古きもりから 参
顎に手を当てながら総司郎は拝殿を見つめた。
「まさか、ここに祀られていた神はまだこの地を見放していなかったのか」
であれば早急に対処しなければならない。本格的な境界屋の仕事である。
総司郎はポケットからスマホを取り出し、とある人物に向けて電話をかけた。数回のコール音が響いたのち、ブツっと何かが切り替わって男の声が現れる。
「もしもし? 総司郎か?」
「いきなり悪いね。ちょっと頼みがある」
スマホを耳に当てながらちらりと朔奈を見る。とても不安そうな顔をしているが、拳をぎゅっと握って必死に妹から目を離さないようにしていた。
そんな彼女の頑張りを無駄にするわけにはいかない。
「放置されている神社に新しい管理者が欲しいんだが」
「……珍しいな。そういうモノには近づかないんじゃなかったっけ?」
「まあ、今回はちょっとな。まだ神さんがいるみたいなんだわ」
「え、本当か? そいつは――」
電話越しでも分かるくらい動揺する男性。
「分かった。本当は管轄外の神社だろうから断ろうと思ったが、神様が健在だっていうなら話は別だ。俺の後輩に一人活きのいいのが居るから、そいつを送ってやるよ」
「恩に着る」
「おう、この借りは今度返せよ」
ノリの良い男の電話を切り、総司郎は次にやるべきことへと目を向ける。
視界に入るゴミや汚れ、言うまでもなく大掃除が必要である。
「人手を集めるか」
◇
――数十分後。
神社の前で吹かしたような排気音。マニュアル車特有の癖である。
つまり二人が到着した印だ。
「あなたがいきなり呼び出すなんて珍しいじゃない」
「総司郎さん、また
鳥居をくぐってこちらへと歩いてきたのは霊道と玄。
「二人には無駄に茂った草を刈ってもらう。お前達姉妹は手水や石像を磨いてくれ」
「うっす」
玄は車に積んできたのであろう掃除用具を地面に置くと、背負っていたリュックからも雑巾やら水やらを取り出し始めた。
事前に総司郎が伝えたことでホームセンターかどこかで準備をしてきてくれたのだ。
玄の取り出したものを皆に配ると、大掃除が幕を開けた。
◇
太陽が傾き、風景が黄色く染め上げられた頃。皆の頑張りが実を結んだ。
境内は見違えるくらい整い、石を食む苔はだらしなさではなく「趣」を醸し出していた。
「疲れた」となだれ込むように階段へ腰かける玄、そしてつられる様にその場へへたり込む霊道と朔奈。彼女らを横目に総司郎は伊和子へと質問を投げかけた。
「どうだ」
「あのね! この人とっても喜んでるよ!」
伊和子が何もない空間を指さし笑う。
総司郎は「そうかい」と笑いながら彼女の人差し指を納めさせ、神が居るであろう方向へと一礼した。
二人のやり取りを視ていた朔奈が不思議そうな顔をする。
「本当に掃除しただけで効果あったの?」
「日常生活でできる最も簡単なお祓いは掃除だ」
総司郎は朔奈の握っている箒を指さした。
「箒で払う、と祓うは近い意義を持っているんだ。悪い物を溜め込まないっていう、基本であり大切な行為なんだよ」
朔奈は「ふーん」と口を尖らせると突然立ち上がり、妹の元へと歩み寄る。
するとゆっくり、彼女を驚かせないように頭を撫でた。
「ごめんね。頭ごなしに怒った私も悪かったわ」
「んーん、お姉ちゃんのお陰で神社がきれいになったんだもん! 気にしてないよ」
ふっと心のわだかまりが解けたような笑みを浮かべた。
「でも良い神様ばかりとは限らないんだからね? これからは注意するのよ」
念の為釘を刺し、二人のいざこざは幕を下ろした。
「さて、あいつに礼を言っておかにゃならんな」
神主を手配してくれた友人の名を思い浮かべて、面倒くさそうに愚痴る。
そんな彼の姿を見て霊道は怪訝そうな顔をした。
「あなたって意外と人脈が広いわよね」
「これが縁、ってやつかね」
と返しながら総司郎は天を仰ぐ。
木々の合間からのぞく夕空が、古いフィルム写真のように皆に思い出を焼き付けた。
境界屋 瀬野しぐれ @sigure_sigusig
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