山で自給自足の生活を送る浜田雅功さん。

惑星ソラリスのラストの、びしょびし...

第1話

 山で自給自足の生活を送る浜田雅功さん。


「しゃあないよ、先になつみ裏切ったん俺やから」

 雅功は自嘲ぎみに笑うと、手に持った木の枝をぽきりと折って焚火に投げ入れる。

「お寂しく、ないですか?」

「うん? あー、まあ、なあ」

 雅功は少し間をおいてから、

「ハマがね、時々来てくれるんです」

「……ハマ?」

「オカモトズの」

「ああ……」

「時々こんなとこまで来てくれてね、Daddy大丈夫か? Daddy腹減ってへんか? って」

「Daddy?」私は思わず聞き返す。雅功は気恥ずかしそうに指で鼻を掻く。

「そう、Daddy……Daddy、なんならオカモトズくるか? 言うてくれて……それ聞いた時、俺もう泣いてもうて……」

 アカン、思い出しただけで、そう言うと雅功は鼻をズズッと啜り上を向く。

「……見てみぃ、星や……」

 私は空を見上げる。都会では見られない満天の星空だ。思わず息を呑む。

 すると雅功がやや掠れたような声で歌を歌い始める。

「……俺はまだまだ、チキンライスでフフフーン……」

 往年のあの名曲を、それも本人の歌声で、生に聴くこととなり、思わず全身に鳥肌が立つ。

 私の様子に気づいた雅功はやや照れたように、なんやねん、と笑ってから、

「けどほんまは、フレンチクルーラーのほうが良かったんやけどな……」


 × × ×


 夜が更け、私と雅功は同じテントで眠る。

 すると、がさがさ、がさがさ、と物音がして、何者かがテントの周りを這いまわる息遣いが感じられる。かなり大型の動物のようだ。

 まさか、熊か……私は恐怖で身を竦める。

「大丈夫や、松本や」

 隣で寝ていたはずの雅功がいつの間にか身を起こしている。

「松本……あの、松本?!」

 私が思わず声を上げると、雅功は「静かにせぇ」と私の頭を軽くひっぱたく。

 やがて周囲を徘徊していた息遣いが聞こえなくなる。時折、ぱきぱきと木の枝を踏み砕く音がして、それも少しずつ遠くなっていく。

 暫く間があって、何処か遠くから、獣のような低い唸り声が聞こえてくる。

 それはひどく物悲しい響きだった。


 × × ×


「松本って……でも、なんで……」

「……俺がここで暮らすん決めたときにな、最初にあいつに話をしにいって……ほれ、ホットココア。あったまって、よう眠れるから」

 雅功がココアがなみなみと注がれたコップを差し出す。私はそれを両手で受け取る。湯気を上げるココアの香りが鼻腔を満たす。

「ちょうど水ダンの出番前やったんやけど、あいつ黙ーって、腕組んで目ぇ瞑って俺の話を聞いてから、分かったと。お前が山へ行くんなら、俺はその山のヌシになる、って」

「山の、ヌシ……?」

「おう。なんやねん、ヌシって? って聞いたら、ヌシになって、ずっとお前を見つめ続ける。ずっとや、つって」

 それから、雅功はぽつぽつと語り続けた。

「最初のころは、水汲んだり、木の枝拾いに行くときにふっと視線感じて、パッとそっちみたらあいつが遠くのほうで腕組んで仁王立ちでおって……なんか怒ってんのか、悲しんでんのか、分からへん顔しててなあ……何十年も一緒におったのに……あんな顔、見たことない……」

 焚火の火が静かに爆ぜる。虫の声が夜の闇へ響き渡る。

「そのうち、あいつ、四足歩行になって、ほんま、獣みたいに……なんかもう最近は俺のことも分からへんみたいで……ほら、これ」

 雅功が上着を捲り脇腹を見せる。何か鋭利な刃物で肉を抉られたような傷跡が三本見える。

「それを……松本が?」

「せや。1年くらい前かな? 出会い頭にいきなり、グワーいかれて」

 雅功は上着を元に戻すと、ココアを一口啜る。

「……でも、そん時一瞬だけ正気に戻ったみたいで、山に入ってから初めてあいつと話して……」

「……松本は、その時、なんと言っていたんですか……?」

「……不倫したのがお前の罪なら、俺はその罪ごと、お前の肉と骨を噛み砕く、そうして、お前とひとつになって生きる、それがお前への罰であり、俺の罪や、って……」

 雅功はそういうと焚火の炎をじっと見つめる。

「その……怖くは、ないのですか……?」私は尋ねる。

 雅功はフフッと笑ってから、

「そら怖いよ、怖いけど……そん時な、それ聞いたときに俺、もう腹抉られてんのも忘れて、ただ、ありがとう、ありがとうってぼろぼろ泣いてて……あいつ、それ聞いて、左目だけ、すーっと涙流して……」

 風が、木々の間を吹き抜けていく音。

「なんやろなぁ……たぶん、心の何処かで、それを期待している自分もおるような気がすんねんよなぁ……」


 × × ×


 翌朝、軽い軽食(山菜の入ったお好み焼きだ)を取ってから、私は雅功とともに山のふもとまで降りる。

「ほんま遠いところ、わざわざありがとうな」

 雅功と別れてから1キロほど歩いたところで、私は再度山のほうを振り返る。

 雅功は別れた時から微動だにせず、深々とおじぎをしたままの姿勢で止まっている。

 芸能界の頂点に長年君臨したとは思えないその謙虚な姿に、私の胸はもういっぱいになってしまう。

 ありがとうございました、私は心の中でそう念じて、雅功に向かって頭を下げた。

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