第2話 自覚
「お疲れ様です」
長身の男はスタッフに礼をすると、そそくさに楽屋へと戻った。楽屋と言っても自分の楽屋ではない。撮影で一緒になった礼華の楽屋だ。スタッフの間でも仲が良いと評判で互いの楽屋を行き来することに誰も疑問を抱かない。しかし、クールキャラで売っている長身の男……紡が地下アイドルとして活躍している礼華と仲良くすることに対してマネージャーは不安で仕方がなかった。
紡が楽屋に入ると、礼華が備え付けのソファで寝転がっていた。
「風邪引くぞ」
「冬でもないんだから大丈夫よ。ていうか、勝手に楽屋入ってくんな」
「誰かといた方が落ち着く」
「はぁ。そろそろ同性の友達でも作ったら?」
できることならそうしているはずだ。紡はポーカーフェイスであり、感情を表に出さない。それは礼華に対してもだ。しかし、礼華はそんな紡を怖いと思ったことは1度もないのだ。紡はそこに安心感を抱いている。
「ていうかさ、映画一緒ね」
「あぁ、礼華がいて安心した」
「そう。私もひとまず安心ね。こうやってあぐらかいてるけど一応アイドルだからさ?うるさいのよ事務所が。でも、紡となら問題ないって。絶対に恋愛に発展しないでしょ?って笑われたわ」
「俺は男として見られてないのか」
「事務所も私もお前のこと男として見てねぇよ。私がそういう視点で見てたら大炎上だわ」
礼華は小顔マッサージをしながら雑誌を眺めていた。2人は顔を合わせなくても簡単に会話ができるのだ。
「でも、もう1人男の人がいただろう」
「あぁ、誰だっけ?確か、遊馬とか言ってた?」
「恋愛禁止だからな」
「ないないない。笑わせないでよ。誰があんなへっちゃら男に気を引くのよ」
「写真みたのか」
「見た見た。ビジュアルよりかは演技力で売っていくのね〜って感じだったわ。紡の方が断然美形」
紡は少し微笑んだ。感情表現が苦手なため、ひとつの微笑みで周りの人を落としてきた紡だったが、礼華にはどうも引っかからないらしい。現に紡は微笑んでいると言うのに、礼華は雑誌に夢中だ。
「礼華は掲示板とか見るのか?」
「たまにね。芸能人は大抵見るでしょ」
「それは分からない。ただ、良いか悪いか知らないが、俺と礼華が付き合っているという噂が流れ始めてる」
「はあ?勝手に言わせときなさい。でも、発言には気をつけろ。紡は私のことをSNSにあげすぎ」
「マネージャーと同じこと言ってるぞ」
「てめぇが学ばねぇからだろ!美しいこの礼華ちゃんをあげたくなるのは分かるけど、こっちもアイドルだし、誤解生むのは勘弁だからやめなさい」
「……はい」
「よろしい」
(俺は礼華のそういうところが好きなのだ。俺は子役時代から活躍していたし、どうも近寄り難い雰囲気があるらしい。だが、礼華だけは普通に接してくれていた。俺が子役だったこと自体知らなかったらしいが)
"礼華がアイドルではなかったら……"
今の紡にとってそんな言葉など出なかった。余裕もなかったし、恋だなんて自覚もなかったからだ。
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