朝起きたら恋人が女になっていた話
三郎
本文
ある朝のこと、味噌汁の香りで目を覚まし、寝室を出てリビングへ行く。
「おはようございます。龍雄さん」
まだ重たい瞼を擦りながら、台所で調理をしている恋人に声をかける。「ああ、おはよう」と彼の優しい声が——
「……うん?」
彼の声にしてはかなり高い。聞きなれない声だった。ぼんやりとしていた視界に映る彼の姿に、次第に焦点が合う。そこに立っていたのは私の知る彼ではなく、私のTシャツを着た見知らぬ女性だった。私と同じくらい背が高く、ガタイの良い筋肉質な女性。彼女はぽかんとする私を見て、おかしそうに笑いながら言う。
「朝起きたら女になっててさぁ。いやぁ。びっくりした。性転換症ってこんな唐突なんだなぁ」
「……
「おう。俺俺。あ、ごめん。身体縮んで服ぶかぶかになったから
そう言って「どう? 似合う?」と笑う彼女。その笑顔が彼に重なる。先日、私は朝起きたら突然男になっていた。突然性別が変わる性転換症という病気が存在することは、身をもって知っている。それが治らない病気ではないことも。彼も同じく。……にしたって冷静すぎやしないか。
「……龍雄さん、もしかして女の子になってちょっとはしゃいでる?」
「若干」
「……ご飯食べたらお薬もらいに行きますよ」
「はーい」
性転換症は、百万人に一人の確率で発症すると言われている。先日私が発祥して、次は彼。もしかして感染するものなのだろうか。だとしたら、接触もなるべく控えた方がいいかもしれない。医者はいちゃいちゃしても問題ないと言っていたが。
「よし、じゃあ行ってくるよ」
「私も付き添います」
「ええ? いいよ別に」
「いえ。心配なので。私が食べ終わるまで大人しく待っててください」
「……はーい」
朝食を済ませて、とりあえず病院へ行く前に胸のサイズを測って下着を調達する。ノーブラで外を出歩かせるのは流石にまずいと思ったから。今は女性の姿とはいえ元は男だから流石に下着売り場に入るのは気まずいと言う彼をとりあえず家で待たせて、代わりに下着を買って帰る。
「自分でつけられますか?」
「大丈夫」
下着を渡し、後ろを向く。「うわぁ……胸に違和感がある」と複雑そうな声が聞こえてくる。
「元の姿に戻るまでは我慢してください。着替え終わりました?」
「……うん。終わった」
「じゃあ行きましょうか。車出します」
「ありがとう」
彼を助手席に乗せて病院へ向かう。幸いにも患者はほとんどおらず、すぐに呼ばれてすぐに診察は終わった。薬をもらって家に帰る間、彼は何やら思い詰めた顔をしていた。家を出る前ははしゃいでいたように見えたが、本当は不安だったのだろうか。家に帰って話を聞くと、彼は深刻な顔で言った。「司って女の俺のことは抱けるの?」と。何を心配してるんだこの人。と、思ったが当の本人は至って真面目な顔をしていた。
彼はバイセクシャルで、男女それぞれに好みのタイプがあるものの、私のことは男でも女でも愛せるらしい。対して私は異性愛者だ。同性に対して恋愛感情を抱いたこともなければ、もちろん同性との性経験もない。今の彼に対しても正直、性欲は湧かない。と正直に伝えると彼はしょんぼりと俯いてしまった。なんだか申し訳なくなる。
「……一回、試してみますか?」
「えっ」
「おいで。龍雄さん」
両手を広げて彼を誘ってみる。彼は戸惑いがちに寄ってきて遠慮がちに私の背中に腕を回した。抱き合うといつもは私が彼に包まれていたが、今は同じ高さに顔がある。筋肉質でありながら柔らかいその身体は彼の身体とは思えない。思えないというか、別物だ。だけど脳はその温もりや少し早い鼓動を彼のものだと認識する。愛おしいと感じる。
「……女には性欲湧かないとか言いながらドキドキしてんじゃん」
「……そうみたいです」
「……キスは? 出来る?」
そう言って彼は期待するように私を見つめた。その表情がいつもの彼に重なる。私の好きな彼に。顔寄せて唇を重ねる。同じ人とのキスなのに、いつもと違う感触が伝わってきた。女性と男性でこうも違うのか。離すと彼は「もっと」とねだる。普段の彼は体格の良い筋肉質な男性だ。だけど恋愛は受け身。本人曰く、今まで付き合ってきた人達に対してはそんなことはなかったらしいが、そうは思えないくらい受け身な人だ。BLでいうなら受けだ。その見た目と態度のギャップが私は好きだった。
今の彼はどうだろう。女性になって、私より小柄になったとはいえ筋肉はそこそこ残っている。アスリートのようなカッコいい女性。中身は大好きな彼のまま。身体が女性になっただけ。ただそれだけで、他は私の好きな彼と何も変わらない。
「……龍雄さん、キスのその先も、試しても良いですか?」
私がそう言うと彼は私の首に腕を回して誘うように囁く。「今の俺、女の子だから丁寧に扱ってね?」と。やっぱりこの人、今までの恋愛ではタチ——つまりBLでいう攻め、リードする側だったなんて嘘だろうなんて思いながら、彼を連れて寝室へ向かった。
朝起きたら恋人が女になっていた話 三郎 @sabu_saburou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます