航海
ボクは思う。
この海には、数多の物語が存在する。時に穏やかに、時に荒々しく、波は常に新たな命を運んでくる。
ボクの住む
異なる種族との接触は稀で、ほとんどの者が外の世界に興味を持たない。
だから、マックスとの出会いは、ボクにとって予想外の出来事だった。
ボクは
マックスは穏やかに楽しく過ごして生きたいと言っていた。きっと彼の家族も同じ気持ちだった筈だ。余所の集落に攻め込んだ訳でもない。訪れた同胞は温かく迎える事だろう。
ボクの村の長老たちは、人間族の戦いについて語る時、いつも不信と警戒の色を隠さない。「彼らは自らの欲望のために、容赦なく殺戮を繰り返す種族」だと、ボク達若い
しかし、目の前のマックスは、その言葉とはかけ離れていた。
彼のこの海のように青い瞳には優しさと、深い悲しみが宿っている。
――なのに、どうして傷つけ合うのかな?
同じ
戦争の悲惨さは、海の底にまで響き渡る。
ボクは幼い頃から、戦いの恐ろしさを聞かされてきた。生命の尊さを軽んじる種族など、あってはならないと。しかし、マックスとの出会いは、そんな固定観念を揺るがし始めていた。
黙々と
穏やかなに凪いだ海面を、小さなボートは進んでいく。ボクは船尾から船を推しながら、マックスの背中を見る。
パパと比べ圧倒的に小さな背。
――こんな身体で、大きなこの海を渡ってきたんだ……
そう思うと胸が痛む。
マックスの背中には、無数の物語が刻まれているように見えた。戦争、家族との別れ、故郷への想い。
その時、
疲れているのか、それとも不安なのか……?
ボクは、マックスの体力を心配していた。
彼の肩の震えや、
しかし、彼は故郷への想いで必死に前に進もうとしている。
「マックス、少し休憩した方がいいよ」
ボクは声をかけた。
「大丈夫だよ。まだ行ける」
マックスは震える声で強がりを張った。
「それに……できるだけ早く家族のところへ着きたいんだ」
そう語る彼の目には、決意と疲労が入り混じっていた。一瞬、彼の瞳に走った心許なさが、ボクの胸を締め付ける。
気持ちは痛い程解かる……解るけど、ボクはそれ以上にマックスの身体の方が心配だ。
その時、水平線上にぼんやりと黒い影が見えてきた。ボクが船を推す速度を速めると、黒い影は小さな島となってボク達の視界に飛び込んできた。
「そこに小さな島がある。そこで少し休みましょう」
「でも……」
「さっきから漕ぎ方がおかしくなっているじゃない。ボクが推してるのに、マックスの
はっきり言ってやった。マックスのように強がる男の子は、
だけど、気合で強がっても、身体は疲労している。こんな状態でいると、ずっと身体に無駄な力が入り過ぎて、さらに疲労が重なって、
お魚だってそう。
ボク達が食料して魚を捕まえる時は、群れをとにかく追い回して、素早い動きを強制させつつ狭い範囲に追い込む。これを繰り返していくと、魚もだんだん疲れてきて動きが遅くなるから、それを捕まえる。
それに、疲れるのは
「良いから、休憩するよ。ボクも、無理して疲れちゃったから」
「う、うん! 気づかなくてごめん!」
マックスは申し訳なさそうに頷いたが、ボクは彼の背中を見つめながら、
戦争、別離、そして家族への深い愛。彼の瞳に宿る悲しみと希望は、私の心を強く揺さぶった。
だから耳障りな事でもはっきりと伝えなければならない……そう思った。
「マックスがここでまた倒れたら、ボクはいったい何しに此処まで来たのか分からなくなるじゃない」
ボクは、彼が無理をして力尽きることを恐れていた。
戦争から逃れてきた彼が、今度は海の途中で倒れてしまったら、それこそ本当の悲劇になってしまう。
小島に近づくにつれ、マックスの漕ぎが弱々しくなっていく。彼の限界が近いことを、ボクは肌で感じて
「きっとマックスの信じている神様も、ちゃんと見守っていてくれていると思うから……」
船を推しながら、ボクはオールを動かすマックスの背中に慰めにもならない言葉を掛けた。
こんな小さな言葉では、マックスの世界は絶対に救われないって判っているけど、でも何も言えない自分でいたくなかった。
「ありがとう、ナディア。ナディアは本当にいい人だね」
マックスの弱々しい笑顔がとても哀しかった。
ボクは、マックスの心の奥底にある脆さと強さを感じていた。彼は弱さを見せまいと必死だが、同時にその必死さこそが、彼の本当の強さなのだと理解していた。
でも、その瞳に浮かぶ不安は隠しきれていない。
波が穏やかに船底を叩く音が響く。
マックスは必死に
人は誰でも、一人では生きていけない。パパはよくそう言っていた。
「マックス、故郷に着いたら、何をしたいの?」
「うん……父さんの仕事を手伝って……家族と一緒に、また頑張るつもりだよ」
「ボクも、もしよかったら……その時は会いに行っても……?」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。村の掟を破るようなことを、どうして?
「来てくれるの? 本当に!?」
振り返ったマックスの顔が、少し明るくなったような気がした。その表情を見て、ボクは自分の言葉を後悔しなかった。たとえ村の掟に背くことになっても、この出会いを大切にしたいと強く思った。
でも、まだ先は長い。
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