第八話 いや、硬っ……!

 ファロがドンゲに状況を説明すると、彼は部下を「クイジ様にお伝えしろ」と走らせた。ブランケットの周囲の雪はやはりドス黒い液体で染まっていて、ドンゲが捲るとそこにはぐちゃぐちゃの肉塊があった。倒した化け物が蘇ったのではなかった。化け物は二体いたのだ。一体が足止めされている間、もう一体は窓のすぐ外に居て、機会を伺っていたのだ。

 ドンゲに別室で休むよう促され、ファロと共に隣の客室に移動した。ファロが「あだすのせいで……」と泣きながら謝ってきたが、彼女のせいではないとなだめた。実際、ファロは一ミリも悪くない。悪いのはあの化け物だ。

 沈黙したまましばらく待っていると、ドンゲが迎えにきた。


「緊急で会議を行う。疲れていると思うが二人とも、参加してくれ」


 会議室は客室と同じフロアにあった。ドンゲに連れられてファロと中に入ると、すでに十数名の人間が大きな円卓を囲んでいた。クイジの姿もある。


「預言の者がガーゴイルにさらわれた。ザヒム、お主はこれをどう見る?」


 クイジが尋ねると、ザヒムは片眉を跳ね上げながら答えた。


「クコキテの仕業かもしれません。市井しせいで起きた爆破事件と同時に起きております。まず彼らが仕掛けた可能性を考えるべきでしょう」

「爆破事件はクコキテの仕業と断定できているのか?」

「いえ……ですがそんなことをするのは奴らくらいでしょう」


 二人が話している間にファロと並んで着席する。一瞬、クイジがちらりとこちらを見て、目が合った。


「決めつけは良くないぞザヒム。戦時の混乱に乗じて私利を満たそうとする連中もいるのだ。何をやってもクコキテの仕業と言えば目眩しになるからな」

「ぐ……おっしゃる通りで」

「片割れが到着したようだ。彼女の話を聞こう。キイロ、話せ」


 クイジに指名され、私は状況を説明しようとさっき起きた出来事を思い出した。目の前で連れ去られていくメル、そしてそれを呆然と見送る自分——気がつけば涙が溢れていた。


「わ、私は……メルを守れなかった……」


 すると、クイジは鼻を鳴らした。


「たわけ。キイロ、泣くなら結果が出てから泣け。まだ連れ去られただけでどうなったと決まったわけではなかろう。だが時は一刻を争う。自分のできることをしろ」

「はい……」


 クイジの言う通りだ。メルがどうなるかは、今の私たちの動きに関わっている。一刻も早く見つけて連れ戻してあげなきゃ。


「それで、何か気づいたことはないか?」


 改めて尋ねられ、私は一度息を整えてから口を開いた。


「……魔物はメルを攻撃しようとはしていなかった。最初からさらうつもりだったんだと思う。そこで疑問が生じる。魔物は何故、あの部屋に私とメルがいるとわかったのか……ここにくるまで、度々空を見上げることが多かったけど、あんなでかいのが飛んでいたりどこかにとまってたりしたらすぐに気づくと思う。だからあの魔物に私たちの動向を直接見張られていたわけではないと思う。つまり、何を言いたいかというと……」

「お主はこの居館のどこかに内通者がいることを疑っているのだな?」


 クイジの補足に円卓がざわついた。クイジは顎に手を置いて目を伏している。


「よかろう。早速調べさせる」

「し、しかし! クイジ様……!」


 ザヒムが円卓を叩いて立ち上がった。


「我々が内部に疑いを向けていると万が一クコキテに知れたら……!」

「だからこそ洗う必要があるだろう。今は戦時下だ。間者の一人や二人、紛れ込んでいても不思議ではない」

「ぐ……承知いたしました。早速調べさせましょう」


 ザヒムは観念したように瞑目し、腰を下ろした。座り際に一瞬睨まれた気がする。同時にファロが手を挙げる。


「あだす、魔物が〝ウガミ山〟の方へ飛んで行くのを見ました。あそこには〝朽ちた神殿〟があります。魔神をまつる神殿です」

「朽ちた神殿か……ふむ。ますます不可解だな」


 クイジが虚空を見つめる。その時、会議室の扉が勢いよく開けられた。


「伝令ー! 伝令ー!」


 軽装鎧を着た兵士が飛び込んできて、息を切らしながら捲し立てた。


「クコキテ軍勢約二万が東より進軍中! 三日後の正午には第一防衛線に到達する模様!」


 円卓が再びざわつく。しかしクイジが手を掲げるとすぐに静まった。


「カナマに援軍を要請しろ。戦の準備だ」

「はっ!」


 伝令係は踵を返して走り去った。クイジはドンゲに視線を移す。


「ドンゲ」

「はっ!」

「クコキテとの戦が迫っている。戦いが始まる前にメルを探して連れ戻せ」

「はっ!」

「大勢で動けば相手に動きを悟られるだろう。〝シド〟を連れて行け」

「しっ……しかし奴は……!」

「案ずるな。奴は報酬分は働く」


 ドンゲは目に見えて動揺していた。唇を噛みながら嘆息し、何度も首肯しながら「わかりました」と答えた。


「あの……!」


 私は立ち上がった。


「私も同行させてください!」

「あ、あだすも! 手伝います!」


 ファロも立ち上がる。クイジは鼻を鳴らしながら口角を持ち上げた。


「止めてもどうせ行くのだろう。好きにせよ」


 会議がお開きとなり、ファロと私はドンゲの先導で〝シド〟という人物の元へ向かった。


「素人がついてくるのか? そいつの命の保証まではできんぞ」


 シドは開口一番そう言った。居館の近くに並ぶ各ギルドの庁舎を過ぎて、坂を少し登った先に彼の泊まる宿があった。シドは身長的には私と同じくらいで、男性にしては低めだが、逆に声はというと男性にしてはちょっと高い。そもそも男なのか女なのかわからない見た目をしている。ベルトの沢山ついた黒革のロングコートに、似たようなデザインのマスクとブーツ。極め付けは前髪の半分が銀髪のぱっつんロングヘア。厨二病を極めたビジュアル系バンドマンのような出立ちだ。


「おい貴様、足を引っ張ったら殺すぞ」


 睨まれた。めちゃくちゃ嫌な感じだ。クイジがシドを指名した時にドンゲが動揺していた理由がなんとなくわかった。

 と、ドンゲが耳打ちしてくる。


「気を悪くさせてすまん。こいつは昔からこうなんだ」

「ドンゲ、聞こえてるぞ。俺様の耳は〝ヌタウサギ〟より敏感だ」

「げっ……!」

「出発は日没と同時。西門に集合だ。遅れたら置いていく」


 シドの宿を後にし、ドンゲの案内で私たちは西門にほど近い兵舎に向かった。


「女性用の武具はその棚に一式揃っている。着やすいものを選んでくれ。武器はあっちの壁際だ」


 武器庫の扉を開け、ドンゲが言った。


「わかった。ドンゲさんありがとう」


 礼を言い、中に入って扉を閉める。

 ドンゲの教えてくれた棚を物色し、セーラー服の上に革の胸当てや籠手などを装着していく。何が正解かわからないけど、あまり重そうな物を身につけて移動が大変になるのは避けたかった。

 次に、壁にかけられている剣や斧などを一通り見る。


「うーん……武器は使ったことないし……」


 持っていても使えなければただ荷物が増えるだけだ。武器はあきらめよう。と思いかけて、視界の端に見慣れた物が引っかかった。


「弓だ……」


 隅の方に曲がった棒が何本も立てかけられていた。弦を外してあるだけで、それが弓であると私には一目でわかった。しかも弓道と同じ長弓ときた。壁と床の境目に弓を押し当て、力をかけて弓をしならせる。


「いや、硬っ……!」


 一体何キロあるのだろう。弓道で使っていた弓はせいぜい十数キロだった。必死の思いで弦をかけると、弓が完成した。

 試しに引いてみる。


「んぐぐ……!」


 尋常じゃない硬さで、少しも弦を引けない。


「ぜぇはぁ……はぁ……無理っ!!」


 諦めて、元の位置に戻した。一説によると鎌倉時代に実戦で使用された長弓は五、六十キロあったとも言われる。弓道をかじったとはいえ素人の私がそんな弓扱えるはずがない。


「武器はあきらめよう!」


 出発の準備を済ませ、私は一人バルコニーに出てきた。兵舎が坂の上にあるおかげで、見晴らしがいい。涼しげな風が髪を撫でた。空は燃えるような夕焼けと夜のグラデーションを描いている。彼方の地平線に夕陽が沈もうとしていた。見ていると、なんだか切ない気持ちになってきた。

 ふと、ポケットを探る。メルと拾った小石が一つだけ入っている。取り出して、夕日に掲げてみた。


「メル……実は私、メルが一つだけ嘘をついてることに気づいてた」


 メルは毎日小石探しに行っていると言っていた。あの日も両手に抱えるくらい大量の小石を拾っていた。それなのに、

 メルは小石探しなんかしてない。おそらく、磨いたというあの綺麗な天然石もお店で買ったものだろう。

 メルは私が学校で嫌がらせを受けていることに気づいて、あの子なりにきっかけを作ろうとしてくれたのだ。幼い頃に二人で小石を拾った記憶、それだけを頼りに、私に話しかけるきっかけを作ってくれたのだ。


「メル……」


 ポロポロと涙が溢れてきた。


「不器用で、優しい子……あなたは必ず私が助ける。だから、あと少しだけ頑張って」

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