小さな島
ボク達は、ようやく小さな島の砂浜に辿り着いた。
波打ち際に船を寄せ、マックスが震える手で
島は静かで、潮風がボク達の身体をそっと包み込むようだった。
砂浜は白く柔らかで、触れるとひんやりとした感触が足の裏に伝わる。近くには背の低い椰子の木が揺れ、小さな鳥がその上で鳴いている。海の森に囲まれたこの場所は、まるでボク達を守るための隠れ家みたいだった。
ボクは空を見上げた。夕暮れが近づき、雲が橙色に染まり始めている。この穏やかな光景が、マックスの心を少しでも癒してくれることを願った。彼が背負っている重荷の大きさを、ボクは痛いほど感じていた。
「マックス、少し横になって休んで」
ボクがそう促すと、マックスは一瞬だけ
その目には、疲労と共にどこか申し訳なさそうな色が宿っていたけれど、無理をしないでくれたのが少しだけ嬉しかった。
「ありがとう……本当に、ナディアがいなかったらどうなってたか……」
マックスの声は掠れていたが、その中には感謝の気持ちがしっかりと込められていた。
風が椰子の葉を揺らし、その音が静かな旋律のように響く。
ボクはふと、村での生活を思い出していた。誰一人として外の世界に興味を示さない仲間達……けれど、今こうしてマックスと過ごす時間は、これまで知らなかった新しい世界への扉を開いているような気がした。
ボクはあたりを見回し、近くの岩場で見つけた葉を集めて簡易な寝床を作ることにした。
葉はしっとりとしていて、潮風にさらされてか少し塩の匂いがした。それを砂の上に敷いて、マックスが横になれる場所を整えた。彼はゆっくりと腰を下ろし、慎重な動作で身体を横たえた。
その時、ボクは彼が吐いた深い息を聞いた。きっと、心も少しだけ軽くなったのかもしれない。
波のリズムが穏やかに続く中、マックスの呼吸が次第に落ち着いていくのを感じた。
ボクは彼の横顔を見つめながら、不思議な感情に包まれていた。
マックスが横たわり、ゆっくりと瞼を閉じると、彼の肩の力がようやく抜けたように見えた。彼の胸が静かに上下し、規則正しい呼吸音が波の音と混じり合って、どこか心地良い調和を奏でていた。
砂浜に腰を下ろし、ボクは穏やかな波の音を聞きながら彼を見守った。この短い休息が、マックスの次の一歩を支える力になることを願ってやまなかった。
海と空が繋がる水平線の向こう。ボク達が目指す未来には、きっと新たな希望が待っているはずだから。
ボクは平たい岩場に腰掛けた。陽は水平線に沈もうとしており、青い空はオレンジから紫、そして濃い群青色になろうとしている。
自然と歌を口ずさんでいた。
旅に出る同胞を送り出す送別の歌。
その歌声は、月が輝きだす静かな海に響き渡っていた。
◆◆◆◆
翌朝、休んで元気なったのか、マックスはボクが捕まえた魚を火に掛けた。
マックスが島の奥に進んで木切れを集めてきて、魔術で火を起こすのを見てボクは驚いた。
「凄い! マックスって火が操れるのね?」
「生活魔術だよ……種火を起こす程度だから、『ブークホーフ村』の人は誰でもできるんだ」
「そうなんだ!」
「でも貴族達はもっと凄い。強力な魔術を使ってくる……火の玉にしてぶつけてきたり、火炎を放射したり……」
マックスの表情が一気に歪んだ。
『ブークホーフ村』……これがマックスの故郷の名前のようだ。
突如として始まった貴族同士の戦争。マックスは
貴族の軍の兵隊が、ブークホーフ村のあちらこちらに炎を放ち、マックスの家と父親が営んでいる鍛冶職人の工房にも火が迫って皆で逃げ出したことも……
「きっと、みんな無事だよ」
ボクは精一杯の笑顔を向けた。出会ってまだ数日。
それでも、この
「ナディア、本当にありがとう……僕を故郷まで送ってくれて」
「気にしないで。それより、マックスの家族のことを話してくれる? お父さんの仕事のこととか」
話題を変えようとしたボクの気持ちを理解してくれたのか、マックスは穏やかな表情で話し始めた。
「父さんは刀剣鍛冶師なんだ。ほら、僕の姓は『メッサーシュミット』……つまり刀剣鍛冶の一族って意味だ」
「そうなんだ……」
ボク達の村の名前は『シルワ・プリーシママーリス』……穏やかな海の森……だから、外に名乗る時は『ナディア・シルワ・プリーシママーリス』って事になるんだろうか?
でも、誰も村の外に出ようとはしないから、みんな個人名で呼び合っていて、それで十分だった。
「父さんは、ブークホーフでも一番の腕前で、多くの剣士が父の作った刀を求めてくる。僕も父の下で修行を始めて、もう五年になる」
そこで一瞬、マックスの言葉が途切れた。何か言いたげな表情を見て、ボクはじっと待った。
「でもね」
思いがけない告白のような声に、ボクは思わず身を乗り出した。
「実は、僕は武器を作るより、アクセサリーを作る方が好きなんだ。指輪とか、ペンダントとか。繊細な細工が得意で……父さんには言えなかったけどね」
その言葉を聞いて、ボクは訳もなく胸が高鳴った。
誰にも言えなかった本心を、ボクに打ち明けてくれたんだ。
「そうなんだ。じゃあ、ネックレスとかも作れたりするの?」
「そうだね。細かな細工が必要だけど、道具さえあればできると思う」
思わず声が弾んでしまう。マックスが照れたように微笑むと、どうしてだろう、ボクの心臓が妙な具合に高鳴った。
「すごい! マックスの作ったアクセサリー、ボクも見てみたい!」
張り詰めた弓の弦のような姿勢を崩さないマックスも、この時だけは、本当の姿を見せてくれているような気がする。
――笑った顔は素敵だな……
素直にそんな感想を持ち、慌てて取り繕う自分が何だか変な生き物に見えてくる。
「そうだね、いつか機会があったら、ナディアにも作ってあげられたらいいな……今日の御礼として……」
その言葉に、ボクは頬が熱くなるのを感じた。
どうして?
こんな胸が高鳴って収まらないなんて……こんな事初めてかもしれない。
「約束だよ?」
自分でも驚くくらい高い声が出てしまった。
違う世界に生きる私たちの間に、何か確かな絆が芽生えているのを感じる。でも、それが何なのか、ボク自身にもよく判らない。
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