第3話 恋と罠
046
そう言えば、また紡くんと礼華ちゃん一緒に仕事するらしい。モデル撮影だけど。
047
事務所はそこのペア推してるの?てか、事務所違うよね?
048
紡くんガチ勢の私からしたら嫉妬でしかない。
049
>>048
紡はお前のことなんか眼中に無いよ
050
>>049
喧嘩好きだね〜
051
でも、礼華ちゃん好きじゃないでしょ、紡くんのこと
052
ここで問題なのは、紡くんに恋愛感情があるか否か
053
>>052
さすがにないと思いたいけど、ああいう人間って依存しやすいよね。
054
紡くんの将来DV彼氏になりそう感は異常
055
>>054
ただ礼華ちゃんは暴力受けたら倍でかえってきそうだからな〜ww
056
>>055
すんげぇイメージ持ってんねw
夕鶴はあれ以来、紡と礼華が話題に上がっている掲示板を行き来している。掲示板で学んだことは、紡は礼華に興味ありということと礼華が強気な女であることくらい。撮影の前に顔合わせがあるが、不安で仕方がなかった。
(これはやばいかもしれない……。礼華さんに嫉妬しそうとか思ってたけど、何より礼華さんが怖い。絶対にトンカチ持ってる系女子なんだけど!?俺なんか、すぐに殴られるよ。ていうか、紡くんもなんでそんな人と仲良くするのかな!?どこに惹かれたかくらい掲示板に書き込まれてないの??)
夕鶴は必死になって掲示板を漁っていた。2人との顔合わせは来週だ。会うまでこの不安は拭えないのだから早く来週になってほしいと願った。
来週になり、夕鶴は都内のテレビ局に向かった。そこの一角で顔合わせをするらしい。緊張している反面、紡に会える高鳴りで胸がいっぱいになっていた。電車の手すりに捕まりながら予行練習をしていた。思わず鼻歌を歌いそうになるほどだった。
「うっ」
夕鶴は何かに当たった衝撃で唸り声をあげた。当たってきたのは女性だった。スラーっとしていて顔も美人。都会の女子は凄いと素直に感心した。感心しているのも束の間、彼女が居心地悪そうに前を見ていることに気がついた。もしや痴漢かと疑い、彼女のおしりの方を見てやると、案の定そうだった。こういう時、どのように対処すればいいのか誰も教えてくれない。そして、電車内は見て見ぬふりをする人で溢れかえっていた。
夕鶴は仕方なく、彼女の肩を抱いてやった。それが正解なのかは分からない。下手したら、夕鶴が通報されるかもしれない。しかし、彼女のおしりを触っていたおじさんは夕鶴と目が合うと逃げ出した。それを見終えると、夕鶴は肩に置いていた手を優しく退けた。
「あの、ありがとうございます」
「い、いえ」
「本当はぶん殴りたかったんですけど、公共の場なので」
男勝りな言葉を言い残して彼女は去っていった。それにしても相当な美人だった。夕鶴にとってどこかで見たことのあるような顔をしていた。
美人でスラーっとしていて、男勝り……。
テレビ局に向かうと、ロビーにはたくさんの人で群がっていた。教えられた番号の扉に着くと、ノブに手をかけようとするが緊張して次の動作に繋がらない。
(どうしよどうしよ……!!もしかしたら、この目の前に紡くんがいるかもしれない……!!本当にどうしよう〜〜〜。入れないぃぃぃぃ)
「あの、どいてもらってもいいですか」
後ろを見ると、例の『紡くん』が立っていた。
「いやぁあああ!!なに、なんなの!?」
夕鶴は混乱して意味の分からないことを言う。若干オネェ口調だ。
(なんだコイツ……)
(どうしよ、イケメンすぎる……!こんなの近くにいたらBL築けちゃうよ)
どちらも混乱していて、異様な雰囲気が流れていた。2人とも目の前の扉を開けようとしない。見つめ合っていた。
(変なやつだな……。こっち見すぎだ)
(なんか紡くんに見られてるんですけど!?何かついてるのかな!?ちょっと、どうしよ、あまりにも顔が好きすぎる……!!)
「野郎ども退け」
異様な雰囲気に包まれている2人だったが、強気な少女の登場により酔いが覚めた。夕鶴はその少女と目が合うと、朝の電車での出来事を思い出した。
「あ!痴漢されてた人!?」
「何よそれ!人聞き悪すぎだろ!」
「ごめんなさい……!」
夕鶴が謝罪すると、礼華はバツが悪そうに笑った。
「別に謝らないでいいから。こっちも感謝してるし」
「礼華、本当に痴漢されたのか」
「本当にってどういうことよ!こっちは容姿完璧、スタイル完璧なんだから当たり前だろ!?」
「いや、ただ不安なだけだ」
夕鶴は彼氏面をする紡を見て、掲示板に書いていることは本当なのかもしれないと思った。そして、予想通り礼華も男勝りで強気な人間だった。全く掲示板通りであり、逆に怖いまであるが、夕鶴はこれから共演する仲間を見て『仲良くなろう』と思うことができた。これは隠しきれない紡と礼華の人柄の良さが滲み出ているからに違いない。
「ありがとうございました。お疲れ様です」
テレビ局を出る際、3人で向かうことになった。顔合わせを終えて、多少の雑談をしたが、3人とも居心地の悪さは感じなかった。夕鶴が紡のファンであることもバレなかった。バレてもいい事実だが、これからの友好関係を左右するのであれば、もう少し蓋をしておきたい事情だ。
「電車はどっち方面なんですか?」
「私は渋谷」
「俺は池袋だ」
「じゃあ、礼華さん一緒ですね」
(うわぁぁん、紡くんと一緒だったらとか思っちゃったよ……!2人で話す機会になったらな〜って思ったのに!!)
「何そんな嫌な顔すんのよ」
「ご、ごめんなさい……!」
夕鶴は思っていることが全て表情に出る。紡の反対だった。
電車はいつも通り混んでいた。この路線で座ること自体、まず難しい。
「2人で電車乗ると、朝のこと思い出すわ」
「俺も初めてのことでびっくりしましたよ」
「そうなの?それなのにありがとね。あと、タメでいいから。私たち同い歳よ?」
(このスタイルで同い歳……!)
「分かりやすくびっくりするわね」
「え、何歳……?」
「19よ」
「え、ホントじゃん」
夕鶴は口を抑えた。礼華はそんな仕草が新鮮だった。芸能界に入ってから、他人に興味のない輩ばかりでつまらなかったからだ。久しぶりに感情表現が豊かな人に出会ったと思う。
「紡も19よ」
「それは知ってます……!!!」
食い気味の返事に礼華は驚いた。
「なんでそっちは知ってて、私のことは知らないのよ。ファンなの?」
「ファンです……!!!」
答えが分かりきっている疑問形だったため、不意に答えを言ってしまった。そこまで悪いことではないが、無性に恥ずかしくなった。
「紡ね……」
「はい!めちゃくちゃスタイル良くて、顔も美形でクールっていうのもいいじゃないですか!?少ししか喋らないけど、優しいの伝わりますし!あと、動物好きっていうのも高ポイント!」
「良かったわね。今回の映画、私邪魔でしょ」
「そんなことないです!礼華さんもかっこいい性格で頼りになって、痴漢されるくらい美人で一つ一つの行動全て可愛いと思います!」
夕鶴は礼華の手を握った。礼華は強がっているようだが、照れているのが丸わかりだった。
(可愛いなんて初めて言われた……。最初はナヨナヨしてる奴だなって思ったけど、痴漢から守ってくれるほど勇敢だし、感情もコロコロ変わって見てて楽しいし……。顔は好きじゃないけど、すごく、惚れそう……)
「どうしたの?大丈夫?」
「……ふんっ。大丈夫よ」
久しぶりに甘酸っぱい気持ちになった。この感情はここで終わらせなければ、きっとしんどいことになる。それでも夕鶴の顔を見ると、胸が痛む。
礼華は芸能界の罠にハマってしまったのかもしれない。
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