第4話 失恋の先


(はぁ、ほんとにコイツ面白いな〜笑)


撮影中、礼華は夕鶴とメールのやり取りをしていた。あの日以来、互いに息が合うと確信してどうでも良いやり取りを続けている。ただ礼華は夕鶴に興味があるのは事実だ。礼華はそれを恋だと自覚しているが、隠さなければならないことも分かっていた。しかし、そんなスリルを味わいながらも夕鶴と繋がっていたかった。


(ふっ、字面でさえ感情が隠しきれてないじゃない)


礼華は笑いを堪えながらメール画面を見ている。何せ、今は撮影中だからだ。スタジオの椅子に座っているが、今回も相方となっている紡は撮影していた。大きな声も出せない。


"今、紡といる"


"紡くんと一緒!?ずるいずるい!!"


"夕鶴もそんくらい美形になりなさい"


"あんな顔面国宝に勝てるわけないじゃん!"


夕鶴との会話は楽しいが、大抵は紡の話だった。礼華が紡と仲良くなければ、きっとこのように夕鶴と話すこともなかった。


「礼華、おい」

「うぇあ!?何よ!」

「次、撮影」

「あ、あぁ。ごめんごめん。今行くわ」

「なんだ、夕鶴とメールしてるのか」

「ま、まぁね。共演者とは仲良くでしょ」


礼華は動揺を隠しきれていない。礼華は本当の感情を自覚しているし、それを紡にバレるのが1番面倒だからだ。


「恋愛禁止だぞ」

「分かってるわよ!!」

「そうか」


思いの外声が大きくなってしまったが、紡は気にしていないようだった。


(礼華の楽しそうな顔……俺は見ているのだろうか。出会って早1年……礼華があんなに笑いをこらえるほど楽しそうにしているところを見たことがない)







紡と礼華の撮影が終わって、紡は次の仕事へと向かった。これもまた雑誌撮影である。紡の先輩にあたる羅宮らみや 海景みかげとの撮影だ。海景は基本ふざけているため、先輩とはいえ、尊敬はしていない。むしろ、鬱陶しいくらいだ。しかし、とんだ美形であり、そういう性格も人気がある。最近はティーンの間で話題になっていて、ますます知名度をあげている。


「撮影始めますよ」

「はい」「はーい」


フラッシュライトが光る度にポーズを変えるのには慣れた。ただ、頭の中は夕鶴と礼華のことで頭がいっぱいだった。


(礼華は夕鶴のことが好きなのだろうか。アイドルだから、そんな責任感のないことはしないと信じたい。けれど、礼華の感情を否定したいわけでもない。じゃあ俺はなんでこんなに……)


「ちょっと紡くん?体止まってるよ」

「あ、すみません」

「紡珍しいね〜」


海景は笑っていたが、内心心配もしている。海景と紡は長い付き合いだからだ。そんな関係でも紡が仕事で注意されるのは珍しかった。

その後は紡の切り替えが早かったからか、スムーズに撮影が進んだ。しかし、まだ胸には引っかかりが残っており、やりきれない気持ちでいっぱいだった。




「紡〜、今日は撮影どうしちゃったの」

「すぐに切り替えしたからいいでしょう」

「やだぁ、紡って僕には冷たいよね!」


そうやってぶりっ子するところが特に嫌いだ。実力は認めるが、海景のことは心から尊敬できなかった。


「何かあったの?」

「別に海景さんに話すことじゃないです」

「へぇ、失恋?」


紡はその『失恋』という単語にドキリとした。それが何故かは分からない。


「あれ?図星?笑」

「違いますっ!」

「何ムキになってんの笑笑」


(この人本当にウザイ……)


「でもね、失恋なら相手の女より、男の方を知るべきだよ。紡に足りないものが何なのかよく分かる」

「そうですか」

「納得してるってことは……図星かなっ!?」

「うるっさいです!」


(遊馬 夕鶴……か。)


紡は夕鶴の顔を思い浮かべたが、何が足りないのかイマイチ分からなかった。ただ、紡よりもずっと素直だ。それだけだった。





"今週末、一緒にどこか行かないか"


夕鶴の元にそんなメールが届いた。紡からだった。


(え、えぇ!?つ、つっつつ、紡くんから!?うぇ、吐きそう。何、なんなのかな。紡くんって案外積極的……!?いやいやいや、仕事関係かもだし、別にプライベートって決まったわけじゃないけど!!見た感じ無愛想だったから、俺の事なんて眼中に無いと思ってたよ〜!!一応目には映ってたっぽい〜〜〜!感謝!!!)


"ぜひ行きたいです!どこがいいですか?"


"全部、夕鶴に決めて欲しい"


(みゃ、脈アリですか……!?!?)


"調べておきます!"


夕鶴はベッドに潜り込み、大暴れした。一人暮らしだが、隣人から苦情が入ってきそうなレベルだ。夕鶴は一目散に礼華に電話をかけた。


「礼華さん!礼華さん!」


『何よ、どうしたの』


「紡くんからデートのお誘い来た!」


『デートって言い方女々しいわね。で、どこ行くの?』


「俺に全部決めて欲しいんだって!礼華さん長い付き合いじゃん?なんか、いい所ある?」


『紡と仕事場以外で会ったことないわよ。プライベートの話もあんまりしないし』


「そっか!じゃあ、俺の方が脈アリだね!」


『全然あげるわ。……あ、私たちのグループのチケット余ってるけど』


「え!行きたい!いつか、礼華さんのアイドル姿拝見したいって思ってたんだよね。紡くん興味あるかな!?いや、あるか!だって、紡くん礼華さんのこと好きでしょ!」


『自己解決すんな。ていうか、紡は私に懐いてるだけだから。そんな好きでもないわよ』


その後、何分か雑談を混じえて通話を終了した。夕鶴はすぐさま紡に連絡をした。


"礼華さんのライブ、一緒に行きませんか?"


"いいな"


夕鶴はその3文字に高鳴りを覚えた。紡のカッコ良さに惚れている反面、少し怖かった。しかし、メールのやり取りが続くと、自然と紡の人間性が分かってきた気がする。きっと、優しい人なのだと。

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