客じゃないから白湯はいらんよ」


 たらいに入れた藤の実をジャラジャラと指で遊びながら、男は気のない返答をする。

 かたわらでは、ヨモと同じくらいの背丈のほっそりとした白いワタモノが立ち働いている。

 一応頭に丸い耳がついてはいるが、ヒトに限りなく近い造形をしている。そんなワタモノを側に置いている時点で、現世界では浮いた存在である。ワタモノはヒトから遠い姿にすると、暗黙のうちに了解されているのだ。

 

「でもおとうちゃん、この子困ってるよ」


 ヨモは密かに驚いた。主人ではなく、おとうちゃんと呼ばせているというのが異様に映ったからだ。


「いいんだよ、面倒ごとはごめんだ。手紙なんてもんをやり取りするコトバ修繕士なんて、まず店の敷居をまたがしちゃならねえんだよ。ただでさえフラーファ、お前が居ることで、目つけられやすいんだからよ」


「ご迷惑はおかけしませんから!」


 必死で食いつこうとするヨモだが、男の反応はすげない。


「もうアンタと関わった時点でご迷惑なんだよ、帰ってくんな」


 ジャラジャラ。男の手元の藤の実が鳴る。

 

「あ〜、その、そちらのキレイなお嬢さんのお名前は何ていいましたっけね?」


 停滞しかけた空気をかき混ぜるように、ギイが、ワタモノをさして言った。


「なんだお前、うちの娘に声かけて何考えてやがんだ。ナンパか? お前よう、うちのフラーファは婿取り前だからな、粉かけようなんてふざけんなよ」


 ジャラジャラ。の音が止まり、代わりに手の中で藤の実が打ち合わされて、カチン! と高い音がする。

 

「ちょっとおとうちゃん、恥ずかしいからやめてよ。まだ婚礼衣装も用意出来てないんだから」


 フラーファと呼ばれたワタモノが、火照るはずのない頬をおさえてくねくねと照れた仕草をするのが、妙に色っぽい。

 配達人の男は、そんなフラーファを温かい目で見つめている。ヨモ達に向ける表情とはまるで別物だ。


「ああ! フラーファさんか! こりゃあいい名前だ。美人さんにぴったりだ。そう思うよな、ヨモ!」


「え、ええ、そうですね。本当にお似合いです。ところで、配達先で色々なヒトに会うでしょうから、そこで聞き込みしてもらうってのも……」


 ギイに合わせて同意しながらも、ヨモの頭は人探しでいっぱいだった。

 

「だめだ! いいから帰ってくんな」

 

 男の顔がゆるみかけて、即、厳しくなる。ギイがヨモの脇腹を綿のつまった手で強めに殴った。


「痛い! なにすんの!」

「いいから、おべっかを使っておけバカ娘!」

「そんなこと言ったって、機嫌だけとっても仕方ないじゃない。なにか、交換条件を出せれば別だけど……あ!」


 ひそひそと話していたところで、ヨモはハッとひらめいて声を上げた。


「フラーファさん、婚礼衣装のご用意がまだなんて、いったいお婿さんはいついらっしゃるんです?」


 ヨモが男とワタモノの両方を交互に見ながら訊ねると、一人と一体は気まずげに視線を落とした。


「婚礼衣装を、ちゃんと自分で作りたいの。お婿さんを作ってもらうのはそれからにしようって、おとうちゃんにお願いしているの」


「そんなこと言っても、ワタモノが裁縫をするなんて聞いたことねえよ。つがいを用意するんだからそれでいいじゃねえか」


「だって、婚礼衣装なしでお婿さんを迎えるヒトなんて居ないもの。あたしはおとうちゃんの娘なんでしょ? ヒトと同じように育ててくれるんでしょう?」


「そうは言ってもよう」


 男が力なく藤の実をかき混ぜる。ジャラジャラの音が小さくなっていく。

 どうやら力関係のうえではフラーファが上のようだ。


「ね、フラーファさん。手を見せて頂いていいですか?」


 そう言って伸ばしたヨモの手のひらに、フラーファの手が乗せられる。ワタモノとしては珍しく、四本に分かれた指のある手だ。親指にあたる指もあるため、ある程度の作業はこなせそうだ。


「この手なら、きっと出来ます。私の姉がちょうど今、婚礼衣装を縫っているところなんです。私も手伝うから、姉に習って一緒に縫いませんか? 私は婚礼の予定は無いんだけどね」


「本当ですか!?」

 

 ヨモが綿の手を握ると、フラーファは嬉しそうに両手でヨモの手を握り返してきた。


「――その代わり、お父さんにお願いしてみてくれないかな。私の人探しを手伝って欲しいって」

 

 小声でお願いしてみると、フラーファは「任せて!」と力強くうなずいた。

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