正しいバレンタインチョコの渡し方
改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )
木星衛星ガニメデのスペースポート内のフードコートで
『ガニメデ。ガニメデ。本日モ、木星・ガニメデ間シャトル船ヲゴ利用イタダキ、アリガトウゴザイマス。マタノゴ利用ヲオ待チシテオリマス』
「あー。つっかれた。なんかチョー疲れたんだけど」
「あんな席に座ってたからでしょ!」
「モカちゃんが、広くてゆったりした席がいいって言ったんじゃん」
「言ったけど。言ったけどお! 知らなかったのよ、虎さんたち用のシートだったなんて!」
「じゃあ、別の列の席に移ればよかったじゃん」
「兎の私たちが、あの状況で動けるはずないでしょ! ハルカだって動かなかったじゃない!」
「向かいの席のトラさんたちの目が、ぶっ飛んでたからね。ヨダレも垂れてたし」
「ハルカが一緒に来てって言うから、付き合って来たんだからね。もう、帰りは絶対に兎用の席だからね」
「わかった、わかった。それより、お腹空かね?」
「うん……ペコペコだけど……」
「とりあえず、どっか店に入ろ」
「どの店にしようか。モカはベジタブルホットサンドとか食べたいなあ」
「キャロットバーガーでよくね?」
「ええー。せっかくガニメデまで来たのに、またキャロットバーガーなの」
「だって、金なくね?」
「うん……。でも、ハルカはアルバイトしてるんだよね。お小遣い残ってるんじゃないの?」
「ない。使っちった」
「何に」
「これ」
「ああ。そういうことね。確かに、バレンタイン用のチョコレートは高いしね。さては、奮発したな」
「ま・あ・ね。ぬふふふ」
「その勝ち誇ったように前歯を出した顔ときたら。トビヤくんに見せてやりたいわ」
「しー。モカにしか言ってないんだからね。親友だから話したんだよ」
「分かってるって。でも、どんなチョコにしたのよ。ちょこっとだけ見せてよ」
「だーめ。私だって、まだ、お店の紙袋から出してないんだから。すっごくイケてる箱にして、超高いマジうさとび級の包装紙でラッピングしてもらったんだよ。トビヤくんに渡す前に手垢で汚れたら嫌じゃん」
「その紙袋の端を少し開けて、隙間から見せてくれるのも無しですか」
「無し! 絶対にダメ!」
「ケチ」
「渡す前に袋から出すから、その時に見せるって。まあ、楽しみに待っておれ」
「どこで渡すの?」
「一応、センターコロニーの人口草原にあるブランコの所で……」
「なんで声が小さくなるのよ」
「……ごにょごにょごにょ……」
「聞っこえんぞ、ハルカ! ま、まさか、あんた、トビヤくんに伝えてないんじゃないでしょうね!」
「いや……人口草原のところにいるのは確かだと思うから……」
「はあ? 本当に言ってないの? ゲリラ攻撃? ぶっつけ本番?」
「その方が、私の気持ちが真っすぐに伝わるかと……」
「いや、いやいや。どーでしょ。しかも、人口草原ってめちゃくちゃ広いんだよ。ガニメデまで来てトビヤくんに会えなかったら、どうするのよ」
「念ずれば何とか……」
「なるか! もう、どうしてアポをとって待ち合せないのよ!」
「トビヤくんの量子スマホの番号、知らないし……」
「はあ? 話したことは?」
「ない」
「完全完璧完熟プリプリの片思いってことなの? マジで?」
コクリ。
「うっそでしょ。それで、わざわざガニメデまで来たの? 私までついてきちゃったじゃない、こんなにお小遣い使って!」
「あとでホウレンソウピザ奢るから」
「ほんと? ホウレンソウピザ? クレソンと明日葉は?」
「う。よ、よし。それも載せる」
「やったー。じゃあ、トビヤくんを探そう。彼、手足長くて長身だから、意外とすぐに見つかるかもよ」
「首も長くてカッコイイよね。まつ毛も長くて、目もぱっちりだし。モカもそう思うでしょ」
「うんうん、思う、思う」
「……」
「なんで前歯だして耳立てるのよ。怖いわね。冗談よ。親友のハルカの片思い相手に手を出す訳ないでしょ」
「ホントだな」
「し、信じなさいよ。だいたい、トビヤくんはキリンじゃない。兎の私たちとは身長差が……」
「愛に背丈の違いは関係なくね?」
「そ、そうね。まあ、ハルカは跳躍力あるから、チューする時はジャンプすればいいしね」
「きゃあ、照れるなあ、もう!」
「痛い。――ああ! 今バシッて叩いたその袋、渡すチョコレートが入ってるんだよね。なんか、変な音したよ」
「やっべ。崩れたかな」
「開けて、確認した方がいいんじゃない。ついでに、私にも見せてよ」
「んー、じゃあ、ちょっとだけ。毛が付かないように気を付けてね。このセロテープを剥がして……ビリっと」
「はやく、見せて、見せて」
「じゃーん! バイト代を貯めて買った最高級のアカシア風味チョコレー……とお! なんじゃ、こりゃああ!」
「なに、それ。普通の折り紙で、すっごくテキトーに包んであるだけよね。しかも、中からはみ出てるのは、粘土でしょ。カードの字も間違えてるし。『ハルカより♡』が『ハノレカより〇』になってる。これ、何かの冗談なの?」
「誰じゃあ! 勝手に食べたのは」
耳をピンと立てたハルカは全速力で飛び跳ねながら、スペースポートへと戻っていった。
了
正しいバレンタインチョコの渡し方 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa
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