第5話 海へ

 ゴヴァンが意識を取り戻したときは真夜中だった。月が美しかった。ゴヴァンは橋から落ちる道を選んだが、まだ生きていた。なんとしても生きようとする人間の生命力で、ゴヴァンは川岸に流れ着いていた。

 人の気配もなく、物音もなかった。ジャフィルやサム、ニールたちがどうなったのか知るすべもなかった。おそらく俺は川に落ちて死んだと思われ、放置されたのだろう、そうゴヴァンは判断した。


 ゴヴァンは起き上がろうとしたが、脇腹に鋭い痛みがきた。落ちたときについた傷だろう、脇腹は複雑な形に裂けていた。右足はかなり痛んだが、骨折はしていないようだった。ゴヴァンは宝石と金貨を体に巻き付けた布をほどき、脇腹と一緒に締めなおした。ここには川がある。流れをたどっていけば、海へ、この国の外へと出られる。ゴヴァンは川下に向かって歩き始めた。


 月があまり傾かないうちに、ゴヴァンは、川岸につながれた一艘の船を見つけた。船着き場は静かで、誰もいなかった。ゴヴァンは船に乗り込み、船と岸をつないでいるロープを剣で切った。船はしずかに出航した。川の流れに乗り、船はゴヴァンが漕がずとも進んでいった。ゴヴァンはサムの言葉を思い出した。


「この国から逃亡する。この国以外の国につけば、そこではもう奴隷ではない。その国で、また新しい策を練ればいい」


 少しずつ岸は遠くなった。遠くへ、できるだけ遠くへ。岸は遠ざかったが、ゴヴァンに残っている力も少なくなった。手から力が抜け、目がかすんでくる。

 

 俺は、あきらめないと決めたんだ。最後の一瞬であっても、俺はあきらめない。たとえ意識を失っても、次の瞬間、この国ではない違う国に漂着しているかもしれない。


 ゴヴァンは遠く離れた故郷に残してきた恋人の名前をつぶやいた。


 夜があけ、太陽が船に横たわったゴヴァンの体を照らしていた。船は川をくだり、海に到達していたが、ゴヴァンはすでに息絶えていた。それから二日間、船はそのまま漂流し、やがて嵐がやってきて、船とゴヴァンの亡骸を、海の底へと運んでいった。

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故国を離れて Naomippon @pennadoro

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