犬神様と薬の出所

「んむ…………んしょ」


 犬耳の少女が狭い狭いダクト配管の中を這いずっていた。

 彼女、孤狼が小柄だとはいえちょっと無理のある前進であることは否めない。

 尻尾がその狭い天板に当たって進むためにガタガタと音を立てている。

 通路を歩く者がいたならば、その異音を発する配管に怪訝な目を向けていたことだろう。

 だが幸いなことに下の通路に人影はなく、彼女の奇行は誰にも目撃されずにすんでいた。


「のう、本当にこんな道を通らんといけんのか?」


 頭をぶつけ、鬱陶しそうに頭を振り孤狼がぼやく。

 その手には小さな木製の人形が握られていた。


「仕方がないよ、通常の侵入経路には厳しいセキュリティが設けられているから」


 人形が言葉を発する。

 その姿は孤狼の仲間であるあの神に酷似していた。

 エトの作った人形の1つ、その極小サイズ版だ。


「ほら、こっち」


 孤狼はその人形の案内に従って前進する。

 ワクチンの生成場所を目指して。

 人形は道が分からない彼女のためにエトが渡したものだった。

 ダクトは幾重にも分岐し、うねり、永遠と続いているかのようだ。

 その中をすりずり、ずりずり。

 犬である孤狼にとって四つん這いで這って進むこと自体には拒否感はないが、狭く埃っぽいダクト内にはうんざりしていた。


「よーし、ここからは一本道だよ」


「一本道て……下にか?」


 エト人形が指し示した先には地下への通気口が永遠と下まで続いていた。

 一直線に、真下まで伸びたその穴の底は見えない、かなり深いところまで続いているようだ。

 空気の流れる低音が誘うかのように断続的に聞こえてくる。

 狭く、深いその穴に落ちれば普通の人間ならただでは済まないだろう。


「人間が出入りできる侵入口はセキュリティが厳しいと言っただろう」


「つまり……落ちろと?」


「神性で守られている僕らには問題ないじゃん」


 「いや、そうじゃが」


 不満そうに唇を尖らせる、思ったよりも険しい道中に孤狼は早くも選択を後悔し始めていた。

 ビルかワクチン工場か、2つの選択肢から後者を選んだのは孤狼自身だ。

 そこにはワクチンの生成場所の方が神に会えそうだという思惑があったが、それも今となっては怪しいものだ。

 工場が地下とは……神がなぜ地下に篭ってこそこそと薬を作る?

 孤狼の知る仲間は誰もが堂々と地上に君臨していたというのに。

 ………………いや、鼠神や猫神のような例外もいるにはいるが。


「そうだ、僕らとは言ってもこのサイズの人形にそれほど神性は込められないんだ。きちんと守ってよね」


「あーはいはい」


 孤狼はエト人形を懐にしまう。

 まったく懐は友人の居場所だというのに。

 チラリと穴を覗き込んで彼女は目を瞬かせた。

 相変わらず底は見えない、だがここでうだうだしていても何も変わらないだろう。


「よっと」


 軽い掛け声と共に、孤狼はあっさりと深穴に身を投じた。

 命綱もなしにその小さな身体が中を舞う。

 穴の入り口から漏れ出す灯りが遠ざかり、どんどん点になっていく。

 暗闇に中孤狼はただ落ちていった。

 巫女服がはためく。

 何メートル落下しただろうか、不意に孤狼は匂いを感じた。

 古い香り、それは微かなものだったが彼女は敏感にそれを感じ取った。

 孤狼は姿勢を反転させる。

 軽い打撃音。

 孤狼はまるで猫のように華麗に着地した。

 その着地音は彼女の落下の速度を考えれば驚くほと小さい。

 だが、確かに音は立った。


「うん?」


「どうした?」


 着地した排気口の下から声がする。

 人間の声が。


「いや、今何か音が」


「音?あの機械どものやつだろ。まったくあの駆動音、どうにかならないものかね」


 白衣を纏った人間が2人、ちょうど孤狼の着地した近くを歩いていた。

 彼らが言う通り確かに機械の駆動する重低音があたりに響き渡っている。

 工場が稼働する音だろうか。


「………………」


 孤狼の着地音を聞いた人間はしばらく天井を訝しげに見上げていたが、排気口の闇の奥に潜む孤狼を見つけることができなかったのか首を振って歩き始めた。


「しかしここはいつまで稼働するつもりなんだ、もう約束の日までそんなにないだろう」


「さあね、どのみちここは必要なんじゃないか」


 遠ざかっていく足音に孤狼は息を吐き出した。

 見つかったところでどうにでもなるだろうが、面倒ごとは避けるに越したことはない。

 足音が聞こえなくなるまで大人しくしとおこうと考えた孤狼だったが、突如として胸元で動き出した人形にギョッとして声を上げた。


「これ!大人しくしておらんか」


「先輩、あの人間をつけよう、なんだか気になる話をしている」


「あ!おいお主!」


 孤狼が止める間もなく、エト人形が胸元から飛び出し、排気口の格子の隙間から下の部屋へと落ちていく。

 あっけにとられる中、小さな人形は2人を追って視界から消えた。


「仕方がないのぅ……んん〜」


 孤狼は自分も下に降りようと排気口の格子をしばらくゆすっていたが、外れないと分かると宝剣を抜き放った。

 音もなく格子が切り離され、犬耳の少女が工場内へと降り立つ。

 切り離した格子をキャッチするのも忘れない。

 これが地面に落ちれば大きな音を立てるだろうから。

 そこは工場と聞いて想像していたものよりずっと綺麗で閑散とした部屋だった。

 倉庫だろうか、綺麗に梱包された箱が棚にきっちりと並べられている。


「…………?」


 だが多くの棚には空白が目立っていた。

 匂いから察する箱の中身は件のワクチンだろう、だがなぜこんなに少ないのだろう?

 ここは予備の倉庫なのだろうか。

 首を捻りながらも、孤狼は人形が出ていったであろう開けっぱなしの扉から顔を出す。

 するとちょうど廊下の奥へと人形の小さな体躯が駆けていくのが見えた。

 その先を歩く人間の足音も孤狼は聞き逃さない。

 注意深く跡を追いながらも孤狼はその犬耳でエトが気になると言うその会話を盗み聞く。


「この工場が閉鎖したらどうするよ、お前次の勤め先決まっているのか?」


「さあね。Dr.様の指示に従うさ、Dr.様のね」


 工場が閉鎖?

 妙な話だ、ここは人類唯一のワクチン製造場所じゃないのか。

 ここがワクチンを作るのをやめたら感染者たちはどうなる。


「いいねぇ、Dr.様の覚えがめでたい奴は将来安泰で」


「お前はもう少し真面目に働け」


「出来損ないの薬を培養するだけの作業に将来性を見出せなくてねぇ」


「そんなんだからお前はだめなんだ」


 しばらくは愚痴のような会話が続く。

 気安く会話を交わしているが、どうやら2人には社会的地位に差があるようだ。

 しかし出来損ないの薬とは……感染者たちの希望である薬に対してひどい言い草だ。

 人類を救済する薬の工場のスタッフがこれでは例のDrとやらも報われない。


「あれはできてんのか。というかもう貰ってんだろ、いくつか分けてくれよ」


「馬鹿が、見たこともない。開発にはDr.様しか携わっていないよ。だいたい貰ったとしてもやらん」


「ケチだなぁ」


「業務態度を改めると言うならば考えてやらんでもない」


 あれ?なんのことだろう。

 Dr.が独自に開発している?なんの話しだろうか。

 どうやらDr.とやらはワクチンの培養はスタッフに任せてなにやら作っているようだ。


「へいへい……しかしその完全なワクチンってやつは俺みたいな人間にも行き渡るのかね」


「はぁ!?」


 孤狼とエト人形は同時に声を上げた。

 完全なワクチンだと!?


「おい、今女の声が聞こえなかった」


 当然耳ざとい人間はそれに反応したが、彼が振り返り背後を確認する頃には彼女たちの姿はもうそこにはない。

 エト人形を回収した孤狼が音もない神速で倉庫まで退避した跡だった。


「…………ここって幽霊の噂とかないよな」


「何そんな非科学的なこと信じてんの?」


 彼らが軽口を叩きながら遠ざかって行くのを孤狼は身を潜めて伺っていた。

 能天気な方は論外として、音が聞こえたのに姿が見えないからといって幽霊呼ばわりとは防犯意識が低いような……

 まぁ仕方がないのかもしれない、白衣からして彼らは防犯スタッフなどではなく医療スタッフだろうから。

 だがそんなことより気になる事態がある。


「完全なワクチンって言っておったぞ!あやつら」


「どうやら完成間近みたいだね」


 ワクチンはもう完成間近、と言うより彼らの口ぶりからして完成を宣言した?

 約束の日が近いという言葉、感染者に寛容な都市、人々のどこか余裕のある暮らしぶり。

 そらから孤狼は神のような絶対的な安心感を感じ取ったが……その正体はこれか。

 救いが約束されていたからこそ、現状が存在していたのだろう。


「やったのう!」

「まいったことになったなぁー……」


 その答えに対して2匹の反応はまさに真逆だった。

 一方は嬉しそうに尻尾を立て、一方は頭を抱えている。


「うん?」


 顔を見合わせた2匹はお互いに共感してくれるかと思っていたようで、キョトンとした顔をした。


「なんじゃ、儂らは感染をどうにかするためにここに来たんじゃ。ワクチンが完成するのは願ったり叶ったりじゃろう」


「ちがうよ。僕らでどうにかしに来たんだ。僕らでね」


「何が違うんじゃ?」


 再びキョトンと首を傾げる孤狼。

 孤狼にとって人類生存の悩みの種である種子の感染がどうにかできれば、それは喜ばしいことなのだ。

 というより腕っぷしに特化した孤狼は病や呪いの類に知見がなく、半ば自身での解決を諦め解決できる人材探しへ段階を移してさえいた。

 ワクチンが完成したと言うなら後はそれで感染者を救うだけだ。

 それを邪魔する者がいるのならば自身の武力で立ち向かえばいい。

 だがエトはそう考えていないようだ。


「Dr.の実態がまだはっきりしないけど、少なくとも神は名乗っていない。人間だとまずい、人間にワクチンを完成させてもらっちゃ困るんだよ〜」


「う……ん?」


 何が?とさらに首を傾ける。

 そんなん誰でもよいじゃろと言いたげな孤狼だが、一応口をつぐむ。

 口に出したら睨まれそうだ。


「人間はダメだ、人間に作られたら確実に独占されてしまう」


「どくせん?」


「現状のワクチンと同じように一部の人間が独り占めするってこと」


「そんなことになるかのぉ」


「なる!絶対に。それが汚染を完治させうるものならば、全員に行き渡ってしまえば価値が消失してしまう。だからこそ人間は流通を制限するはず」


「流通?経済の話には疎くて……」


「しっかりしてよ先輩ー。人間の歴史を見てきたんでしょ。ともかくワクチンは神の手によって作られ、配られないとだめなんだよ」


「うむむ……」


 曲がりなりとも人間と共に歩んできた孤狼だ、人間の行動について思い当たる節はある。

 だが今は人類存亡の危機だ、感染者を放っておけば自らにも危険が及ぶかもしてないのに……まさか独占などせんじゃろ、と思ってしまう孤狼。

 なんだかんだ人が好きで甘く見積もってしまう神なのだ。


「しかし、もう完成間近じゃどうしようもないじゃろう」


「そうなんだよねー…………困ったことに人形の記憶は本体と合流しないと伝えられないから、人形たちも動かせないし」


「ぬ、初耳じゃのう」


「人形の意思の疎通は本体からの一方通行のみだよ」


 小さなエト人形はお手上げとばかりに地面に寝転がった。


「うーむ」


 今から急いで戻ってエト本体と合流し対策を練るか。

 向こうは向こうで何か発見したかもしれない。

 それとも、工場で探索を続けるか。

 孤狼は工場へと繋がる扉へ目を向ける。

 彼女の敏感な鼻はその先から香る神の匂いを確かに嗅ぎ取っていた。


「探索を続けよう。儂らはまだワクチンの謎を解いておらん」


 ワクチンからする古い香り。

 神性を感じるそれの出所がつかめていない。

 神性が内包されているということはどこかしらで神が関わっているはずなのだ。

 孤狼の眼差しを受けて人形も頷く。

 人形を肩に乗せると扉を開け、孤狼は注意深く探索を開始する。

 先程人間がいたから身を潜めたが、工場内に人間は驚くほど少なかった。

 人のいないレーンを薬が流れていき、その中で機械が動き回っている。

 どうやらこの工場は作業をほぼ機械で補っているようだ。


「なんだか面白いの」


 孤狼の目と鼻の先で銀の筒が次々と箱に収納され梱包されていく。

 薬が次々と流れる景色を横目に孤狼は鼻をひくつかせる。

 古い香りはさらに強く濃く香っていた。

 その大元を目指し歩みを進める。

 レーンを遡るほど匂いは強くなっていく。


「む!」


 繋がっていた道が突如途切れる。

 壁が行手を阻んでいた。


「なんじゃこれは」


「ワクチンはここでしか製造されていないんだ、製造方法は秘匿されているでしょ」


 ここからは製造に関わる部分なため関係者以外立ち入り禁止ということだろう。

 ただでさえ地下深くに製造場所を隠しているというのに用心深いことだ。

 壁に作られた扉は沈黙し、固くその口を閉ざすばかり。


「うーむ。こっちから入るか」


「えぇ……」


 薬が続々と流れてくるレーンは壁の中へと続いている。

 その口はビニールカーテンによって遮られ中を伺うことができないようになっている。

 だが、小柄な孤狼は侵入できそうだ。

 孤狼はレーンに乗り込むと流れてくる薬を掻き分け、四つん這いで穴を覗き込む。

 暗くてよく見えないが大丈夫そうだと身を捩らせて入っていく。


「うーむ見えんな。どうなっておるのか、お……うん?おぉ冷たい」


「殺菌処理でもしてるのかな」


 両脇から何やら冷風が吹き付ける。

 常人なら凍えるだろう温度だが、孤狼は平気な顔だ。

 暗闇の中を流れてくる薬を蹴散らしながら進んでいくと、入った時と同じようなビニールカーテンが見えた。

 そこからちらちらと明かりが差し込んでいる。

 ゴールが見えた孤狼は意気揚々とレールを逆走した。

 なんだか今日は狭い場所を這いずってばかりな神である。


「おお!」


 狭い空間からでるとそこには広大な空間が広がっていた。

 だが照明が灯っていないのか、工場内とは違い薄暗い。

 見たこともない巨大なタンクが並び、銀の筒へと次々と液体が注ぎ込まれている。

 そこはまさに薬の生成場所だった。

 今までにないほどの濃厚な神の香りがする。

 まるで神の体内にいるかのようなおかしな濃度の香りに頭がくらくらする。

 一際強い香りがする方向、そこにはタンクとはひとまわり小さいガラスの培養槽が鎮座していた。

 全てのタンクは大元を辿ればそこと繋がっている。


「なに……?これ」


 肩の上に乗ったエト人形が怪訝そうに声を漏らす。

 ガラスの中はワクチンよりも濃い緑の液体で満たされていた。

 淡く発光するその液体の中に何か浮いている。

 小さな肉片。

 所々に白い毛を纏ったそれは皺だらけで萎びていた。

 何かの前足。

 孤狼はその前足に見覚えがあった。


「……因幡?」


 そこに浮いていたのは兎の前足だった。

 



……………………………




…………………




……




「…………なんだ?人の気配がしたんだがな」


 第13都市中央部に聳え立つ一際高いビルその最上階付近の一室。

 書類が山と積まれたその一室を男が何かを探すように視線を巡らす。

 だが何も見つけられなかったのかしばらくすると頭を振って部屋から出ていった。


「ふー」


 男が出ていってから数秒、机がゴトリと動いた。

 机の引き出しが開き、中から剥き出しの手が顔を出す。

 手首から先のないその手は指を器用に動かすと地面に着しした。

 隣の机の引き出しも次々と開き、中から身体のパーツが出てくる。

 それらがパズルのようにより集まり身体を形作っていく。


「人形のいいところは身体をバラバラにすれば、考えもつかないようなスペースにも隠れられるとこだよね〜」


 バラバラになっていたのはエトの人形だった。

 彼女はDr.の情報を調べるためこのビルに侵入した人形のうちの1体だ。

 そう、そのうちの、1体である。

 標準サイズから小さいサイズまで、何体もの人形がビルに侵入し情報を探っていた。

 そしてそれなりの情報も仕入れていた。


「まずいことになりそうだねー」


 手に持った書類をピラピラと揺らしながら彼女はため息をついた。

 書類にはある薬について記されている。

 この都市の医療組織の頂点に君臨するDr.、エトは彼を調べてこの書類に辿り着いた。

 そこには感染を完治するワクチンの完成を約束する公約が書かれている。

 それも発布されたのは何十年も前だ。

 そんな昔からDr.は薬の完成を確信していたのだろうか。


「神か神じゃないのか、それが問題だな」


 神でないと困る。

 というよりあれは神の呪いなのだ、人間規模でどうにかできるとは思えない。

 あるいは…………神の知識、神のDNAをいまだに人間が保有しているのならば話は変わってくるが。

 なんにせよ本人に会ってみないことにはどうにもならないか。

 エトは人の気配がないことを確認すると、人探しを続行する。

 一階から順々に探索してきたが、それらしき人間は見当たらなかった。


「あとは、ここか」


 最上階中央部にある部屋。

 この部屋だけ使われた形跡がなかった。

 調べている間、誰もこの部屋を出入りしていない。

 黒い扉は閉じたままだ。

 それどころか、この部屋だけは空調のダクトすら通っていない。

 出入り口は正真正銘このドアだけ。

 そんなことってあるだろうか。

 空気すら漏れ出す隙間もない、中は真空だとでもいうのか?

 怪しい、怪しすぎる部屋だ。

 だが侵入は難しい。

 その扉には鍵穴どころかノブすらなかった。

 どうやって、開けろと?

 …………ノックでもしてみるかー?

 もうどうとでもなれとばかりに扉を叩くエト。


「はい?」


 扉を叩いた瞬間、音もなく扉が開いた。


「………………」


 入れとばかりに扉の向こうの廊下に明かりが灯っていく。

 向こうに侵入が勘付かれていたのだろうか?

 だが監視カメラの類は気を使っていたし、人に見られるようなヘマはしていないはずだ。

 まぁ……先輩の方で何かやらかしていたならどうしようもないけど。

 エトはどこか抜けているところのある犬の先輩を思い浮かべる。

 頼りにはなりそうだけど……やらかしそうな危うさもあるからなぁ。

 どのみちこちらの存在は感知されているようだ。


「招待でもしてるつもり?」


 向こうがどうぞと言うならば、躊躇うことはない。

 Dr.を探りにきているのだから。

 罠を恐れる必要などない、こちとら神性を分けられただけの人形、本体に危険は及ばない。

 エト人形は堂々と中へ入っていった。

 廊下の先、アルーコール臭い部屋の中にそれはいた。


「え」


 いた、という表現は正しいだろうか。

 それはぶら下がっていた。

 ゆらゆら、ゆらゆら、投げ出された肢体が揺れている。

 首にかかった荒縄が軋む音がどこか非現実的だった。


「やぁ」


「うわぉッ!!」


 まさか、話しかけられるとは思わず、エトは素っ頓狂な声を上げた。

 首吊り死体だと思っていたものが首を傾けこちらを見据える。


「な、何してるの君!!?」


「自己嫌悪中なんだー…………と言っても死ねないんだけど。いや、そもそも僕って生きてるって言えるのかな」


 何を言ってるんだお前、とエトが見つめる中、それはまるでブランコのように身体を揺らす。

 その身体からは独特の駆動音が鳴り響いていた。

 キュイキュイと軋む関節。

 それは一見すると人のようだがよく見ると作り物めいている。

 その瞳の煌めきはガラス細工のように、精巧すぎた。


「え!何?この都市のトップって機械なわけ!?」


 それは人を模したロボットだった。

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あの〜犬神じゃが……寝てたらなんか人類滅んどらんか? 黒葉 傘 @KRB3

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