第5話 デート
今日は夕鶴が待ちに待った紡とのデートの日だ。モデルの仕事をしている礼華にコーデを組んでもらい、いつもよりかは自信があった。しかし、紡を目の前にすれば、乱れてしまうのでイメトレも忘れずに電車に乗った。
(いやぁ〜〜〜!!!紡くんの私服が見られる日が来るなんて……!!!紡くんはきっと黒のコートとか着てるんだろうな〜スラーっとしたやつね!)
夕鶴は待ち合わせ場所に着くと、紡のコーデをずっと考えていた。雑誌は全て買っているので何となく紡の私服は想像がつく。夕鶴は辺りをキョロキョロ見渡した。前から来る気配はなかった。
「おまたせ」
「全然待ってませ……え!?」
(なんか同じ服なんですけど!?)
後ろを振り向くと紡がいた。そこまでは良いのだが、私服が全く一緒だったのだ。
(何、これ!?息が合うってことでいいの!?それとも逆に気まずくなんない!?)
紡の方を見ると、「ふむふむ」と夕鶴の全身を見渡していた。さすがに夕鶴も恥ずかしくなる。推しに全身を見られるなど夢にも思っていなかったが、実際されると1人の人間として意識してしまう。
「同じ……だな」
「は、はい……そうですね。あの、つかぬ事をお聞きしますが、どのようにそのコーデを?」
「それは教えたくない。あと、変な敬語だな。別にタメでいい。同い歳だし」
「分かっ……た!」
「よろしい」
紡のパーソナルスペースに入ってしまったようで申し訳なくなった。『教えたくない』……どういうことなのだろうか。夕鶴は何も分からなかった。まず、目の前にいる紡という男を知っているとはいえ、それはあくまでも表上の紡であり、普段の素の紡は全く知らないのだ。今日のお出かけで何か知ることができるのだろうか。
「ライブ……まで時間あるね」
「そうだな。カフェでも寄るか」
紡が案内してくれたカフェは人も少なく、落ち着いた雰囲気を纏っていた。紡はそこでコーヒーを頼んだようだが、夕鶴は苦くて飲めないのでホットココアを頼んだ。夕鶴はコーヒーを持つだけ華になる紡を見ては頬を弛めた。
「すごい顔になってるぞ……」
「え、キモイ顔になってたかも……!」
「あぁ、なってるな」
「ひどいよ紡くん!」
紡は少しだけ微笑んだ。微笑んだと言っても少し口角があがったくらい。さすがに夕鶴も気づかなかった。
その後は共演する映画の話をした。夕鶴は紡に演技の話をした。表情管理は紡の方が上手いが、読んだり動作するのは夕鶴の方が器用にやる。既にお互いを補完する関係が出来上がっていた。
話も一段落つき、ライブ会場に向かう時だった。
「わぁ、あれ!モデルの周防 紡じゃない!?」
「え!ホントだ!隣は……分かんないな」
"逃げるぞ"
紡は耳打ちした。夕鶴はそれに対して燃え尽きそうになるが、紡に腕を引っ張られ、現実に引き戻された。がっしりと掴まれている腕に熱が篭もる。
「はぁ……はぁ……悪い」
「いえいえ!大丈夫!」
「こんなのだから、同性の友達がいないんだ」
紡は息を切らしながらも弱音を吐いた。紡は自分の性格に難があることも分かってはいるが、こうやって出かける時にファンに見つかることこそが友達が少ない原因だと分かっていた。夕鶴のことは礼華の件もあって少し慎重に関係を作っていこうと思ったが、ここでおしまいかもしれない……そう感じた。つくづくメンタルが弱いと嘆く。
「じゃ、じゃあ!俺が友達になるよ!」
「……え」
「あ、違う違う!全然、紡くんが良かったらの話だから……!」
「夕鶴こそ、こんな俺でいいなら」
「それはもちろんですよ!」
(俺は礼華が好きなのかもしれない夕鶴が気になっていた。それもあって、コーデまでも同じになるように礼華に仕組んだ。けれど、俺は夕鶴になれない。この先何があっても。だって、こんなに素直で良い子なのだから。芸能界に染まってしまった俺ではもう取り返しがつかない。悔しいが、礼華が夕鶴に惹かれるのも……分かる)
「じゃあ、礼華のライブに行こう」
「行こう!!」
ライブ会場は地下にあった。そのライブ会場に入る前に紡はマスクを着用した。確かに関係者だとは言え、人気モデルがアイドルのライブに行くのは十分週刊誌のネタになる。
関係者から貰ったチケットのため、整理番号は関係がなく、ロフトの着いている2階席だった。2階席があるとはいえ、小規模なライブ会場でステージからかなり近かった。
「すごい近いね!」
「小規模だからな」
小規模だからなのか、人気だからなのかは分からないが、既にホールは人でいっぱいになっていた。
「すげぇ!……ていうか、紡くんは礼華さんのアイドル姿見たことあるの?」
「一応、何回かは」
(やっぱり、紡くんは礼華さんのことが好きなんだろうな〜。2人並べば華になるけど……。礼華さん羨ましいよ)
「何ぼーっとしてんだ。楽しむぞ」
「え、はい!」
紡は思っているよりもやる気に満ち溢れていた。何回か行っているだけあってライブのマナーなども知り尽くしているのだろう。
ホールの電気が消えて、ステージにスポットライトが当たった。5人グループのアイドルなので、すぐに礼華の存在を捉えた。
「礼華さん綺麗……!」
普段の礼華も綺麗だが、やはりアイドルという本職で立っている彼女は違った。それが嘘の笑顔だとしても輝いていた。不思議と追いかけたくなる姿だった。
「礼華っ!……礼華っ!」
「え!?」
(何か、紡くんめちゃくちゃ叫んでる……。そんなに声出して大丈夫なの?絶対にバレるでしょ……!!!)
しかし、そのコールがなければ礼華を呼ぶ声がない。礼華が不人気なはずは無いが、あまりにも周りの声が大きかった。今、礼華は地上波に出るなど、活躍の幅を大きくしている。ライブを欠席することも多かった。やむを得ない事情ではあるが、いわゆる『ガチ恋』は減ってきたように思える。
「ねぇ、紡くん」
「なんだ」
「俺も一緒に声出してもいいかな?」
「何を言っている。……当たり前だ。友達だろう」
(紡くんから友達認定……!!!やっぱり言葉にされると違うわぁ)
「礼華さん!……礼華さんっ!!」
(夕鶴の声でかすぎだろ。アイツしか礼華のこと呼んでないのに、礼華のコールが1番大きく感じる。……俺も声を大きく……)
「礼華!……礼華っ!」
さすがにステージ上の礼華も気づいたようで2人のことを見つけて苦笑いをしていた。
ライブはあっという間でいつの間にか幕を閉じていた。ぞろぞろとホールを出ていく人がいる中、夕鶴と紡は2階席から下を見下ろしていた。
「礼華さんのコール少ないね」
「失礼だな。ただ、俺も自覚している」
地下アイドルは特に人気にこだわる界隈だ。礼華はその中でも不人気に近かった。やはり、表舞台という名の地上にいるからと言って人気な訳では無い。むしろ、地下アイドルを推している側としては地下から出ないで欲しいと願うヲタクばかりだ。熱血的なファンを獲得するには地下アイドルへの仕事に熱を込める他なかった。それでも礼華のモデルの仕事は後を絶えない。それは礼華のスペックの高さを伺えるが、かえって裏目に出ているのだ。
「2人揃って失礼ね」
後ろから声をかけてきたのは紛れもない礼華だった。先程本番が終わったばかりだと言うのに汗1つない。今日は握手会等も無く、既に私服に着替えていた。
「やばい聞いてた!?」
「だから失礼だって言ってんでしょ!デリカシーない男だな!」
「悪かった」
夕鶴と紡は礼華にトンカチで殴られるのではないかという不安に駆られた。もちろん、トンカチは比喩である。しかし、そんな行為に及んでも違和感のない人だ。
「……嘘。ありがとう助かった」
礼華が素直にお礼をした。これは本当に珍しいことだ。頬を赤らめているという事実が礼華の本音であることを物語っている。夕鶴は少し可笑しく思い、笑いを堪えた。紡は微笑んでいる。
「何2人して笑ってんのよ!仲良くなっちゃって!」
「うぁぁごめんなさい!!」
夕鶴と紡は拳骨を食らった。礼華はスッキリしたようで盛大に笑っている。落ち着きを取り戻すと、2人の全身を見る。そこには笑わずにはいられない2人の姿があった。
「ていうか、本当に同じ服装なんですけど笑」
「え!礼華さん本当にってどういうこと!?」
「紡が言ってたのよ。夕鶴と同じ服装がいいって」
「おいやめろ」
「え、紡くんどういうこと……!」
「夕鶴が嫌がるだろ」
「そんなことないわよ。夕鶴は紡のファンなんだから」
「あ、ちょっと言わないでって言ったじゃん!」
礼華は2人の地雷を同時に踏んづけた。しかし、3人とも笑っていた。出会って2週間。これからが長い映画だが、既に3人の関係は良好だった。ただ問題があるとすれば、三角関係であること。芸能界で恋をしているということ。3人の恋の行方は分からない。
(紡くんが俺と一緒の服装をしたい……!?え、脈アリ認定式開会しちゃうよこれ!!)
(夕鶴は良い奴だけど、よくよく考えればアイツがライブ誘ってきたよな……礼華のことが気になるのか!?それじゃあ、両思いで一歩進んでもおかしくない……)
(紡がデートに誘うっていまさら思えば珍しいわね。夕鶴がよく言ってる「俺と紡くんでBL築きたい(冗談)」って本当になるんじゃないの)
3人揃ってまたまた勘違いをしている。
芸能とらいあんぐる~新人俳優と長身モデルと地下アイドルのお話~ もみぢ波 @nami164cm
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