第二章

第九話 すごいよファロ! よく見える!

 日没とともに街を出た私たち四人は今、〝ウガミ山〟に向かい森の中を移動している。シドを先頭にファロ、私、そして背中に巨大なハンマーを背負ったドンゲが続く。聞くと、腰に装備している曲刀は対人用で、ハンマーは対魔物用の得物なのだとか。

 城門を出た時にファロが呪文を唱えて光の玉を頭上に浮かせた。直視すると一瞬で目がくらむ。網膜に優しくない類のLEDみたいな白い光だ。でもお陰で半径十数メートルは昼間のように明るい。一体何ルーメンあるんだろうか。

 ファロが最初に魔法を使ったときはちょっと驚いたけど、早くも慣れてしまった……自分にここまでの適応力があったとは驚きだ。まあ小石のいやがらせも日常化してたっちゃしてたけど。

 ファロの魔法で周囲が明るくなったにも関わらず、ドンゲとシドは松明を掲げている。シドに関してはなんか雰囲気的に魔法の光なんか当てにならない、とか言い出しそう……。てか、この人一体何者なんだろう。

 ロングコートの背中には日本刀によく似た形状の鞘に収められた剣が一振り——〝報酬分は働く〟っていうクイジの言動からは傭兵っぽいけど。


「シドは魔物の捕獲や討伐を生業とする〝ハンター〟だ」


 思考を読まれたようなタイミングで肩がびくついた。ドンゲだ。振り向くと彼は歩みを早めて私に並んだ。出会った時からずっと鎧を着ているが風呂には入れたのだろうか……私も入ってないけど。


「奴はエイヌ連邦北端にある〝ザホル島〟の出身らしいが、詳しい素性はわからん」

「詳しい素性がわからないって……戦時下なのにそんな人を雇って大丈夫なの?」

「ザホルは島といっても領土の四分の一を占めるほど大きい。年中雪に覆われた過酷な環境だが、それでも人の住む街や村はいくつも存在する。奴はどの街から来たのかすらもわからんが、身分の保証という点では島のギルドから推薦を受けていてな……」


「お喋りが過ぎるぞ、ドンゲ」


 先頭を行くシドが声を張り上げた。相変わらず男なのか女なのかわからない声だ。


「げっ……バレちまった」


 ドンゲが首をすくめてすごすごと後ろに戻っていく。見かけによらぬ仕草で少し可愛いと思ってしまった。戻り際に「まあ、ああ見えて悪い奴ではないから、よろしく」と肩を叩かれた。何がよろしくなのかはよくわからないけど。

 それから三時間以上は歩いただろうか。ようやく木立が途切れて、膝の高さほどの草が密集する平原に出た。皆が立ち止まったので膝に手をついて息を整えていると、ファロが挙手しながら言った。


「あ、あの……すいません。あだすがこんなこと言っていいかわがんねーけども、この辺でちょっと休憩をとった方がいいんでねえかと」


 言いながらチラチラと私の方を見てくる。運動不足で体力がないのがバレている!


「そうだな。キイロを少し休ませよう。まだ先は長い」


 ドンゲが答えると、シドの方から小さく舌打ちが聞こえた。ホントに悪い奴じゃないんだろうか。少なくとも性格が悪そうなのは確かだけど?

 木に寄りかかって座り、休んでいると、ドンゲが前方を指さした。


「見えるか? あれがウガミ山だ」


 地平線の上から夜空に向かって巨大な山の影がそびえている。ある程度の覚悟はしていたものの、相当な距離だ。二、三十キロはあるだろうか。


「このまま森の中を北へ進み平原を迂回した方が安全だが、夜の間に山の麓まで辿り着きたい。平原を行けば半分の時間で行ける」


 ファロが魔法の光源を、ドンゲとシドは松明を消した。山までは相当距離があるけど、敵の監視網にかからないようにということだろうか。

 

「平原は危険なの?」


 ドンゲに尋ねたつもりが、シドから返答があった。


「ここから先の平原は俺様の〝鳴実なりざね〟が効かん」


 シドは腰にぶら下げていた野球ボール大の球体を外し、誰に見せるともなく掲げてみせた。暗くてよく見えないが、どうやら穴が沢山空いているようだ。首を傾げているとドンゲが捕足する。


鳴実なりざねはハンターが常に身につけている道具だ。鳴木なりぎの実を乾燥して作られる。ああやってぶら下げてると歩くだけで空気があの無数の穴を通り、俺たちには聞こえねえ音を鳴らす」

「その音を嫌がって動物が近づかなくなる?」


 犬笛と熊避けの鈴を足して割ったようなアイテムだろうか。


「いや、音自体を嫌がるというより、音の主を嫌がってると言った方が正確だな。ハンターは狩場を決めるとまずアレを鳴らしながら何日もその周辺を歩き回る。そして魔物や動物が襲いかかってきたらある程度痛めつけて撃退する。そうやって魔物や動物達に記憶させるんだ。音の主が戦っても敵う相手じゃないと学習すれば、魔物や動物の方から避けてくれるって仕組みだ」


 なるほど、森の中でまたあの巨獣みたいなのが襲ってくるかもと身構えていたけど、動物の気配すらなかったのはそういう理由だったのか。接敵したくない今回のような場合は腰にぶら下げておき、依頼を受けて狩場に向かうときは魔物や動物に逃げられぬようしまっておけばいい、ということか。

 え、てかじゃあ……


「平原は鳴実なりざねが効かない……つまり、シドの狩場じゃないから、魔物や動物が襲ってくる可能性があるってことか……」


 いや待て、そもそも魔物と戦闘する度に足止めを喰らうことを考えると、何も襲ってこない森の方がいいのでは……? それを差し引いても平原の方が早いということかな……。


「可能性があるどころか、確実に襲われるだろうな。死にたくなければ離れるな」


 シドが鳴実なりざねを腰に戻しながら言った。ギロリとこちらを睨んでくる。目は口ほどに物を言うというけど、口元がマスクで覆われているから余計に物を言っている感。


「足手まといになるようなら、殺すぞ」


 いや怖っ……。魔物にやられる前にこの人に殺されそう。


 しばらく休んで、私たちは再び歩き始めた。暗いけどだいぶ目が慣れてきた。空には無数の星が煌めいている。ファロの話ではこの世界には月が存在するはず。でも夜空を見回してもどこにも見当たらなかった。天体が元の世界同様の動きをしているのであれば、今は新月の前後で太陽と共に沈んでいるということかもしれない。

 その後も手持ち無沙汰に空を見ながら歩いていたけど、見覚えのある星座はどこにも見当たらなかった。単純な星座に近い配置のものはいくつか見つけたけど多分偶然だろう。

 一体この世界は宇宙のどこに存在する星で、どういうテクノロジーで私たちは連れてこられたのだろうか。あと一番大事なことだけどなんだか恐ろしくてあまり考えないようにしてたのが——ということ。

 メルは女神とどういう会話をしたのだろう。あの調子だから伝言ゲームは当てにならない。だから私もどうにかして一度女神に会って話をしなければ。

 思案に耽っていると、シドがいつもの調子を変えずに淡々と告げる。


「来るぞ」


 言うや否や、背中の剣を鞘ごと体の正面に回し、流れるような動きで抜刀した。緩やかに湾曲した片刃の細剣——いや、やはり剣というよりは太刀と呼ぶのが相応しいだろう。

 シドは太刀を下段に構えると、鞘を再び背中に戻した。確か背中に差した太刀は創作世界ならではのもので、実際は物理的に抜くことができないはず。だからわざわざ鞘ごと前に回したのだ。それなら初めから腰に差しておけば無駄な動きが減るのでは? と素人ながらに思ったけど、いや多分これアレだ……厨二病的なアレだ……。


「今宵も我が妖刀は血を欲するか……」


 ……やはりそうだった!


知覚強化エンパーセプティオ!」


 ファロが例の巨大万年筆を掲げて呪文を唱える。途端、周囲がやけに明るくなった。でも光源は見当たらない。もしかして魔法で夜目が効くようになっている?


「皆に五感を強化する魔術をかけました。あだすの得意分野ではないので、大した効果はねえけんども」

「いや、すごいよファロ! よく見える!」


 よく見えるし、よく聞こえる——四方からじわじわとこちらに近づいてくる足音も!


「五、六……しぢはぢ! 完全にかごまれてます」


 やがて、むせ返るような匂いが立ち込めた。どこか嗅いだことのある匂いだ……腐った花が挿さった花瓶のような。


百合頭狼ガドルフだな。匂いでわかる。いい肩慣らしだ!」


 ドンゲが野太い声を上げながらハンマーを構えた。直後——


「知覚強化と言ったか!? まずいぞ……!」


 マスクを手で押さえ、キャラに似合わぬ焦燥を目元に浮かべながらシドが叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る