古きもりから 弐
その日は休日で朔奈と妹の伊和子は茶の間でのんびりと過ごしていた。
父親は仕事、母親は台所でせっせと作業をしている。きっと晩御飯の準備でもしているのだろう。
数十分前に昼ご飯を済ませていた朔奈はテレビに映る子供向け番組を見ながら、うとうとし始める。別に興味があってかけているわけじゃない、妹が観たいからかけさせているのだ。
――ピーンポーン。
ふとチャイムが鳴る。
母は手を離せそうにもなく、安全性から妹に出させるわけにもいかない。朔奈は朦朧としていた瞼をこすり、少しイラついた様子で玄関へと向かった。
念の為ドアガードを機能させながらノブを捻った。すると玄関の前に立っていたのは見るからにうだつの上がらない中年。よれたワイシャツに黒髪を後ろで束ね、とても清潔感があるとは言えない風貌であろう。
流石の朔奈もこれには驚いたのかびくりと目を剥いた後、扉を少し引いて顔半分だけを覗かせる。
「どなたですか」
「あー、驚かせちまったか。君のお父さんの依頼で来た琴葉総司郎という者です」
朔奈が「あっ」という顔をする。
その表情に手ごたえを感じたのか総司郎は話を続けた。
「お父さんとは昔からの友人でね、内容はざっとしか聞いてないから詳しく教えてもらえるかな?」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
玄関の扉をばたん! と閉めると妹を引っ張り出す為に茶の間へと駆け戻る。
テレビを楽しそうに視聴している伊和子の肩を揺さぶり、すぐに出かける準備をするよう促した。
妹は「今いいところなのにー」と不貞腐れていたが事態は急を要する。そう勝手ながらも危機感を覚えていたのだから仕方ない。むしろ焦っているのが本人ではなく自分であることに、朔奈は苛立ちすら覚えていた。
「お待たせしました!」
妹を引き連れて総司郎の前へと転がり出る。ぜえぜえと切れた息は体力からではなく、緊張によってのもの。
そんな彼女らを見兼ねたのか総司郎は親指くいっと背後に向けた。
「ちょいと現場に行こうか」
ひとりのオジサンが少女二人を連れて歩くというのはかなりリスクがあるも、飯の種にしている以上乗り越えなくてはならない。
総司郎はふいにため息をついた。
◇
例の鳥居前へと到着。
放ったらかしの有様を見るなり総司郎が眉間に皺を寄せた。
「こいつはまた何とも」
神主の収入はピンキリである。
地域の人や観光客が足しげく通うような神社であれば、平均的な年収を得られるが。人も寄り付かないような土地ではそうもいかない。
基本は仕事ではなく「奉仕活動」なのだ。賽銭やお祓い、御守りなどを収入源にする他ないわけで。無論立ち行かなくなった神社は――
「こうなるわけだ」
総司郎は草根を踏みわけ鳥居をくぐる。
なんの躊躇いも無く突き進む彼に唖然とする朔奈だったが、置いてかれてはマズいと気づき急いで後を追った。
幾本かの鳥居を抜けるとやがて例の社殿が姿を現す。まさかまた見る羽目になろうとは思わなんだ朔奈は、あからさまに嫌そうな顔をした。
対して総司郎も少し怪訝な面持ちとなる。
「……こいつは拙いな」
口の端からこぼれた言葉に少女は青ざめる。もしや、いやもしかしなくても最悪の事態なのではないか? と。
そんな彼女の焦った顔を見てか総司郎がさっさと言の葉を紡ぎ始める。
「長い間放置された神域には良くないモノが集まる。まして神性が残るような場所なら、なおのこと厄介だな」
「それってここのこと?」
「いや、まだそこまでは行っていないだろう。ただ君の妹が干渉した相手が何なのかを知らなければ、対処することも出来ない」
そのひと言に朔奈が困った顔をする。
刹那、妹の伊和子が「あっ」と声を上げた。彼女の指さす方向には何も無く、風化した拝殿の階段があるだけだったが……
「そこにいるのか」
すかさず総司郎が声をかける。
「うん! いつもの人だよ」
「人型なのか」
特に怯える様子もなく笑顔で答える伊和子。その様子を見るに危険性のある相手ではないことが窺えた。
二人が黙っていると伊和子が独りでに会話を始める。
「うん、うん。ごめんね……まだお酒は買えないんだ」
「酒?」
一瞬何かが引っかかったような感覚に襲われた総司郎は間もなくしてハッとする。
「まさか……!」
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