第38話 ファーガルニ王国再び
「発動……って言いたかった」
手を大きく上げて声大きく言葉を発したサーシャはまるで悪戯好きな子供のように舌を出して首をかしげた。
瞬間移動は不思議としか言えない感覚に襲われる。
ゼロコンマ一秒にも満たない微かな浮遊感を味わった後、再び固い地面の感触が足に伝わる。景色だって瞬きをした一瞬で変わっているのだ。だからと言って瞬きを我慢していても一息ついたときには別に景色に変わっている。
なので、リファはかなり身構えていた。
「え……」
予想もいていなかったサーシャの行動に体がついてこず、ついガクッと膝が勝手に折れてしまった。同じような反応をギルもやっていたけど、他の人はまるで予想していたように動いていない。
「おや、ボクが想像していた展開ではここで全員こけていたはずなんだけど、なんだ、反応鈍いぞ君たち」
「おい、サーシャ。どういうことだ!? やっぱり魔力が足りなかったとかそんなことを言うつもりなのか」
「うん、さすがボクのギルだね。その反応は百点満点。今度また可愛がってあげよう」
「んなことはどうでもいい! いやちょっと待てどうでもよくないな。可愛がらなくていいから、説明しろ」
怒気を含んだ声でギルがサーシャに詰め寄る。リファはというと変に体を支配していた緊張感が抜けてへたりと地面に座り込む。
「怒らない怒らない。そういえば忘れていたんだよね。ボクはファーガルニ王国の場所を知らないって」
「ん……?」
「どれだけボクが万能で有能で超絶可愛い魔女だったとしても、知らない場所へ移動することはできないんだ」
「そうだったか」
「そうさ。ファーガルニ王国、当然、地図上での場所は知っているさ。こことではかなり離れていて歩けばひと月以上かな。かかる距離にある。でも、それしか知らない。さすがにそれだけの情報で瞬間移動はできない」
「そうだったな。お前の瞬間移動の条件は自分が行ったことのある場所、もしくは視認したことがある場所だったな」
ギルが顎に手を当てて考える。
リファは話を聞きながら「なるほど」と頷く。ルクスを勧誘しに行く時だって行ったとこも、視認したこともなかったから直接行ったのだ。
リファからすればファーガルニ王国は故郷であり自分の記憶の中には常に王都の景色が広がっていたが、それは自分だけなのだ。ギル以外の人はファーガルニ王国がどんな国なのか全く知らない。
「というわけでメイ。お願いしてもいいかい」
「はあ……仕方がないわね」
可愛くウィンクしながらサーシャがいい、メイも仕方がない、と言う風に嘆息する。そして、かけていた眼鏡を外した。
「ギル、こっちに来なさい」
「ちょ、待てよ。俺それ苦手なんだよ。もっと違う方法とかあるんじゃないのか」
「ははは、あきらめなよ、ギル。さすがのボクだって聞いた話だけで現実と全く一致させるイメージなんてできるわけないだろ」
「そうよ。そんな風にごちゃごちゃ言っている時間が一番もったいないわ」
「ぐぬぬ……」
さすがに姉二人に言い寄られては弟として反論できるはずもない。歯を食いしばって悔しい顔を浮かべながらがっくりと首を垂れる。
「わかったよ。その代わり早くしてくれよ」
「失礼するわね。それじゃ私がギルの苦しむ顔を見て楽しんでいるように聞こえるわ」
「違うのか」
「ええ違うわよ。私はギルが苦しんでいる姿を見て面白がっているのよ」
「余計たち悪い!」
などというコントを繰り広げた後、途端にメイの表情が引き締まる。鋭く尖った目には真っすぐにギルの瞳を移す。ただ見つめられているだけなのに脳内すべてを見透かされているかのような感覚に陥る。
「始めるわよ」
「ああ」
ゆっくりかけている眼鏡をはずす。
これがメイの制御器のストッパーになっている。両目が制御器になっている関係上、常時発動してしまうので、いつもはサーシャ謹製の眼鏡をかけて能力を使わないようにしていた。
目にぐっと力を入れると瞳の中に三重の波紋が広がった。メイの九つある瞳術の一つで「侵入」だ。相手の頭の中に侵入し記憶を読むことができる。
「ギル、思い浮かべて」
「やってるよ」
とはいえ、人間の記憶を覗くと簡単に言っても大量の記憶映像から特定の場面を掬い取るのは困難な作業と言える。なので、ギルにその場面の思い浮かべてもらうことによって多少、負担を減らすことができた。
「見つけた……サーシャ」
「はいは~い」
一度目を閉じるとギルから読み取った記憶を整理して今度はサーシャの目を見た。記憶を読み取れるということは自分の記憶を他人に与えることもできる。
「うん、確かに受け取ったよメイ」
「そう、わかったわ」
記憶を受け取ったサーシャはゆっくり目を閉じる。そして、素早く魔法式の展開に移った。
「ぐ……」
わずかなうめき声をあげてギルが目を抑える。他人に記憶を読まれるということは頭の中に異物が混入していることと同じなので、ひどく頭が痛む。しかし、それはメイに比べれば楽なものだ。
「メイ、君の能力は封印すべきかもしれない」
「問題ないわ。むしろ感謝しているのよ。この制御器のおかげで私はあなたたちを見つけることができたんだから」
「まったく頑固だな」
デュークの言葉の最中もメイは苦しそうに目頭を押さえる。よく見れば一筋の血が目から流れていた。
「むしろ、ソフィアのほうが私よりずっと無茶をしていると思うわ」
「そうだな。次会ったときにでも確認しておこう」
「そうしてちょうだい」
確かにメイも苦しむが、ギルも苦しんでいた。しかし、誰もギルに優しい声をかけるものはいなかった。一瞬、リファがどうしようかと逡巡していたが横からルクスが出てきて、首を横に振るだけだった。
「さて、ゲートを繋げたよ」
声が聞こえ、全員がサーシャのほうを見た。
そこには大きな扉があった。重厚感がある木製の扉に金色の装飾が施されている。ただそこに扉だけが存在する威圧感は思っているよりすごかった。
「この人数を一気に通そうと思うと思いのほか体力を削られると思ってね。今回は趣を変えてみたんだ。やっぱり移動するって言ったらトンネルとか扉のイメージが強いのはなんとなく理解してくれるかな。そんなわけで今回は扉をくぐって瞬間移動と洒落こもうじゃないか」
リファが近づいてぺちぺちと扉を触っている。裏面に回ってみても何の変哲もない扉でしかない。
「そこでリファ。君に相談なのだが、いつもみたいなワープゲートだけだったら目立たずに適当なところに出せばいいのだが、今回は扉だ。さすがに人通りが多かったり不自然な場所に出したりすることができない。どこかいい場所を知っているかな」
「それなら私がお世話になっていた協会がいいと思います。私もお義母さんもずっとお世話になっていたし、王国側にも繋がっていません」
「なるほど、それはギルの記憶にあった君のお義母さんを遺体を託した場所かい」
「……はい」
「サーシャ、デリカシーを知りなさい」
横からメイに睨まれる。
「おっと、すまなかったね。さすがのボクも配慮が足りなかった。謝罪しよう」
「あ、いえ大丈夫です。一応、飲み込めたはずなので」
「ふふふ、君は強いな。ボクだったら一撃くらい魔法を食らわしているところだ」
「なんで楽しそうな目でこっちを見てるんだよ。このやろー!」
ぐるぐると回っていた頭が元に戻りつつあったギルから非難の目線が飛んでくるが、そんなの気にするサーシャではない。
「それじゃ出口も設定したところだし、行こうとしよう」
サーシャがノブに手をかける。
ガシャと機械的な音を立ててノブが回り、扉が内側に開いていく。開けられた空間は青白い色をした膜が広がりその先の光景を見ることができない。
ぼよんと弾力をもって脈打っている膜は、まるで生物の心臓のようだ。
「誰から行こうか」
何気ないサーシャの一声にギルはてっきりサーシャがそのまま入ってくれるものだと思っていたが、なぜが全員の視線が自分に集まっていることに気づく。
「おい、なんだその目線は。おかしくないか。少なくともサーシャから行くべきじゃないのか。お前の魔法だろうが!」
「いや~、ボクも扉を使った移動は久しぶりだからさ。ちゃんと機能したかわからないんだよね。誰か一人入ってくれればなんとなく自身が取り戻せると思うんだ」
「おかしいよね。サーシャから行けや!」
「はいはい、つべこべ言わない。こんな時はお姉ちゃんに無理を言わないの。弟から率先して危険に飛び込んでいくべきでしょ」
「おい待て! お前が危険っていうからには結構やばい気がするんだが!」
「いいからいいから早くいっておいで」
そのまま魔力弾をギルに撃ち込む。
「ちょ!」
さすがのギルもその攻撃は予想していなかったらしく回避するまでもなく着弾し、その弾みで青白い膜に吸い込まれていった。
…………。
じっくり十秒経過。
「うん、問題ないみたいだね」
「問題があってもこっちに言えないんじゃないんですか?」
「な~に、ギルのことだ。仮に問題があったとしても文句を言ために空間くらい簡単に超えてくるさ」
「それはすでに人間をやめているのでは……?」
納得顔をしているサーシャに対して怪訝な顔を向けるリファだが、他の兄弟も異論がないみたいなのでもしかして本当にギルは空間を渡ることができるのかもしれない。
「さて、今度こそ行こうか。あまりギルを待たせるわけにはいかないからね」
「そうね」
サーシャから言われメイが入っていく。続いて、アレンが、デュークが、ルクスが、最後に未だきょどきょどしているリファの手を取ってサーシャが膜の中に入っていく。
どぷん、と波打ってあたりはついさっきまでの喧騒がどこかへ消えて一面沈黙に包まれた。
「なるほど。これは驚いたわ。『錬金』と『万物』以上の魔女じゃないか。『時』は」
「Yes, 元々、時の魔女は特級神器の中でも特殊なタイプを使っていますが、使わなくても魔力量は魔女クラス。最善の環境を用意されていない野良の魔女でここまで魔法の制御ができるとは私と同列の彼女たちももっと見習ってほしいです」
揺れる金髪と華奢な体躯。くりくりとした双眸と棒付きの飴玉を加えていて口先で白い棒が動き回る幼気な少女と長い青い髪、伸びた前髪が片目を隠すスーツ姿がよく似合う妙齢の女性。
「にしても案外ばれないものね。てっきりあの眼鏡褐色のいい男が気づくと思ったのだけど」
「彼らは根っからの戦士ではないですかね。特に私の制御器は隠密性能が優れているのでよほど注意して索敵していない限り気づくのは難しいです」
「さてと、私たちもいくとしよう」
「Yes, しかし、マスターがそこまでしなくてもいいのでは」
「な~に、ちょっとした暇つぶしよ。何百年も生きていると人生がつまらなくなるからね。時々、刺激が欲しくなってしまうの」
「いえ、失言でした」
「構わないわ。それよりも行くわよ。向こうで時の魔女が扉を閉めてしまったら渡れなくなってしまうもの」
「Yes, My Lord」
「あ、リーン。向こうに出て彼らにばれないように同化してね」
「仰せのままに」
ゆっくり扉が閉まっていく。
彼女らはゆっくり歩みを進めていく。
閉まる扉に合わせるようにその中に入っていった。
その瞬間、まるで水のように姿が掻き消えた。
※
「痛ってーなこの野郎!」
悪態をついて振り返るが、そこには誰もいない。あるのは大きな木製の扉と青白く脈打っている膜だけ。
サーシャの魔力弾に押し出される形で扉をくぐったギルは無事に空間を渡ることに成功したのだ。本人は唇を尖らせて不満そうにしていたがその場で胡坐を組んで他の面々が来るのを待った。
もう一回入って大丈夫だったと知らせてもいいか、そこまで自分があの性悪な姉のために働くのはなんか空しくなってくるのでここで待っておくことにする。
「にしても……」
首を大きく動かしてあたり一面を見渡す。
豪華とはお世辞にも言えない質素な作りの部屋。応接間だろう。その部屋には見覚えがあった。あの日、リファと孤児院を出てオーラの遺体を持ってきた場所だ。
「へ~、ちゃんと成功するんだな」
本人を前には絶対に言うことはしないが、サーシャが得意としている時空間魔法はこの世界の理すらも覆してしまう脅威だ。
現在、移動と言えば馬車をさす。しかし、馬の疲労を考えれば長時間、長距離移動は適さない。ある程度の距離で、大国同士なら樹海を縦断、横断するように鉄道が敷かれていて長距離移動ができるが、ほんの一部だけだし運賃もお手頃価格とは言えない。
ロンドリアを滅ぼした後、世界を旅しているギルも鉄道を使ったことは一度もない。
「なのに、ロンドリアーファーガルニ間を一瞬かよ」
つい苦笑いをしてしまう。
普通に歩けばひと月以上かかる道程を瞬きすれば到着している。
「そりゃ戦争起きないわ」
ここ百年、国家間の戦争は起きていない。
世界政府が戦争禁止の条約を掲げているのが大きな理由だが、現実的な問題として広大すぎる大陸にポツンと国が存在し各々、首都を陥落しようとしても移動だけで数か月かかる場合もある。
加えて、資源、土地の問題も存在しないので戦争が起きる理由がない。
「だからこそ、自国の発展のために動ける。行き過ぎて内乱が起きる。ファーガルニも軍事国家だけど、それは外に向けてじゃなくて内に向けて国民の内乱防止の意味が強い」
だからこそ、ギルたちの内乱も世界的歴史で見ればかなり久しぶりだった。なので、ロンドリアの初動が遅れ達成できたといってもいい。
今回、ファーガルニと事を構えるが、果たしてどうなるか。
……そんなことを考えながら十分経過。
「……遅くないか」
扉の前で考え事をしていたギルはふとつぶやく。
彼の兄弟はギルをからかうことを日課にしているが、蔑ろにすることはない。今回だってギルを押し込めたけど、そのまま来ないなんてことはない。
「どうした? トラブルか」
首をきょとんとして悩んでいると、ふと気づく。
なんだか背中から視線を感じ振り返るとトーテムポールのように上下に存在する双眸がこっちを見つめていた。
「おや、気づいたね」
「ぷぷぷ、ギルってば随分黄昏ていたね」
一枚の扉を少し開けて、その隙間からこっちを眺めていたのはまだ来ていなかったはずのサーシャとリファだった。それに気づいたときギルの顔が一気に赤くなったのがわかった。
「なんでお前ら」
ずかずかと歩いていき扉を開ける。すると、その先には小さな部屋がありギル以外の全員がいた。小さなテーブルがあってサーシャとリファ以外がソファーに座って出されている飲み物に口を付けている。
部屋に中には一回見ただけだが、この教会の牧師が一緒にいる。
ぽかーんと口が空いてしまう。
「サーシャどういうことだ」
「うん、ボクも詳しいことはわからないんだ。これまではワープゲートを使って瞬間移動をしていたんだけど、要は点と点の移動なんだ。今回は人数が多かったし距離も遠かったから扉という媒介を使って移動したんだけど、こっちは扉をくぐってちょっとしたトンネルを通って別の扉から出てきたって感じになるんだ」
言いながら出していた扉を消す。
「まさか、俺の反応を見るためだけに扉を残していたのか」
「どうにもそのトンネルに仕組みがあるらしく、人によって流れる速度が違うんだ。おそらく入った順番が遅い人ほどトンネルの中が早く流れていたんだろう。だから、一番に入ったギルが一番最後になったということだね」
「んだよそれ」
がっくりと疲れが出てしまった。
よくわからないトラブルに遭遇したわけではなかったのでその点ではよかったと言っておくべきだろう。
「お久しぶりですね」
「あんたは」
ギルに声をかけてきたのは初老の眼鏡をかけた男性だ。この人は良く知っている。一回だけ、それも短時間だがあったことがある。
「ここの牧師だったな」
「ええ、以前はその応接間しか案内しませんでしたね。こっちの部屋は私の私室になります」
「なるほどな」
「こちらへどうぞ。コーヒーを入れましょう」
「ああ」
起き上がって隣の部屋に移動する。
相変わらずデュークとメイはクールにカップに口を付けている。ルクスはマイペースに浮かんでいてアレンは同業者の部屋を眺めていた。
「リファ。再会の挨拶はできたのか」
「うん、できたよ」
「そうか」
うきうきと元気になっているリファを見る。やはり地元になってくるとテンションも上がってくるのだろうか。
「リファも世界を巡って成長できましたね。なんだが、立派になったような気がします」
「そう、お義母さんに褒めてもらえるかな」
「ええ、オーラも微笑ましく見守っていますよ」
すでに用意してあったのかコーヒーが出てきた。湯気がもわもわと浮かんでいて少々猫舌のギルには熱すぎるかもしれない。
「二十年前までオーラはここでシスターをやっていました。しかし、孤児院をやりたいといって出ていき孤児院を開設しました。お転婆な子でしたがきちっとリファを始めいい子を育てたものです。ギルバードさん、あなたに感謝しています。きっとあなたがいなかったらオーラの遺体はいいように扱われ放置されていたでしょう。きちっと教会の墓地に埋葬できました」
そういい牧師が頭を下げてくる。
感謝に慣れていないギルからすればこそばゆい。
「やめてくれ。それよりもリファの事を労ってくれ」
「ええ、もう十分に語れました」
「なら俺はいい」
「それでもありがとうございます」
「……好き勝手に生きてきた人間にとっては感謝されることは慣れないもんだ」
「皆さんを私は歓迎したします。狭いところですが、お時間まで寛いでください」
※
「えーい! 何をしている! 儂をいつまで待たせておる。早く世界手配しろと言っておるだろ!」
「落ち着いてください、ロエルスン卿」
ここは王宮の一室。
豪華に装飾されたいるだけで目がちかちかするような部屋に一人の中年の男性が声を上げている。
痛々しく包帯を巻かれ目ははち切れんばかりに血走っていた。
「儂に逆らうのか。儂は世界貴族、辺境伯じゃぞ。セカンドごときが口答えするな」
「……」
周りを固めているのはセカンドエージェントたち。
先の一件で責任を取って一人が処刑されたが、残りは引き続きロエルスン卿の護衛の人についている。
「大体、貴様が勝手に決めたせいで」
「あの時はそうするしか」
目が覚めてからずっとこうだ。
英才教育を受けているエージェントたちも心はどれだけ鍛えたって人間なのでこの叱責が数日続いているのでいい加減面倒になってきている。
「お前たちが動かないなら儂が――」
「おやおや、そんなつまらないことはしないでおくれよ」
部屋に響いた綺麗なソプラノボイス。
「んあ、誰じゃ。儂に意見するなど百年早い」
「そうかい。それはすまないな。勝手に話しかけた私が悪い。だから、リーンよ。そんなに短期に動くではない」
「ん?」
入ってきた金髪少女に怪訝な目を向けるロエルスン卿は一瞬、自分の視界が歪んだことに気づく。ついさっきまで少女の隣に誰かいたと思っていたが瞬きをしたらいなくなっていた。
「たかが辺境伯ごときが一体誰に口をきいているのですか」
「――え」
気づいたときには片腕が消えていた。
腕だけじゃない。片足もない。
「うがああああああああああああああああああああ」
「汚い。教育がなっていない。噛みつく相手くらい選びなさい」
いつの間にか自分の横に青い髪の女性がいて腕と足を斬り落としている。全く見えなかった。
傷口も斬られたことに気づかずに数秒してから血が噴き出した。
「なんだ、なんだ! セカンド!」
すぐに護衛を呼んで迎撃を行おうとするが、頼りのセカンドエージェントが一歩も動かない。
「貴様ら何をしている!」
「……」
セカンドたちは顔面蒼白のままガタガタと震えている。
「無理です……。ロエルスン卿。私たちでは束になっても勝てませんし、そもそも天上人に逆らうことなどできません」
「……なんだと」
激痛で霞む視界で相手を見据える。
いったい誰だというんだ。
煽髪の女が主人と掲げるのは一介の少女じゃないか。
長い金色の髪にくりくりの目、あどけない表情を残した幼子。
これがなんだというんだ。
ただの子供じゃないか
「マスター。ここではきちんと仮面をつけてください」
「むむ、嫌いなんだけど」
「威厳を出してください」
「しょうがないか」
リーンから受け取った仮面をつける。
動物の顔を模した仮面。
ただそれだけなのだが、見る人が見れば意味が違ってくる。
「な……な、貴様、いえ、あなた様は」
「やあ、申し訳ないんだけど、今、使徒に手を出すのは禁止するわ。せっかく面白くなったのに邪魔をされてはいけない」
「……」
口をパクパクさせたまま何も言えないロエルスン卿。
「貴様、我が主が問うているのだ。答えないか」
「お前はファーストエージェントのリーン。ということはあのお方は始まりの十一人……」
「私なんて名もなき老人よ」
少女は嗤う。
絶望に沈む男とは対照的に微笑み、怪しく口元が歪んだ。
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銀の大罪人 レム @azxsw
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