第五話 ぐふふふ地下牢の危機

 兵士長ドンゲの後に続いて燭台の灯る石造りの回廊をしばらく進むと、飾り付きの格子戸があった。ドンゲが戸の横の壁からぶら下がる紐を引く。しばらくそのままでいるので、メルと二人、一体何を待っているのかと首を傾げていると、戸の向こうからガラガラと乾いた歯車が回るような機械音が響いてきた。よく見ると、格子の向こうに何本かロープのようなものが見える。


「えっ……!? エレベーター!?」


 まさかの、エレベーターだった。動力は不明だが、光源が燭台の時点で電力の線は薄い。人力か、水力か……逡巡を始めた矢先にかごが到着、ドンゲが格子戸を開いて中に入るよう促した。


「見ての通りこの図体じゃ一人でしか乗れない。後から追いかけるから降りたらそこで待機しててくれ」

「わかりました……」


 格子戸が閉まり、機械音が響き始める。多少の揺れを伴いながらエレベーターは上昇した。

 と、メルが袖を引っ張ってくる。


「キイロちゃん、キイロちゃん。メルたち今どこ行ってるんだっけ?」

「クイジ様とかいう、多分ここで一番偉い人に会いに行くところだよ」

「へー。ねえねえ、お腹減らない?」


 確かに。夕飯前にこの世界に飛ばされてからすでに数時間が経過している。意識するとやたら空腹な気がしてくるものだ。


「お腹空いたね……何か食べさせて貰えるといいんだけど」


 予言がどうたらとか言ってたから、丁重にもてなされることを期待しよう。

 エレベーターが止まり、格子戸を開けて降りる。そこは再び石の回廊だった。


「どの階も似たような造りなのか……今何階にいるのかどうやって判断するんだろ……」


 物珍しさに辺りを見回していると、背後からドンゲの声が響いてきた。


「おーい! 降りたら紐を引け!」


 慌てて、格子戸の横の壁面からぶら下がる紐を引く。制御を担当する人間がいるのだろう。このエレベーター、やはり人力なのだろうか?

 やがて、ドンゲが到着。再び彼を先頭に回廊を進む。間をおかずして大きな両開きの扉が見えてきた。高さも幅も四〜五メートルはあるだろうか。赤い下地にペルシャ絨毯のような装飾が施されている。


「この先が謁見の間だ。中でクイジ様がお待ちだ。くれぐれも粗相のないよう」


 頷くと、ドンゲが筋骨隆々の丸太のような腕で扉を押し開いた。

 謁見の間は厳粛な暗がりに満ちていた。わずかに灯る燭台の光がぼんやりと中の様子を浮かび上がらせる。だだっ広い空間だ。三百名以上は収容できるだろうか。いや、もっと入るかもしれない。天井の高さも三階分くらいある。まず視界に飛び込んできたのは、部屋の最奥、十数段の階段を上がった先にある帳台——四方にとばりを巡らせた玉座だ。正面には目隠しのためか籠目編みの衝立があり、その奥に燭台の灯りに照らされうっすらと人物の影が見える。恐らくあれが〝クイジ様〟だろう。そしてその帳台の両脇に数名ずつ、白いローブを着た人物が鎮座している。

 私たちの入ってきた扉から帳台のある階段までの直線に、十数名の兵士が通路を作るように二列で向かい合って並んでいる。皆、抜き身の曲刀を身体の正面に貼り付けるように構えている。

 恐ろしくなり、足が止まってしまった。するとそれを気配で察したのか、ドンゲが振り向きもせず小声で言った。


「心配するな。丸腰の娘を斬りつけるような真似はせん。とりあえず俺の真似をしろ」

「わかった!」


 メルが眉を怒らせ口をへの字にして目をギラリと見開いた。


「え? え? ええっ? ドンゲのしてる……? 違う! 真似しろってそういうことじゃない……!」

「ふえ……? わわっ! キイロちゃん……」


 彼女の肘をがしっと抱え、ドンゲの後に続く。何故かこっちの顔が赤くなってしまった。でも先ほど感じていた恐怖もついでにどこかへ吹き飛んだみたいだ。

 階段の手前まで行くと、ドンゲがおもむろに片膝を突き、首を垂れた。私たちもそれにならう。


「予言の〝ジョシコーセ〟と思しき二人をお連れしました」


 ドンゲが野太い声で告げると、階段の上の白装束が一人、立ち上がった。


「宰相様だ」


 ドンゲが小声で教えてくれた。


「話は聞いた。ユーゲン様の予言にある〝エキからきませりジョシコーセ〟がその二人であると言うのだな?」

「はっ!」

「〝エキ〟は異世界にあると言われている。わしはそこな小娘たちが異世界から来たとは到底思えん。服装は確かに変わっておるが、いくらでも細工はできよう。クコキテのスパイの可能性があると言っておるのだ。まあ異世界から来たという証拠があれば話は別だが?」


 宰相が告げると、ドンゲが私たちの方を見た。証拠はあるか? ということだろう。しかしあいにく証拠となりそうな物を持っていない。メルの能力を見せれば納得してもらえるかもしれないけど、相手がどういう人たちなのかまだわからない以上、できればここぞという時までは秘匿しておきたい。他に証拠になりうる物——私のスマホは巨獣との戦いでなくしたし、メルもスマホはバッグに入れててそれを駅に置いてきたと言うし、後は……身につけているこの制服くらいか。でも石油から作られた繊維で仕立てた服だと説明したところで、この世界の人にとっては何のことかさっぱり、という可能性が高い。


「しょ、証拠は……特に……」

「どうした? 証明することができないなら、クイジ様を相手に予言の者を騙った罪で処刑は免れんぞ?」


 処刑という言葉を聞き、背筋に冷たいものが走った。もう、メルの能力を披露する他ないのか……


「キ、キイロちゃん……」


 メルが不安げに見つめてくる。

 ……いや、諦めるのはまだ早い。落ち着け私。正攻法で証明する手立てがない場合、これまでどうしてきた? 瞑目めいもくし、思考を巡らせる——


「ぐふふふ、スパイは死罪に値する。ドンゲよ、この者たちを地下牢に連れて行け」

「し、しかし……」


 ——いや、あった。こういう場面を切り抜けるのにうってつけの方法が。

 刮目かつもくし、宰相を見据える。


「……お待ちください宰相様。確かに私たちは証拠となりそうな物を持ち合わせておりません。なので、信じてくださいとしか言いようがありません。それが無理だと仰るのであれば、刑罰も甘んじて受け入れましょう。ただし……」

「ただし? ……何だ?」

「刑罰を与える根拠として、を証明していただけないでしょうか?」

「何……だと!?」


 宰相が顔を歪ませてあからさまな当惑の色を見せた。謁見の間がざわめく。

 『悪魔の証明』、そして『立証責任の転嫁』——私が使ったのはこの二つの古典的な論法だ。〝可能性がないこと〟の証明が限りなく困難であることを利用し、と主張する強引な論法——後半に関しては宰相が私たちに対して行ったのと同じ論法である。宰相はどうあがいたって私たちが異世界から来た者と証明することはできないはず。

 宰相の顔がみるみる赤くなっていく。


「お、おのれ……屁理屈を言いおって! わしを誰だと思っておる! わ、わしは……」

「ザヒム、そこらへんにしておけ。その小娘の勝ちだ」


 帳台の目隠しの向こうから、力強い女性の声が響き渡った。

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