婚約破棄された悪役令嬢はチェストで全てを解決する! ~サツマジゲンスタイルは全てを絶つ!

どくどく

ルテナン・トーゴ公爵令嬢、婚約破棄される!

「ルテナン・トーゴ公爵令嬢、本日をもって婚約を白紙――」

「チェストォォォォォ!」

「グワーッ!」


 貴族学会で行われた夜会に、皇太子グレイの雄たけびが響き渡った。


 グレイ・レイドル皇太子。このレイドル皇国の第一王位継承者にして、ルテナン・トーゴの婚約者。それを破棄しようとした瞬間、ルテナンがグレイを奇声と共に襲ったのだ。


 その動き、まさに一撃必殺。一足の元に間合いに入り、召喚したカタナサーベルで大上段からの唐竹割。地面を滑るような歩法は優雅にして死の歩み。瞬きの間に歩み、構え、そして脳天を砕かんとばかりの一撃を振り下ろしたのだ!


「……え?」


 誰もが反応できない中、ルテナンは血しぶきを払うようにカタナサーベルを振るい、視線をグレイの隣にいた女性に向けた。聖女マーヤ。学会でグレイに近づき、関係を密にしていたことは公然の秘密だ。今宵の夜会も仲を見せつけるように寄り添っていた。


「どどどどど、どういうこと!? 婚約破棄シーンで何してくれやがるのこの悪役令嬢!」

「敵となるなら一撃必殺。それがサツマジゲンスタイルよ」

「さ、さつま……? っていうか敵って何!?」

「敵よ。レイドル皇国とトーゴ家の婚約は国家内の関係を密にする国儀。それを破棄するなど国家の敵。ゆえに打倒しただけ」


 マーヤの問いに事も無げにルテナンは言い放つ。貴族において婚約は家の関係を密にする。そして政治において数は力だ。魔窟ともいえる貴族社会において、信用できる相手が多い事は重要になる。


 婚約を破棄する。それはその関係を裏切るに等しい。それにより発生する混乱。婚約破棄されて社会的に弱体化したトーゴ家を食らい、皇国は荒れるだろう。甘い汁を吸うために奸賊が入り込み、国税は不当に扱われる。そうなる前に、その流れを絶ったのだ。


「惜しむべきは我が未熟。前世なら喋る前に命脈を絶っていたというのに。敵めに10文字以上しゃべらせてしまったわ」


 こぶしを握り、己の未熟を嘆くルテナン。最適解は敵に行動させる前に斬ることだった。なのに初動を敵に与えてしまったのだ。一撃必殺弐の太刀要らず。魂まで刻んだ思想は転生してもなお残っていた。だというのに、不覚。


「いや頭悪いでしょアンタ! 大体チェストって何!?」

「チェストはチェストよ。それ以上何の意味が必要なのです?」

「うわ話通じない! 衛兵! 衛兵! トーゴ侯爵令嬢がご乱心ですわ!」


 マーヤが叫ぶまでもなく、騒動を聞いた衛兵が会場になだれ込んできた。貴族たちを守る騎士階級。その実力は一騎当千を誇る。


「……言い逃れはできませぬぞ、トーゴ嬢。これはレイドル皇国に対する謀反です」

「否定はしませんわ。しかし一つだけ言わせていただけませんか?」

「なによ、婚約破棄に対する恨み言?」

「いいえ。それは些事ですわ。原因はともあれ、斬った事実は変わりません」


 マーヤの言葉に鷹揚に笑い、そしてルテナンは胸を張って告げる。


「レイドル皇国を滅ほし、トーゴ国家を樹立すること宣言しますわ」

「クーデター宣言じゃないの!? 開き直りにもほどがあるわ!」

「取り押さえろ!」


 四方を囲み、槍を構えてルテナンに迫る衛兵達。四方八方から迫る穂先。その練度は高い。逃げ道を塞ぎ、急所を狙う動き。そこに躊躇いはない。女性だから、侯爵家だから、そんなことで彼らは戦意を止めない。国家の敵ならば、討つが務め。


 しかしルテナン令嬢、慌てず騒がずカタナサーベルを召喚する。二尺三寸70センチの刃が夜会のシャンデリアの光を受けて煌めいた。鍛えに鍛え、重ねに重ねた刃はまさに芸術。人の命を奪うために作られた歪曲した刀身は、三日月の美しさを兼ね備えていた。


「キエアアアアアアアアアア!」


 響く雄たけび。ルテナン令嬢は槍と槍のわずかな隙を縫い、地面をける。隙と言っても陣形に不備があったわけではない。騎士に甘えがあったわけではない。身長、手の長さ、靴のずれ。そんな小さな差異。その差異から生まれた取るに足らないズレ。しかし、ズレ。


「ウグワー!」


 そのズレを強引に突き進むルテナン。穂先が体を割き、血しぶきが舞う。しかしルテナン令嬢は止まらない。進む、進む、進む! そして振るわれるカタナサーベルは容赦なく衛兵の兜ごと頭を砕く。なんという丹力、なんという腕力! これこそがサツマジゲンスタイル!


「イエアアアアアアアア!」

「グワー!」

「チェサアアアアアアア!」

「アバー!」

「シェアアアアアアアア!」

「イアー!」


 断つ。断つ。断つ! 天高くカタナサーベルを構え、振り下ろす。一つ振るえば命が一つ断たれ、二つ振るえば命が二つ断たれる。一つの命に対し、全力でカタナサーベルを振るうがサツマジゲンスタイル! 1の太刀に全てを込め、その命に向かい合う慈悲の心!


 当然ルテナンも無事ではない。騎士達はただやられるだけの案山子ではない。幾度もルテナンは体を傷つけられる。夜会のドレスは血に染まり、白は赤に変わり果てる。しかし、それもまた美。令嬢の儚き白ではなく、戦場の華の如く鮮烈な紅!


「く、ホーリーストライク!」


 戦闘の合間を縫うように、マーヤは魔法の矢を放つ。恐ろしき狂犬のルテナンだが、持っているのはカタナサーベル。遠くから魔法で攻めれば負ける道理はない。距離は絶対。戦の理だ。


「チェストオオオオオオオオオ!」


 しかし、それを凌駕するのがサツマジゲンスタイル! 足先をマーヤに向け、光の奔流に向かい真っ直ぐと突き進む。なんとなんと! カタナサーベルは魔法を切り裂いた!


「はああ!?」


 光を切り裂き迫る狂人。サツマとは殺魔サツマ。ジゲンとは次元ジゲン。魔を殺し、次元すら割く。如何なる魔法であっても切り裂き、相手がどれだけ遠くに居ようとも次元魔法の如く時と空間を超えて迫る! それがサツマジゲンスタイルなのだ!


「その頭蓋もらった!」

「ゴウランガァァァァ!」


 敵対するなら慈悲はない。それがサツマジゲンスタイル! マーヤは叩きつけるようなカタナサーベルの一撃を食らい、地に伏した。


「他愛もありませんわね」


 全ての衛兵とそしてマーヤの頭蓋を砕いたルテナンは優雅に言って髪をかき上げる。その体は傷だらけで周囲は血まみれ死体まみれ。屍山血河の中に咲く一凛の華。決して弱くはなく、惹かれる魅力がそこにあった。


「私に歯向かうものはまだいますか?」


 その美しさ、その優雅さ、そしてその強さ。それを前に、夜会にいるすべての者が逆らえずに首を垂れた。


 ――こうして新生トーゴ国が樹立したのである。


 一夜にして一人で国家転覆を為したルテナン・トーゴはサツマジゲンスタイルを国内に普及し、数年後には狂気の軍勢を率いて破竹の勢いで他国を蹂躙していく。トーゴ国は後にトーゴ連合となり、そして人類の敵である魔王軍を倒したことを機にサツマと名を改める。


 その理念は先手必勝一撃必殺二の太刀要らず。あらゆる問題を即座に解決する思想は人類を大きく発展させるのであった――


 めでたしめでたし。

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