14.もう駄目だ。

 もう駄目だ。

 そいつが私ののダンジョンにやってきた時、本能で悟った。彼こそが神々に愛された最強の存在。私を殺す最強のダンジョンバスター、『勇者』なのだということを。




 私には名が無い。気がつけばダンジョンマスターとして存在していた。

 何も無かったただの横穴にモンスターを召喚し、罠を仕掛け、日々私の命と富を狙ってやってくる者たちを殺し続けた。しかし、奴らは殺しても殺しても何度もやってきた。

 どんのに巨大な迷宮を作ろうが、どんなに強いモンスターを産み出そうが、圧倒的な数と時間の暴力の前にはいつかは破れてしまう。先人たちがそうだった。

 だから、私は変化し続けた。

 ある時は質より量と言わんばかりの大量のゴブリンで押し切るダンジョンに。

 ある時は≪物理無効≫のスキル持ちのスライムやゴーストばかりのダンジョンに。

 ある時はただただ長いだけの迷宮を歩かせ続けるダンジョンに。

 『魔法使い殺し』、『アイテムのゴミ箱』、『時の循環』、『火山の迷宮』、『剣士の墓場』…私のダンジョンにつけられた数々の名前だ。

 どんなに上手くいっても、慢心せず私は常に変わり続けた。その甲斐あって、私は五百年もの時を生き残った。

 そのことに、私は少し安心していたのかもしれない。たった一つの信念を、ダンジョンマスターとして歩み始めた最初の日に決めたことを、プライドと現実逃避を理由に破ってしまった。


 いざとなったら逃げる


 いつの間にか、私は小汚く足掻くことを忘れてしまっていたのだ。




「ご主人様、第三階層突破されました!」


 サブマスターの甲高い悲鳴がマスタールームに響く。いつもなら彼女を落ち着かせるため穏やかに声をかけるところだが、今はそんな余裕は無い。


「そんな…!ガランが負けたと言うのですか!?」


 私のダンジョンはいつでも内容を変えられるように全部で五階層しかない。しかし、その一つ一つが強力なモンスターや複雑なギミックに溢れた自信のあるものだった。

 それを、この侵入者は平地を歩くように突破してきたのだ。着々の自分の危険が迫る焦りと共に、腹の奥からふつふつと怒りが沸いてくる。己の聖域を踏みにじられたような感覚が思考を麻痺させる。


「我々では奴には勝てません!」


「貴方だけでも、どうか…!」


「お逃げください!」


 配下たちの断末魔と共に、そんな≪念話≫が耳の奥にこだまし、彼らの生体反応が消えていく。


 皆んな、皆んな死んだ。私を守るために。最早、私に勝ち目は無い。もう戦える配下は一人も残っていない。

 彼が侵入した時点でさっさと逃げていればまだ可能性はあったのかもしれない。けれど、私は、自分が育ち育てたこの場所を捨てることは出来なかった。


「これが最後の希望です…皆さん、ごめんなさい。」

 

 最後の力を振り絞り、外に放った新たなコアは瑞々しい生命力に溢れていた。

 コアを…先程生み出したものではない…長年連れ添ってきた相棒に触れる。


「思えば、貴方とは長い付き合いでしたね。今まで、生きるためには何でも…それこそ、汚い手も沢山使ってきましたから、碌な最期にならないことくらい分かってましたよ。でも、こんなにあっさり討ち取られるなんて悔しいじゃないですか。」


 私は己の心臓とも言える球体にナイフを突き刺す。

 血よりももっと濃い、自分の命の源が流れていくのを感じた。


「おや、すみ…なさい……。」


 願わくば、我が子の未来に幸あらんことを。




***




「あー、聞こえるか?こちら、勇者カトウだ。ダンジョン『雨と滴の洞窟』の崩壊を確認した。今から戻る。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海神の御座す場所〜一刻も早く家に帰りたい俺は海底にダンジョンを創って引きこもる〜 @nana3-1431

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ