第7話 閑話・霊裁士のお仕事

「ササラ〜、ついてきてよ〜。俺っちあのババア苦手なんだよ」


 甘えた声を出しながら、ギイがヨモの姉ササラの膝に乗る。

 八歳のササラは柔らかな髪を細いみつあみにして肩から垂らし、日差しが閉じ込められた温かな石に腰掛けていた。

 朝のうちに母親の手伝いを終えたササラは、餌をもらいにギニーと鳴きながら庭に現れる猫たちを待っていたところだった。


「いいよ、霊裁士さんのところに行くのは好き」

「ちょっと背中がほつれただけなんだし、ササラが直してくれたらいいのに」

「霊獣のつくろいは出来ないよ。それでギイくんがおかしくなったらイヤだもん」


 ササラがギイの背中のほつれをいたわるように、そっと撫でる。


「ギイくんがヨモを助けてくれて、私もお父様もお母様も本当に感謝してるの。だからギイくんをちゃんと直したいんだよ」

「ったく、あのじゃじゃ馬が木の上によじ登りやがるから」

「ふふ、ごめんね。ヨモがあんなところにまで登れると誰も思わなかったのよ」

「こちとら綿で出来てるってのに、三歳児の子守は無理だ。ご主人たちも霊獣使いが荒いよ」


 ギイがため息をつくと、丸めた背中のほつれが広がって白い綿が姿を見せた。

 



 ギイを作った霊裁士はよわい七十は越えていそうな老女だった。

 小柄で細身ではあるが、背筋もぴんと伸びていて、材料や道具が積み上がって足の踏み場もない部屋をひょいひょいと歩いて渡っている。


「あらあ、随分と無茶をしたのねえ。それともアタシの腕が落ちたかねえ、お渡ししてまだ二年だっていうのに」

「いえ、ギイくんは妹が木に登ったのを助けようとして、枝に引っかかって、その上、地面に落っこちる妹のクッションにもなってくれたんです。コトバ集めのお仕事での傷じゃないんです。ごめんなさい……」


 ササラが申し訳なさそうに言う。

 霊裁士は小さく笑うと、さまざまな大きさと色のボタンを瓶ごとに分けて並べてある棚から、真っ白な丸いたまのつまった瓶を取り上げると、珠を一つ取り出した。

 

「謝ることはないのよ。アタシの作った霊獣が役立っているようなら嬉しいわ。アタシの腕が落ちたかしら、なんて冗談だよ。自分の技術くらい自分で分かっているつもり。これは謝らせちゃったお詫び」


 そう言って、霊裁士はササラの手に珠を握らせた。

 もうひとつ珠を取り出すと、霊裁士はそれを口に放り込む。珠は甘い飴であった。

 

「わあい、ありがとうございます! わ! すごく美味しい!」

「美味しいかい、それは良かったよ」


 微笑んで言った彼女は、ササラの背中にしがみついていたギイをつまみ上げて、台に乗せた。

 補修するのにぴったりの糸を探すため、霊裁士が箱をひっくり返しては閉じ、次の箱を開け、としている間に、部屋のいたるところから手のひらに乗るくらいの小さなワタモノ達がぞろぞろと出てくる。

 全体的に白くて丸っこいワタモノ達に耳はなく、小さな目が一つと鼻が一つ縫い付けられており、短い手足がついている。みんな同じ姿をしている。


「ああ、あったあった。この糸だわ。さて、ちゃっちゃとやっちゃいましょうね」

 

 そう言いながら針に糸を通すだけで、彼女の技術の確かさがうかがえる。糸はまるで意志を持って自ら針穴に入っていくように見えた。

 うつ伏せにしたギイの頭に白い布を乗せると、ギイは全く魂の気配を感じさせない綿のかたまりになった。

 背中を補修する霊裁士の手元をみつめるササラの周りに、ワタモノ達が沢山集まってくる。

 ワタモノ達はササラの腕に、肩に、乗ってくる。

 

「ワタモノって、ほんとうに可愛いよね。霊裁士になりたいんです、本当は……近くでみたらすごすぎて、無理かもって思っちゃいました」


 左肩に乗ったワタモノを撫でながら、ササラは沈んだ様子で言った。

 あっという間に補修を終えた霊裁士は、ササラに顔を向けて微笑んだ。


「飴、美味しかったでしょ?」


 自分の頬に指をあてながら、霊裁士が言う。


「美味しかった……ですけど」

「なら大丈夫。いまはお裁縫をしっかり習っておくの、それから本当に霊裁士になりたくなったら、いつでもいらっしゃい。出来ればアタシが元気なうちにね」


 そう言った霊裁士がギイの布を取り払うと、ギイはうつ伏せの姿勢から背中を丸めてから反らし、それからぽーんと飛び跳ねて座った。


「それってササラがあんたみたいにおっそろしい霊裁士になるかもしれないってことかい?」

 

「恐ろしいかは知らないけど、才能はあるよ。特別の綿を扱う才能がね。……その飴は特別の綿の花の副萼ふくがくから取れる蜜を少し混ぜてあるの。それが美味しく食べられるなら、きっと才能があるのよ。合わない人は舌と鼻がぴりぴりして吐き出しちゃうんだから」


 霊裁士がけらけら笑って言うものだから、ササラはぽかんとしてしまう。


「そんなもんを黙って食べさせるんじゃねーよ! こえーババアだぜ」


 ――それはホントにそう。


 ササラは心のなかで思いながらも、才能があるかもしれない、なんて事実にうきうきしてしまう。

 

「見込みがありそうな子どもには、唾をつけておくものよ」


 霊裁士がウインクをして言った。

 ギイとの帰り道、ササラは飴を噛まないように気をつけながら、ずっと口の中で転がしていた。

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