『イジメが完全に消滅した世界』

エテルナ(旧おむすびころりん丸)

『イジメが完全に消滅した世界』

前回記事ではイジメの対策と共に、イジメは根絶し難いものであることを紹介しました。


これまでは比較的、実現可能な対策を述べましたが、本記事では未来世界に基づいたSFチックな方法を――


イジメの大幅軽減→イジメの絶滅危機→イジメ絶滅


上記の順で話していこうと思います。

なお理論上可能かどうかと現実に可能かどうかは別であり、先に進むごとに前者に寄っていく点はご留意くださいね。


【メタバースの普及(イジメの大幅軽減)】


以前、『少子化社会とSF的に考えた未来のかたち』という記事で似たことを書かせて頂きました。


メタバースとは仮想空間のことです。

インターネット上で構築される三次元空間であり、アバターを通して世界に参加します。能とコンピューターを繋げるBMI(ブレインマシーンインターフェース)が進歩すれば、まるでリアルの世界にいるような没入感を楽しめるようになるでしょう。

2021年でのメタバースの経済規模は4兆円ほどですが、今なお急進的な成長を遂げており、2030年には総務省予測で80兆円、人によっては650兆円まで拡大するだろうと期待されております。


加えて公的機関にもメタバースが組み込まれていくだろうと予想されます。

仮にメタバース学校ができた場合——


・校舎の建設、補修、維持費が皆無、若しくは非常に安価な為、学校運営が容易になります。

・物理的な通学距離が存在しないので、遠方に住む学生が真に志望する学校に進学できます

・身体の不自由な子であっても、アバターを通すことで不自由なく学び、遊ぶことができます。

・教室の広さという概念もないので、優秀な先生は一度に沢山の生徒を教えることができます。

・また一度に多くの生徒を教えられれば授業料の単価も下がり、裕福でない子も一流の教えを学ぶことができます。(数十人しか収容できない教室では必然的に一人一人から多くの金をとらざる負えない)


運動不足等の懸念はありますが、それを上回るメリットが得られます。そしてこれらの特性から考え得るイジメ抑止効果は多岐に渡ります。


①肉体的なイジメは不可能。アバターなので暴力が通用しません。体格も性別も武器も数の暴力も、物理的な腕力は全く意味を為しません。


②私物への悪戯が不可能。データ上のオブジェクトゆえ、物を盗んだり隠すこともできません。破壊することも悪戯することもできません。


③身体的特徴によるイジメは不可能。アバターを介した見た目なので、生来の身体的特徴を中傷することはできません。例え足の機能が不全でも、メタバース内なら問題なく走り回ることができます。LGBTも気兼ねなく好きな容姿ができます。


④誹謗中傷、暴言によるペナルティを課せる。仮想空間内での会話は記録に残すことができます。教師の見えないところでの素行を表面化できます。公的機関である以上、オンラインゲームのようにBANすることまではできないかもしれませんが、過度な誹謗中傷が内申に響くことは確実でしょう。また言動の検閲に関してもAIに任せることが可能です。前後の文脈、頻度などから悪意の有無をAIが判断して抽出し、最後に人間がイジメかどうかを判断する。このようにすれば人的負担も減りますし、解決までの迅速化が計れます。


⑤学校から容易に逃げることが可能。物理的な距離がないことで転校のハードルがグッと下がります。上記以外の、無視や意図しないイジメなどに苦しむ生徒は、違うメタバース学校に転校すればよいのです。


⑥競争化により優秀な教師が選ばれる。学区を越えて進学先を選べる以上、学校側には運営努力が求められます。それは授業内容然り、教師の人間性も意識しなければなりません。特定の学校に通わざる負えないということがありませんから、姑息で非道な教師のいる学校からは次々と生徒が抜けてしまいます。そして優秀かつ人格者の教師の下には多くの生徒が集まります。


仮にこのレベルの技術力をもったメタバースを作れれば、イジメは劇的に減少することでしょう。学校内のイジメは皆無に近くなるかもしれません。

しかしイジメは学校だけとは限りません。


【パーソナルAIアシスタント(イジメの絶滅危機)】


siriやアレクサなどのAIアシスタントが既に普及しておりますが、これらは今後より一層、人との絆を深めていくかもしれません。

2029年には人と同レベルの知能を持つAIが誕生すると言われていますが、仮にそうでなくても、人との会話をスムーズに行えるレベルのAIが作られることは確かでしょう。

その中で生まれてくるのが、特定個人の対応に特化した、パーソナルAIアシスタントです。


『機械なんかに人の心が分かるか!』


そう物申したい方もいるでしょう。

しかしビッグデータの威力は凄まじく、それを示す一つの例を挙げます。


SNSではいいねやRTを押しますが、何にいいねやRTしたかのデータが10あれば、同僚よりもその人のことを理解できると言われてます。


70に達すると友人の理解を超えます。

150あれば両親すら超えてしまい――

250で配偶者の理解を超越します。


しかもこの通説ですら数年前に流れた言葉であり、この先どれほど解析できるようになるかは未知の領域です。

仮にパーソナルAIアシスタントに、SNSの情報やネットでの検索履歴、またメールや通話内容なども同期すれば、あっという間に世界中で一番あなたのことを理解する存在に変貌します。

自覚していない深層心理までをも読み取るのならば、本人以上にあなたを理解する存在にまでなりかねません。


そして、そんなパーソナルAIアシスタントが、あなたの盾になってくれる時が来るかもしれません。

つまり人と人とのコミュニケーションの間に、パーソナルAIアシスタントが介入するようになるのです。

あなたが伝えたい事柄をパーソナルAIアシスタントが分かり易く、かつ柔らかい表現で相手に伝えてくれます。

相手からの返答は、あなたを傷付けることのないよう暴言を排除し、あなただけが傷付くワードすらもビッグデータの累積から除外して、優しく丁寧に教えてくれます。


こうなるとネット上からは傷付くワードが消え去ります。見る人にとっての傷付くワードが消えるのです。

パーソナルAIアシスタントはあなたの好みをあなた以上に網羅してますから、あなたを傷付けるような言動は全てシャットアウトしてくれます。


先のメタバースの発達と合わせれば、学校でのイジメとネットでのイジメはほぼほぼ消失します。

更に言えばこの段階まで到達した社会となると、単純作業の仕事はAIやロボットが代替し、人々は義務労働から解放され、ベーシックインカムを導入した権利労働の社会になっていることでしょう。


つまり、嫌なら働かなくてもいいんです。働きたい人や贅沢したい人だけが働けばいいのです。

ゆえに職場のイジメも激減することでしょう。


しかしまだ、イジメが完全に消失したとは言えません。

パーソナルAI越しでは意志疎通にラグが存在する為、スピーディさを求める場合は直接言葉を交わす必要があり、その中に不快なワードが含まれてしまう可能性があります。

他にも『辛いけど一緒にいたい』、そんな面も人間には存在します。

罵詈雑言を飛ばす恋人だが、それでも好きだから一緒にいたい。

好きな人の友達が自分に冷たく当たってくる。嫌だけど好きな人に嫌われたくはないから、無理して交友を保ち続ける。


もはやイジメの理由を無理やり探すレベルになってきましたが、こちらも強引に解決策を探してみましょう。


【③現実世界からの離脱(イジメ絶滅?)】


①・②の技術が更に進歩した場合、もはや人と区別のできないレベルの知性を備えたAIアバターが仮想空間内を闊歩します。

そしてパーソナルAIアシスタントのように、パーソナルなメタバースが生まれるかもしれません。

その世界にはAIアバターしか存在せず、あなたを傷付ける人は存在しない。誰しもがあなたに優しく、あなたを褒め称え、あなたが何をしても快く受け入れてくれる。

アバターの一人一人があなたの選り好みを知っているのですから、単に優しいだけでなく、個性に合わせた対応をしてくれます。

例えばいじられるのが大好きな方なら、適正なレベルでいじってくれます。優しくされるのが嫌いな人には、ちょっぴりSっ気を出してくれるかもしれません。

けれど不快なことは一切しない。


加えてアバターたちの容姿は現実のアイドルよりも美しく、老けもせず、シミもシワも垢もフケもなく、リアルな造形からアニメ造形まで様々です。完全にあなた好みの恋人を作れます。


であれば、現実の人間との恋煩いに悩まされることもありません。

気分屋の友達に困ることもありません。

付き合いたくない人間関係を無理して続ける必要もありません。

なぜならあなたに特化した理想の世界がそこにあるから。


「とはいえこれでは交配が行われず、人類が絶滅してしまうのでは? そうでなくたって少子化により、2100年には日本の人口が半分になると言われているのに……」


しかしそんな心配はいりません。

今後の人口の伸び縮みは、あくまで数学的な根拠に基づいたものであり、医療と科学の発展を含めれば、絶滅の前に不死身を実現することが可能でしょう。

またIPS細胞を使えば、男性の細胞から卵子、女性の細胞から精子を作ることも可能で、既にラットの実験で成功済みです。

つまり倫理さえ無視すれば、既に現段階で少子化による絶滅の脅威はありません。

AIとロボットさえ進歩すれば、滅びたあとに再び蘇ることすら可能です。


全ての労働がAIとロボットの手に渡れば、人の生きる意味は種の保存です。

他の絶滅危惧種と同じように、生きることだけが目的の保護動物と成り果てるでしょう。

なんのストレスもなく自由気ままに、出産の痛みや病の苦しみ、死の恐怖すらも克服し、お気に入りのメタバースに閉じ籠もっていればいいだけの人生です。


『晴れてイジメの絶滅した世界に到達しました!』


……ほんとにそうでしょうか?

イジメは受け手がイジメと感じたらイジメになる。

例えAIがいかなる神対応をしたとしても、捻くれ者がイジメだと言い張るかもしれません。

その時代に生きる者すべてにアンケートを取り、イジメを受けたかと問うてみて、受けてないという回答で100%一致するでしょうか。

例えそれが嘘か本当か定かではなくても、その意見を無視して、イジメは絶滅したと言い切れるでしょうか?うーん、怪しい。


【人類神化(イジメ絶滅)】


実は先に述べたBMIを使えば、人間の知能は今より数億倍にすることができると言われています。

AIと並ぶ知能を人間も持つことができるのです。

仮にこの技能を人類全てに施すことができたのなら、今度こそイジメは完全に絶滅します。


イジメをするのは無意味だということに気付けるから?

捻くれを言わないだけの知能を持つことができるから?


いいえ、そうではありません。答えは人格が消滅するからです。


人の個性はその者の歴史によって生み出されます。

親の人格で左右され、習ったお稽古でも左右され、興味を抱いた本やゲームや友人や恋人の意見や、支持する政党や国など、これまでの知識や経験がその人の個性を作ります。もっと言えば――


ピアノを習っていた、ギターを習っていた、野球をしていた、野球は見るのが好きだった、アクションゲームをしていた、RPGばかりやっていた、フィクション小説を見ていた、ノンフィクションを見ていた、邦画を見ることが多い、洋画を見ることが多い、アメリカに移住した、フランスに留学した、国内から出たことがない、キリスト教を信じる、イスラム教を信じる、どの宗教も信じない。右翼だ左翼だ、保守だリベラルだ――


無である胎児の状態から、これらの知識や経験が歳を重ねるごとに増えていき、個々人の違いが多様化します。偏りが個性を生むのです。

しかし行き着く先はどうでしょう。

全てを学び、経験した者同士に果たして差はあるのでしょうか?


ピアノの良さもギターの良さも、クラリネットもオーボエの良さも構造も歴史も何もかも知っていて、果たして優劣を付けられるでしょうか?

あるとすればデータ上の優劣ですが、無論すべてを学んでいる者どうし、もはや見解は一致してます。

右翼と左翼、右寄り、左寄り。これも全てを知っていたらどうでしょう? 右の意見も左の意見も余すところなく全てを学んだ者どうしです。

数億倍の知識ということは、数億人の知識の統合ですから、その中で個人的な意見が生まれる余地があるでしょうか?


思うに個性の全体図はひし形を成していて、はじめはあらゆる可能性が開けていくが、最終的には一つの点に辿り着く。

現状の人間は時間と脳とキャパの制限により、およそひし形の下半分を超えることなど絶対にありませんが、その制限が解除されてしまえば、もはや個性は消え去って、人類すべてが全知の存在となる訳です。


全知には選り好みがありません。

何かが好きだということは、それに対しての偏りがある状態で、他のもの知識量が同等のものになれば、同じだけ好きになるということで――

つまり全てが平坦。全てを平等に、起伏は一切ないのです。


こうなればアンケート結果にも違いは一切現れず、その答えがどうなるかは全知の人間にしか知り得ませんが、およそ今の私たちの知るイジメは絶滅していることでしょう。

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