第37話 トラブル

 朝日が部屋の窓からリファの目に狙いを定めて攻撃してくる。その光は強烈で二度目なんて許してくれない。


「う……う、……」


 年頃の女の子が出すべきでは無い呻き声を上げてクリーム色の髪をボサボサにしたリファが眼を擦りながら起き上がる。


「朝か……」


 糖分が不足している脳は思考を巡らせることを嫌がりぼーと上半身を起こしたままピクリも動かない。

 ギルにファーガルニ王国の外に連れ出してもらってから色々な場所で目覚めてきた。


 時に、野宿をした固い地面の上。

 時に、スラム街の崩れかかった建物の中。

 時に、魔女お手製の家の中。

 時に、教会内の質素な部屋。


「――ん?」


 脳が回転しなくてもここまでの例を上げれば嫌でも感じ取ってしまう。


「ここが一番……?」


 野宿は論外として屋内建物の中という点で比較すれば今の場所が最適な寝床だろう。サーシャが用意、もとい作った家は快適といえば快適だったがそれまでの過程で受けた精神的ダメージによって疑心暗鬼となってサーシャの熟睡を確認しないと眠れなかったし、朝起きた時も少しばかり不安が残っていた。

 リファの本心としては野宿を強要したギルには制裁がしたいことと、ルクスが下に降りてきてからずっと乗っている雲の上で横になるのも捨てがたい。

 最後でようやく体験した中では格段に寝心地はよかった。


「行動開始……」


 脳みそに行動しろとさっきから命令を送っているはずなのに一向に動いてくれない。口にしても変わらない。

 思い返せば昨日、お風呂でメイと話した。体感時間では有意義な時間と言うことで瞬く間に終わった印象があったが実際には一時間くらい湯船につかっていた。

 疲れをとるはずの入浴でまさかの疲労蓄積、加えて昨日はルクスのいた雲の上へ強行軍で押し掛けて交渉の後休む間もなく降ってきた。


「まだ、疲れているのか、私……もう歳なのかな……」


 十五歳の小娘がしみじみと言っている。ある一定以上の年層の特に女性が聞けば一発で怒りを露わにしようだが、本人的には本気で思っている。


「でも、駄目だよね」


 両頬を軽く叩いて「よし!」と気合を入れて立ち、立ち、立ち、……上がれない。

 何度も、何度も体に命じても外へ出る勇気よりも中にいたい安寧が勝ってしまいベッドから出ることが出来ない。


「私! 頑張って!」


 客観的に見れば頭の痛い子にしか見えないが本人は本気だ。

 主に動いてくれないのは下半身だ。上半身は起き上がった拍子に外界を受け入れたのか自由に動き回ることが出来る。

 ベッドと格闘する姿は、……まあ、形容しがたい雰囲気に包まれていた。足をバタバタ褪せて両手は毛布を掴んでいるにも関わらず剥ぎ取る一歩が出ない。


「はぁああ……」


 覇気のない、意味のない気合を入れて行うも、そんなことでできるようになるのならば人生苦労しない。そして、この姿は他人に見られればほぼ確実にドン引きされてしまう。

 次いでに言うのならこんな時は必ず誰かに目撃される。

 コンコン。


「リファ、入るわよ。そろそろ起きて……」


「えっ! メイさん!」


 ノックをした後に部屋に入ってきたメイはベッドの上で不可思議な動きをする少女を一通り眺めてから何もいなかったと言わんばかりに深く俯くと静かに部屋を出て扉を閉めた。


「ちょっと待ってください!」


 あらぬ誤解をされたと感じたリファは一目散に扉に飛びついて、開いた先にいたメイに説明をした。


                    ※


「……そう、状況はわかったわ。同じようなことをする人に心当たりがあるから理解できるわね」


「よかったです」


 皮肉にもメイを追うために必死になったステラはあれほど出るのを嫌がっていたベッドから容易く脱出している。


「それで、何かあったんですか?」


「いいえ、ただ食事の用意ができたから呼びに来ただけよ」


「――え、食事って……」


 リファは壁に掛かっている時計を確認してみるととっくの昔に「この時間までには起きてきて」と昨夜、メイに言われた時刻を過ぎている。


「あー! ごめんなさい! 今すぐに着替えるので先に行っていてください」


「焦らなくてもいいわよ、どうせもう一人、ルクスも今から起こしてくるところだから」


「本当にごめんなさい!」


 深く頭を下げる。


「真面目なリファが時間までに起きてこなかったから少し心配したけど、体調を崩したとかではないようね」


「はい! ただの寝坊です」


「よかったわ」


 メイは言いながら音量が小さくなった。

 一息つくと、いつもの仏頂面から少し表情を崩して微笑みを浮かべるとルクスの部屋に向かって歩いて行く。

 廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、電光石火のスピードで部屋の中に閉じこもって転がった。


「あ~! 何をしているの私! お世話になりっぱなしは悪いから朝ご飯お手伝い位はするって心に決めていたのに~!」


 斜面を転がる木材が如く綺麗に早く転がる。


 ――どうして!


 声には出さなかったが胸の中で自問自答をし続ける。

 朝、最初に覚えているのは強烈な朝日がさし込んだ時だ。この部屋の窓の位置、ベッドの位置をもとに紐解いていくと、リファの頭に日差しがさし込むのは日の出から数分のみである。


 ――つまり、


「えっ!? 私って一時間強もベッドの上で無駄な葛藤を演じていたの……」


 ため息とともに朝からどっと疲れが増してくる。ひとまず、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、手早く着替えを行って食事が用意されていると言われた部屋に急ぐ。

 その部屋は兄妹会議が行われた部屋と同じでなんでも人数と広さが丁度よくて使い勝手がいいらしい。


「あの! 今来ました!」


 扉を慌ただしく開けた先には既にギル、サーシャ、デュークがそれぞれの席に座っていた。


「おはよう、リファ」


 サーシャの挨拶に引っ張られるようにギルとデュークも続けて挨拶をしてくれた。


「お、おはようございます」


 まだ息が乱れていながらも会釈を付けて挨拶を返す。


「この料理はメイさんが……」


「そうさ、ボクを始めこの教会にいる兄弟の中ではメイしかまともに作れないからね」


「は、はぁあ……」


 それを聞いてさらに罪悪感が込み上げてくる。テーブルの上を彩る料理がどれも凝っていて日頃から料理をしている人の努力が滲み出ている。

 ギルも料理ができたはずだが、メイの料理の前では霞んで見えてしまうため、出てこなかったのだろう。


 ――私も料理できたのに。


 これからは寝坊しないと誓った。

 うなだれつつもリファは空席の椅子を引いて腰を下ろす。見れば見る程食欲をそそられる料理だった。湯けむりがまだ立ち込めている所からできてから時間はあまり経過していない。

 リファよりも先に来ていた三人が料理に手を付けていないのは、ここにいないメイとルクスを待っているに他ならない。

 当然リファが手を付けることなど空気が許さず、じっと待っていた。それに、腹の虫が香しい匂いに刺激されて暴れ出しているため抑え込むのに必死。

 それから五分程度経過してようやく二人が部屋に入ってきてくれた。

 クールビューティーな表情を一切崩すことのないメイに、眠たそうに、……寝ているルクスはいつもの雲の上に寝そべっている。


「ルクス、しっかりしなさい」


「僕、眠いんだよ。なんなら先に食べていてくれても良かったのに、律儀に待たなくても……」


 開いていた二席に座り、気怠そうに机に突っ伏してルクスが言う。いつもの軽い口調はない。眠くてそれどころではないだろう。


「食事は家族みんなで、親父が言ってただろう」


「あ~、そうだったッスね」


 椅子の上に足を組んで、目を閉じているギルが言うとルクスも納得した様子で面を上げた。


「揃ったところで頂こうか、久しぶりのメイの料理になるな」


「いったっだっきまーす」


 デュークとサーシャが率先して両手を胸の前に合わせてから食べ始めた。


「いただきます」


 タイミングが少し遅れてリファも両手を合わせてから食べ始める。


 集団で食事をする場合は周りの人に合わせてペースを調整することは必然であるが、この人たちには通用することは無く各々バラバラに箸が進んでいる。

 既にルクスとリファ以外は食事を終えていて食後の紅茶又はコーヒーを嗜んでいた。リファに関しては焦燥感が現われて急いで食べていてメイから「ゆっくりでいいわよ」と言われていた。

 対してルクスはここでも己が道を究めていて食べることはエネルギーを得る行為である一方、大量にエネルギーを消費する行為でもあり、よって食べた後に眠くなることは当然のことである。

 だとかなんとか言って、疲れないようにゆっくりと食べ進めている。そのことを気にする様子はなく周りも口を挟むことは無い。


「ごちそうさまでした」


 リファから元気のいい声がする。

 一番に食べ終わって、あまりに早さに「品がない」「私が作ったのにもう少し味わえないの」と批判の嵐を食らいつつも珈琲に一番にたどり着いたギルから見ればリファの食事にかかった時間は周回遅れ以上に差が開いた。


「リファ、お茶はいるかしら?」


 椅子の背もたれに身を委ねているとメイがお茶の入ったカップを差し出してくる。


「はい、ありがとうございます」


 口に含んで一段落する。


「それじゃリファも食べ終わったことだし、後回しにしていた具体的な話し合いをしようか。特に今日はどう動くのかってことをさ」


 一番に食べ終わったギルが威勢よく声をあげる。


「あの、ギル。まだ、ルクスさんが食べているけど」


「いいよ、いつものことだから、そいつ待っていたら日が暮れるよ」


「別に話し合いを進めてくれて構わないけど、僕の意見の代弁はしないでほしくないッスね」


 箸を口に運ぶルクスが横目でギルを見る。


「いいから話を進めろ」


 優雅に食後の時間を過ごすデュークが目を閉じたまま言ってくる。


「私も賛同します。食後は祈りの時間をあるため早急に行動したいのです」


「満場一致のようだね。かくいうボクも今後の予定を決めなければならないから早いに越したことは無い」


「わかった、わかった」


 次々とあがってくる意見をギルが制すると本題に入った。


「んじゃ、まず、今日の動きはサーシャの時空間魔法でこっから一気にファーガルニ王国に飛ぶ。着いた後は現地調査ってところかな。ロンドリアだと距離がありすぎて向こうで何が起きているのか情報が足りない」


「ま、妥当なところかしら」


 横でメイが肯定してくれる。


「しかし、問題もある」


 横目で流れるように見るメイを一瞥するとサーシャは自分の胸に手を置いた。


「ギルは簡単そうにボクの時空間魔法で飛んでいこうと言ったけど、いくら魔女であるボクでもここからファーガルニまでの超長距離に加えて七人を飛ばすとなると、さすがに魔力が心もとないな」


 ギルは簡単そうに言っていたがここから目的地までは歩けば余裕で二週間は超え、それに、ファーガルニの端ではなく王都に向かうならさらに距離と時間が加算される。

かりやすくため息をつく。


「いつもは魔女ってことで威張っているのにか……ぐはっ」


 そんなギルに魔力弾を当てて再び話の場に戻る。


「かなりまずいのか」


「そんなことないさ、デューク。しかし、魔女は魔力あっての存在さ。魔力が尽き掛けている魔女ほど使えない存在はいない」


「確かにサーシャの魔法が使えないとなるとしんどいな」


「だったら、デュークの魔力を譲渡すればいいじゃない」


 唐突の発言に一同の視線が一気にルクスへと向く。


「確かにそうだが、今度は私の魔力が無くなるぞ」


「ん~、ならさぁ……。ギルから剥奪すればいい。元々ギルが原因なんだからそれくらいのリスクは背負ってもらっても問題ないでしょ」


「ちょ、何言ってんだ! ルクス!」


 サーシャの魔力弾の被弾から復活したギルが猛抗議する。


「少し待ちなさい、ルクス。あなたは忘れたの? デュークが剥奪できるのは『権利』に限定されているのよ」


「それはあくまでも制御器を使っている時でしょ。未展開なら物理的なものや権利は無理だけど純粋な魔力だけなら剥奪できるんじゃなかったッスか」


「そうだな、ルクスの言う通り今のままなら魔力だけを剥奪することが出来る」


 がやがやと言い争っている中、時代の濁流に流されていくときの冒険者の如く、会話の中身はまったく理解できない少女は隣にいる魔女に真相を確かめる。


「サーシャさん、サーシャさん。どういうことですか、譲渡って、確かデュークさんって支配と剥奪って言ってませんでしたって?」


「あ~、うん、そうだね。結果としては間違っていないよ。奪うことが出来るのなら与えることが出来ても不思議じゃないだろ、デュークが能力として数えていない理由は実践では使いづらいことと剥奪しないと譲渡できないからだ」


「じゃあ、ギルの魔力を剥奪してサーシャさんに譲渡するってことですか?」


「理論上はそうなるね。でも、デュークは容赦しないから遠慮なしに剥奪をする、とはいっても剥奪できる条件は厳しくて対象者との力量に大きく左右されるけど、子供の時からギルはデュークに頭が上がらなかったからね、ギルに対しては命にかかわらない程度なら無制限に剥奪できると思うよ」


「ギルがだんだん哀れに思えてきましたよ」


「そこんところが可愛いだろ。悩んで苦しむギルはどれだけ見ていても飽きないよ」


「サーシャさんもなかなか素敵な性格してますよね」


「ふふっ、そうかな」


「ん、でも、サーシャさん、確か途中でギルから魔力を吸い取っていたみたいですけど、それじゃダメなんですか」


「難しいところだけどね。ボクが百吸い取っても、実際にボクの魔力になるのは二重程度なんだ。つまり、変換率があまりよくない。その点、デュークが介してくれれば変換率百パーセントだ。だったら、こっちを選ぶだろ」


「なるほど……」


 ギルが必死に抗議している裏で密かに話し合いを行っているサーシャとリファ。


「ギル、諦めなさい、たった一回剥奪されるだけでしょう、うじうじ言っているとフィスティスの口癖が移るわよ」


「うぐぐぐ……、それは勘弁だなって、だったらメイが剥奪されろよ、俺よりも魔力持ってんじゃねーか!」


「嫌よ、私の体は私のもの! 誰にも奪わせないわ。それに、私とデュークではそこまで大きな差が無いから剥奪できる魔力や権利は少ないわよ。せいぜい、一日ギルをいじめる権利が剥奪される程度よ」


「そんな権利ねーし、あってももう少し貴重な権利扱いしてほしいな」


 自分の両手で胸を抱いて体からギルを逸らすように反対側に向ける。


「少し落ち着いたらどうでしょか。ギルもメイも熱くなって論点がずれていますよ」


 会話に乱入してきたアレンが場を収める。


「ギル、あなたはおとなしくデュークに魔力を剥奪されなさい。安静にしていれば数日で再び溜まるでしょう、それまでの我慢ですよ。デュークも全部の魔力を剥奪しなければならないというわけでもないはずです。最低限にしておきなさい」


 冷静な口調で淡々と話すアレンに反論する者はいない。だいたいいつも口論がまとまらなくなった場合、アレンが調停するのは日常の流れと言っていい。

 せっかくカッコいいことを言ったアレンは「あぁ……神よ」とまたいつもの発作が起こって辺りを徘徊していた。


「それで、サーシャはどのくらいの魔力が必要なんだ?」


「そうだね、ギルの魔力なら全部もらってもいいんだけど、真面目に答えると大体八割程度かな」


「八割か、わかった。ギルこっちにこい、やってしまうから。サーシャも来ておけ」


 ギルが呼ぶと嫌々な顔をしたギルとまんざらでもない顔をしたサーシャが移動をした。ポツンと話し相手がいなくなったリファは少し移動してお茶を口にしているメイに元へ行った。


「メイさん、何だがギルが不憫に思えてきました」


「そうかしら。これが私たちの中では日常的に行われてきたことだから、特に違和感を覚えることは無いわね」


 言いつつスリファは三人が歩いて行った先を覗く。そこは不思議な淡い光に包まれていて危機探知センサーがこれ以上見ない方がいいと助言したため目を逸らした。


「今ギルは何をしているんですか?」


「剥奪と譲渡よ。デュークの制御器を使ってギルから剥奪をしてサーシャの譲渡するのよ。本来はデュークが自分に譲渡するんだけどね」


「そんなことがほんとにできるんですね」


 それから数分と経たずに三人は戻ってくる。


「ここまで溜まったのは久しぶりだね。ちょっとした拍子に零れ落ちてしまいそうだ」


 恍惚とした笑みで向かってきたサーシャは心なしか肌艶が増した感じがする。


「あー、久しぶりな感じ……」


 対してギルは急激なダイエットをした後のみたいに頬がゲッソリとこけてしまって弱々しく見える。


「これで十分だろ」


 実行したデュークはいつもと変わらない仏頂面のまま悠然と歩いて元いた席に座った。


「ねえ、ギル、大丈夫なの?」


 あくまでも比喩的表現のつもりだったが近づいて行くにつれ本当に痩せた感じがして居ても立っても居られないステラが自ら近寄った。


「ああ、大丈夫だ。俺が剥奪されるものはいつも甘いからな、一国の騎士程度の実力の人間ならデュークが本気になれば命すら剥奪することが出来る。それを考えれば魔力に限定してくれればいつかは回復するからお気軽なものだよ」


 口では軽く言っているがどんな理論なのか目の下にできた隈がやたら印象的だった。


「いや~、ありがとうね、ギ~ル。パンパンになるくらい魔力を貰っちゃって」


「まだ残りはあるし数日すればある程度は回復する」


 背後から近づいてきたサーシャはバンバンと力強くギルの背中を叩く。満面の笑みに対して弱々しい顔の二人はコントラスト的に正反対であって表情の違いが如実に表れている。


「それでサーシャ。この俺の神聖な魔力を根こそぎでもないけど持っていたんだ。これでおとなしくファーガルニまで飛んでもらうぞ。やっぱりできないなんて言うなよ」


「わかっているさ。ボクはこれでも魔女だ。魔女は契約を最も重んじる生物であって、破ることは決してないし、破られることがあれば契約者の命を取り立てに行くよ。ギルにも例外じゃない。ファーガルニの一件が片付いたらボクの言うこと聞いてもらうからね」


「何度も確認しなくても分かってる。約束は守るさ、前みたいなことになったら今度こそ命が危ないからな」


「ならいいんだよ」


「サーシャ。これでお前の言う条件はパスしたはずだ。それで、ファーガルニまで飛べそうなのか?」


「そうだね、デューク。問題はないだろうけど、ボクの魔力はこの状態からでも空っぽになる。再び溜まるまで数日、これはギルの魔力が溜まる機関と同じと思っていい。その間はファーガルニの町観光になるかな」


 ギルから離れて手近にあった椅子を引き寄せてその上に腰を下ろす。


「構わない。その間にやるべきことはある。ルクスお前も久しぶりに働くんだ。神器がきちんと機能するのか確かめておけ」


「大丈夫ッスよ、証拠に愛用の雲があるッスから。僕は僕がやるべきことをやるだけッスからね」


 働くという言葉を聞いてより一層にやる気を失ったルクスは後僅かになった食事を亀の速度で口に運び続ける。


「デューク、一応話の決着がついた様ですので、私は礼拝堂にて祈りをささげてまいります。神が私を呼んでいます。答えなければ、この声に、応えなければ、この愛に!」


「――わかった。他の者もよく聞け! サーシャがファーガルニに飛べるようになった今ここで立ち止まっている理由もない。各々準備が整い次第ここを立つ」


 アレンの言葉を皮切りにデュークが立ち上がって力強く宣誓する。

 誰も返事を返すことはしなかったが強い瞳は決意の表れでもあり、その目に宿る覚悟が肯定を示している。

 リファも声に出すことはしなかったが「よし」と心をさらに引き締めて志を新たに動き出した。

 ちなみにここにきてようやくルクスの食事が終わった。


                   ※


「と、言われても私が準備することってなにもないな」


 食事が終わって準備に関しては寝坊してしまって不甲斐なかったため後片付け位は自分がしようとメイに進言したものの「大丈夫よ、この時間は自分の準備に当てなさい」と一周されてしまい与えられた部屋に戻ってきたのだ。

 しかし、よくよく考えてみても手荷物なんてほとんどないリファに準備時間があっても仕方がないことだった。この時間を有意義に使っているのは祈りをささげているアレンや後片付けに精を出しているメイくらいだった。

 一応出発の時間は設定されたがそれもまだまだ時間がある。

 ベッドの上に転がって天井を眺めていると食後と言うこともあって眠気が襲ってくることや、静かな部屋内なので頭の片隅にしまっていた記憶もふとしたタイミングで蘇ってきた。


「久しぶりだな」


 考えてみれば長い帰還祖国を離れていたのだ。ここまでは自分のことで精いっぱいで他のことを考えることがあまりできなかったから気にしていなかったが国はどうなっているのか。


「お母さん……」


 私の背中を押して外の世界に旅立たせてくれた。そのおかげで私は色々な経験ができた。それに、ギルに加担したとして王国側に狙われることになってもこうして生きていられる。まあ、振り返ってみればどっちが危険だったかと聞かれれば答えにくい面があることは否定できない。

 静かに呟くと意識が消失した。


                    ※


「本当にごめんなさい!」


 伝説の罪人が六人集まった教会先の中庭にてリファは深々と頭を下げていた。


「そんなに謝らなくていいわよ。ルクスならいつものことだから」


「酷いっすね。僕を誘う時は予め寝坊することを前提とした時間にしてって頼んでいるじゃないですか」


 墓の人も時に気にしている様子はない。とはいってもリファの落ち込む具合が半端ない。

 単刀直入に言えばまた寝坊したのだ。

 色々と物思いにふけているといつも間にか食後のうとうとも便乗してきて居眠りをしていた。今度は誰かが起こしてくれるというわけではなく起きたら妙に嫌な予感がした。

 心当たりがあると思うが、寝坊したときの寝起きは視界に違和感が覚え、胸をざわめかす感情のゆがみは計り知れない。

 リファも起きた瞬間に寝坊を感じ取って爆発的な勢いで部屋を飛び出して集合場所に移動しても、もう、遅かった。

 リファ以外は集まっていて謝罪を続けることになったのだ。


「醜い姿だ。頭を上げろ、リファ」


「デューク、言い方!」


 ギルが制するようにデュークに向けて手を向けるが、意に介さず弾いてしまう。


「本当のことだ。私たちがいいと言っているのに下げ続けることは醜い以外の何事でもない。それに、過剰な謝意は弱みに付け込まれる原因になる。あくまでも気丈な態度を保ち続けるべきだ」


「大丈夫ですよ、リファ。神の代行人たる私が許しを与えます」


「ありがとうございます」


 瞳に溜まる涙を拭い、赤くなる目を無視してほおを緩める。


「さあ! リファの一件ももういいだろう、なら、早く行ってしまおうか」


「はい!」


 この時を待っていた、とも言わんばかりにサーシャが時空間魔法の詠唱を始める。人数が多く、飛ぶ距離も長いためか前に聞いた時よりも長めの時間が経過していた。


「準備はいいか?」


「ああ」


「ええ」


「もちろんです」


「はぁ……、ここで駄目って言ってもスルーされるんっしょ」


「はい」


 頭の奥に響く低音で問われると各々がそれぞれの回答をする。最後にリファが言って時にサーシャの時空間魔法が発動した。


「――発動!」


 この場にいた七人は一瞬の内に姿が消え去っていった。

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