第四話 エキから来ませりジョシコーセ

 鎧を着た男たちが俊敏な動きで私とメルを取り囲み、六本の切先が向けられた。首筋を汗が這った。


「さあ、答えろ。貴様らは何者だ。小娘だからといって容赦はせんぞ」


 髭面の大男の声が響く。心臓を直接揺さぶる威圧的な声音だ。『返答次第では生きては返さぬ』——その言葉に嘘偽りはないのだろう。

 メルは怯えているに違いない。でも彼女に視線を向けることすら躊躇ためらわれる。ちょっとした動作を即敵対行動と見なして攻撃してくる可能性がある。

 私は慎重に口を開いた。


「……私たちは敵ではありません」


 その瞬間、男たちがわずかにざわついた。


「こいつ、ミタカの言葉を……」

「……クコキテの使者か?」

「いや、ここまで流暢なら同盟国のカナマからきた可能性が高い」

「……ええい静まれ!」


 髭面の大男の一喝いっかつで辺りが静寂を取り戻した。彼は周囲の男たちを一通り睨み回し、再び私に視線を合わせた。


「敵ではないと言ったな。その証拠は?」

「……ないです」


 返答に、髭面の大男が眉間にしわを刻む。空気が一層張り詰めるのを感じた。私はすかさず言葉を続ける。


「私たちが敵ではないという証拠はありません。でも……」

「でも?」

。あなたたちの言う〝クコキテ〟の人たちがどんな風なのかは知らないけど、多分こんな格好はしてないはず。それに——」


 両手を開き、ゆっくりと掲げる。


「——この通り、武器は何一つ持っていません。もし私たちが敵なら、相手の陣地に丸腰で乗り込もうとするかしら。それがどんなに無謀なことかわかるはずです」


 これは半ば賭けだった。相手が兵士かどうかは断定できない。しかし彼らの言動や統率された動きから、その可能性が限りなく高いと考えた。そもそも彼らが山賊なら私たちはすでにひん剥かれていただろうし。

 彼らが仮に兵士なら、たとえ城砦の周辺をうろついている怪しい人物が居たとしても、それだけの理由で攻撃することはできないはず。傷つけた相手が万が一友好国の人間だった場合、外交問題に発展する可能性があるからだ。私は男たちの一人が『同盟国カナマ』と言ったのを聞き逃さなかった。その国の人間である可能性を否定できない以上、彼らは私たちに危害を加えないだろう。

 彼らに与えられた裁量は、〝敵は仕留めろ。怪しい奴は尋問しろ〟恐らくそれまで。


「……確かに貴様の言う通りだ」


 髭面の大男が不服そうな顔で合図を送る。すると男たちの曲刀の切先が地面に向けられた。警戒が一段階下がったようだ。


「……だが、見慣れぬ格好をし、我々の言葉を話し、そして無謀にも巨獣どもの徘徊するこの森を丸腰で歩き回る……クコキテの者でないにしても怪しいことに変わりはない。もう一度聞く。貴様らは一体何者だ? どこから来た?」


 髭面の大男は尚も食い下がった。この世界の状況を把握しきれていない以上、下手に嘘をつけばすぐにバレてしまうだろう。だがここで正直に経緯を説明して、聞き入れてもらえるだろうか? 恐らくその可能性は低いだろう。ふざけていると思われて攻撃されるかもしれない。

 逡巡していると、メルが先に口を開いた。

 

「えーっと、メルたちは女子高生で、駅からきました!」


 元気よく挙手をするメルに私が「しーっ!」と口に指を当てて制止するのと、男たちからどよめきが上がるのがほとんど同時だった。


「まさか、預言の……!?」

「エ……〝エキから来ませりジョシコーセ〟……こんな若い娘たちだったとは」

「〝ユーゲン様〟のお告げは本当だったのか……」


 今度は髭面の大男まで動揺したように目を見開いている。私もほぼ同じ表情をしていたかもしれない……え? 一体どゆこと?

 

「え、ええい! 静まれ! ……ジトウ!」

「……はっ!」

「走って〝クイジ様〟にお伝えしろ! 兆しがあったと」

「はっ!」


 髭面の大男の指示でジトウと呼ばれた一人が回れ右をして森の中へ駆けていく。髭面の大男は曲刀を腰の鞘に仕舞い、こちらに向き直った。その額にはわずかに汗がにじんでいた。


「……武器を向けた非礼を詫びる。その上であんたらには同行を願いたい。クイジ様のところへお連れせねばならん」


 巨獣の臼歯がチラついた。丸腰で森の中に居るのは無謀——私たちは身をもって体験していた。もはや断るという選択肢はなかった。

 髭面の大男は兵士長ドンゲと名乗った。彼が先頭に立ち、城砦の外周沿いに歩いていく。石組みの外壁は空まで届かんばかりにそそり立っており、メルが見上げて感嘆の声を上げる。優に十階建のビルを超えるだろう。見惚れているうちに城門が見えてきた。

 城門には鉄の鋲で補強された巨大な木製の扉が付いていた。高さと幅は一般的な二階建て家屋ほどはあるだろう。ドンゲが立ち止まったので扉を見上げて数秒ほど開くのを待っていると、扉の隅に大人一人がやっと通れるくらいの小さな通用口があったようで、そちらが開いた。ちょっと拍子抜けしたけど、私とメルは先に行くよう促されてそこから中に入った。

 城砦の中に広がる都市の光景が目に飛び込んでくると思いきや、通用口の向こうは狭く薄暗い空間があるだけだった。松明が壁面で灯っており、目が慣れてくるとそこが二重になった扉と扉の間であることがわかった。兵士らしき男が二人直立不動の姿勢で立っていたのでペコリと頭を下げたが、反応はなかった。


「城壁沿いに行こう。そっちの方が近い」


 背後から野太い声が響いて振り返ると、ドンゲが通用口から上半身だけを覗かせていた。入るのに難儀しているようだ。確かに彼が通るにはいささか狭すぎる。


「ねえキイロちゃん、メルたちどうなるのかなぁ……」


 ようやく通用口を抜け出したドンゲに連れられ城壁内部の階段を上がっていると、メルが不安そうに呟いた。


「……〝クイジ様〟って人次第……かな。今のところは」

「あのね、メル思ったんだけどさ……」

「うん。何……?」

「ここって、日本じゃなさそうだよね?」

「……え!? 今っ!?」


 長い階段を登り切り、私たちは城壁の上に出た。森の中ではほとんど感じなかった風が髪をなびかせて、何本かが唇の間に挟まった。左手には果てしなく広がる樹海、右手には城砦の内部が見える。外壁と同じ石造りの家や施設が、理路整然という言葉からはほど遠い状態で無数に並んでいる。混沌。しかし無秩序とまでは言えないその街並みには、何か有機的な合理性のようなものがあるように思える。細分化された都市の部分部分が、まるで生き物のように、各々の利便性を追求した増改築を繰り返した結果なのだろう。迷路のように入り組んだ通りには馬車や人々が行き交い、城壁に囲まれた閉鎖的な都市とは思えない活気を感じさせる。想像以上に広い。

 すると、前を行くドンゲが振り返らずに独りごつように告げた。

 

「俺はこう見えて信心深いたちでな。伝説やお伽話は割と信じている方なんだ。あんたら、この世界の人間じゃないんだろ? 実は最初でそのナリを見た時からなんとなくそうなんじゃないかとは思ってたんだ」

「……」


 鎌をかけて探りを入れているかもしれない、と思い返答に窮していると、メルが代わりに答えた。


「メルたちは日本から来ました。えーっと……メルアンドキイロ、イズ、ジャパンフロムゥー……」

 

 何か色々と間違ってる気がするけどあえて突っ込まない。


「ニホン……確かに聞いたことのない国だ」


 ドンゲは束の間黙した後、顔を街の方へ向けて続けた。


「ここは城砦都市ミタカ。クイジ様が統治するエイヌ連邦東端の要衝……クコキテとの国境を守るのが我々の役目だ」


 ドンゲに釣られ、再び街の方へ目をむける。城砦都市は、向かって左手側の標高が高く中枢部分と思しき大きな塔や建物が集中しており、そこから右手側に行くにつれ緩やかに下り、坂と低地の部分が市街地になっている。

 私たちは左手側に向かって歩き、途中で外壁から内側へ伸びる連絡通路へと曲がった。


「そしてあれがクイジ様の居館だ」


 ドンゲの視線の先、私たちの進行方向に一際大きな建物がある。巨大な立方体に円柱を一つくっ付けた形をしており、そのスケールは臨海地域に立つ大規模分譲マンション並みだ。見上げると、今にもその外壁が迫り来るような印象を受ける。圧倒されるとはこのことだ。

 

「わーすご〜っ!」


 メルが目を輝かせる。修学旅行にでも来たような雰囲気だ。


「それにしてもすごい量の石だよね……造るのに一体何年かかるんだろ」

「メルはわかった! きっと、これを作った人は石マニアだよ!」

「いやこうなってくるともう、マニア通り越して限界石オタクなんだわ……」


 前を行くドンゲが立ち止まった。門扉の前にたどり着いたようだ。兵士が二人そこに立っており、一人が駆け寄ってきてドンゲに何かを耳打ちした。それから元の位置に戻ると、一度姿勢を正してから徐に扉を開いた。


「さあ着いたぞ。クイジ様は既に謁見の間であんたらをお待ちのようだ」

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