第123話 血の一滴まで、あなたのもの2

 ライラ様が私に結婚しようって、ライラ様自身が私と結婚をしたくてプロポーズしてくれた。


 それを、ライラ様の口から三回も言ってもらってようやく理解した。

 その瞬間、私の中から感情があふれてきた。ドキドキして、嬉しいって気持ちで浮き上がりそうだ。

 あんなに戸惑っていて、結婚することに不安な気持ちがあったのに。ライラ様が本心から私と結婚をしたいんだって理解した途端、私はどうしようもなく嬉しくなった。


「ライラ様、本当に、私と結婚してくれるんですか?」

「だから、さっきからそう言っているだろう。それより、お前だ。エスト、私は、お前の気持ちを聞いていない」

「あ……」


 ライラ様はそう言って、私の頭から手を滑らせ、頬から顎先にいき、すっとその手を私から離した。まっすぐに私を見つめ、何もかもわかりきっているみたいな顔でそう言った。

 確かにその通りだ。結婚が嫌ではないとは言ったけど、ライラ様みたいにはっきりと言ったわけじゃない。いやむしろ、何も言っていない。

 ライラ様は全部わかっているだろうけど、だとしてもちゃんと私の口から伝えなくてはいけない。


「あの、私……私と……」


 えっと、どういう風に言えば。結婚してください? いやでも、それだとプロポーズ返しになるのでは?

 言葉に迷う私に、ライラ様はふっと笑って指先で私の毛先にふれた。それに軽く引かれるようにして泳ぎかけた視線をライラ様に戻すと、ライラ様は私と目を合わせて顔を寄せてきた。

 肩を寄せ合うような距離で、ライラ様は微笑んだ。


「エスト、私と結婚してくれるな?」

「っ、はい……。私も、ライラ様と、結婚がしたいです」


 そしてもう一度、私にプロポーズをしてくれた。私はそれに、今度こそストレートに応えた。感じるままに喜んで、私の気持ちを伝えた。

 ちょっとだけ、涙がでてしまったのはご愛敬だろう。ライラ様の優しさが嬉しすぎて、どうしてかそうなってしまった。

 ライラ様はそんな情緒がおかしい私に慌てることなく、微笑んだままそっと涙をぬぐい、そして手を伸ばして私を引き寄せた。

 三十センチの距離を飛び越えて、私の上半身はライラ様の腕の中におさまった。


「ああ、よく言えたな。偉いぞ」

「えへへ。ライラ様、ありがとうございます。その、何度も言わせちゃってすみません」

「構わん。お前だから許してやる」


 ライラ様はそう言って肩口にあたる私の頭を撫でておでこにキスをしてそう囁くように許してくれた。

 そのちょっと掠れたような優しく甘い声音に、ぞくぞくするくらい幸せな気持ちになってしまう。


 ライラ様は普通にプロポーズしてくれたのに、私は勝手に不安になっていい返事をしなかった。なのにライラ様は丁寧に私の不安を消してくれて、その上で私の為にもう一度プロポーズしてくれた。

 優しすぎる。しかも私もって答えただけで褒めてもらえて、甘やかされすぎている気がする。でも、でもあらがえない。一生このまま甘やかされたい。ライラ様のこともっと好きになっちゃう。はー、好きすぎる。


 ライラ様に私のこと好きすぎでは? なんて直球すぎる言葉についつい言っちゃうけど、どう考えても私の方がライラ様のこと好きすぎる。ライラ様と結婚。嬉しい。しゅき。


「じゃあ、結婚式はいつにするんだ? まあ今すぐは難しいかもしれんが、来月でいいか?」

「え?」


 とろけるような幸せな心地でいたけど、ライラ様の言葉で現実に戻される。いやいや、三か月かけた二人の結婚式もめちゃくちゃぎりぎりだったのに、そんなわけない。

 一回しているので多少流れはできているとはいえ、ドレスは当然オーダーでつくるし、司会者も決めなきゃいけない。それに二人はそろっていらないって言ったけど、私はどうせなら結婚指輪欲しいなーと思ったり? 指輪じゃなくてもお揃いのほしい。

 最初にライラ様からもらったブローチも大事にしてるけど、大きいし気軽に使いにくいからなぁ。いつでも目に入るところに身に着けられるものっていいと思うんだよね。髪留めとかでもいいけど。


「うーん、この島での初めての冬がどんな感じかわからないので、春とか、夏のお誕生日にしてもいいんじゃないですか?」

「は? そんなに先にするのか?」


 今回の結婚式でマドル先輩にはかなり頑張ってもらった。休憩もしてもらいたいし、ゆとりをもってつくるとしても最低でもドレスで三か月はとりたい。

 今回秋なのでいろいろフルーツ類もあったけど、冬は食材も限られてくる。早くても春にするのが無難だろうし、すぐに誕生日も祝うのもあれなので一緒にしちゃうのが無難な気もする。


 のだけど、すごい不満そうにされてしまった。


「今回三か月でしたのだってマドル先輩に、めちゃくちゃ頑張ってもらって、私達だってデートあんまりできなかったじゃないですか。そこまで急ぐ必要はなくないですか?」

「む……必要はない、が……」

「?」


 そもそも結婚式ってタイミングとかあるし、そんなすぐ今言って今あげられるものでもないだろう。この島だからだけど、普通の街でなら会場の予約だってあるだろうし、お誘いする人の予定もある。

 今回は二人があんまり希望をあれこれ言わない、と言うかそもそも結婚式と言う概念がほぼなかったから何でも喜んでくれたのでスムーズに決まって作業を頑張るだけで間に合ったけど、終わって見てあれもできたなぁこういうのもしてもよかったかなぁとか色々思い出したりもした。急いでやって後悔したくないし、最低でも来年になるのは普通だと思うけど。


 首を傾げると、ライラ様は私を抱きしめる腕の力を強め、ぐっと肩を寄せてきた。もはやお互い椅子からちょっとはみ出るくらいになって私の上半身の左側とライラ様の右側がぴったりくっつけている。

 そうして肩を組んだような状態で、ライラ様は左手を離して私の頬をぷにぷに遊ぶようにつまんできた。


 顔が離れてその表情はよく見えるけど、すごく不満そうと言うか、ちょっとすねてるみたいな顔だ。ちょっと子供っぽう表情、とても可愛い。


「……お前は、早く私と誓いを立てたいと思わないのか?」

「うっ」


 表情から可愛かったのに、責めるようにそんな風に言われて、胸を撃ち抜かれないはずない。結婚の約束をしたばかりのスパダリすぎる格好いいライラ様が、そうかと思えば子供っぽく拗ねて見せるとか、可愛すぎるでしょ。ギャップで私はメロメロのトロトロになっちゃうよ! 


 思わず胸をおさえるほどときめいてしまった。はー、可愛すぎる。


「はー、ライラ様、好きです」

「……お前な、この流れで何をしみじみ言っているんだ。質問に答えろ。都合が悪くなるとそう言って、ごまかすな」

「すみません。でも誤魔化してるんじゃなくて、ライラ様が好きすぎて心臓がとまっちゃいそうなくらいときめいているので、その気持ちが言葉になってもれちゃうんですよ」

「ふん。ときめいているからって、私の質問を無視していいと思うなよ。どうせ答えられないと言うなら、口をふさいでやってもいいんだぞ」

「もー、脅さないでくださいよ」


 この距離なら私の鼓動も聞こえているはずなので、ドキドキしてときめいているのもばれているのだ。なので嘘じゃないのは伝わっているのだけど、それはそれとして会話はしろとご立腹だ。それはおっしゃるとおりである。ごまかすつもりではないとはいえ、話の腰を折りすぎだ。

 でもその脅し文句もどうかと思う。何かと言えばそう言うけど、多分本気なんだろうけど、私だって、ふたりっきりならそう言うのも普通に嬉しい提案なのに。


 ライラ様ときたらスキンシップ過多なので最近はまあ、すぐ傍じゃなかったら頬とか額へのキスならいいかなとほだされてきているけど、さすがに唇はこんなひらけた場所では恥ずかしい。

 視界の奥には二人がいるわけだし。と言うか、マドル先輩もちょこちょこグラスが空いてないか見に来てくれてるしね?


「脅しではないが。答えないのか?」

「んふふ。じゃあ答えます。ライラ様、式はすぐには無理ですけど、誓いだけなら、今すぐにだってしますよ」

「なに? お前、それは……それはどうなんだ? 意味があるのか?」


 喜んでくれるかと思ったら普通に困惑されてしまった。ライラ様は私と肩を組んだような状態で、左手を自分の顎にもっていって首を傾げてしまう。誓いの定義について真面目に考えているんだろうか?


「意味はありますよ。私は、ライラ様に嘘を誓いませんから。ライラ様も、私に嘘の誓いはしないでしょう?」

「う、ううむ。それはそうだが、結婚式で誓いをしないのはどうなんだ?」

「結婚式でも誓えばいいじゃないですか。何回でも、私はこの気持ちを誓いますよ」


 誓いは一度しかしちゃいけないなんてルールはない。同じ内容を何度誓ったっていいし、内容を少し変えたっていい。愛は何度誓ったっていい。私のライラ様への愛は、何度でも胸を張って言えるものだ。

 私の答えに、ライラ様は顎から手をおろして一瞬呆れたような顔になってから、くすっと破顔した。


「お前は……本当に、予想外なことばかり言うやつだ」

「えー、嫌ですか?」

「いや……私はお前の、そう言うところが好きだ」

「んふ! も、もう。ライラ様だって急に告白してるじゃないですか」

「ふむ、そうか。そうだな。はは。確かにな」


 突然の告白にちょっとびっくりした。ライラ様もさっきこんな気持ちだったのかな。でも、全然嫌な気分じゃない。むしろもっと言って欲しい。いつでも突然言ってくれてもいい。その都度、新鮮に告白された気持ちになれると思う。

 でもライラ様は何事にもまっすぐだから、会話の流れを折られたくないんだろうなぁ。そう言う真面目なところ、格好いいよね。好き。


 ライラ様は笑いながらそっと私の肩を掴んでいた手を離した。私は椅子に座ったままライラ様の方に身を寄せつつ、左手を椅子について体をライラ様の方に向けた。

 ライラ様はそんな私に笑い声を潜め、そっと向かい合うように身を寄せて座りなおしてくれる。お互い曲げて椅子から飛び出た膝同士がぶつかりそうな距離だ。


 身を乗り出して手をとると自然に握り合うかたちになった。何も言わなくても、自然に動きも瞳も合う。それだけ、長い時間を過ごしてきたんだ。

 今更ながら、付き合って一年だし、なんてひどい言い訳だとおかしくなってしまう。


 私はじっと私を見て言葉を待ってくれているライラ様に微笑みかけながら、心からの言葉を口にする。


「ライラ様。私は、ライラ様を、苦しい時も、元気な時も、嬉しい時も、悲しい時も、死が二人を分かつまで、愛することを誓います」

「待て。一つだけ、訂正させろ」

「え、なんでしょう。あ、私が言ってライラ様に頷いてもらって、ライラ様にこの言葉を言ってもらう方がいいでしょうか」


 気持ちが急ぐあまり、勝手に誓いだしてしまったけど、立会人がいないので形式がまだ決まっていなかった。お互いに問いかける方がよかったかな?

 と思って謝ると、ライラ様はぎゅっと私の手を握る力を込めながら、ちょっとだけ前傾姿勢になってさらに顔を寄せながら否定した。


「そうじゃない。死が二人を分かつまで、ではないだろう」

「ん? じゃあどういう文言がいいですか?」

「死が二人を分かつとも、だろう? お前は、死んでも私のものだと。私はずっと前から、そう言っているだろうが」

「……はい。はい、そうですね。死んでも、ずっと一緒にいましょうね」


 定型文だと思って、そこは気にしていなかった。でも、私は実際に死んだ後に転生して今を生きている。次に転生しないとは限らない。もちろん、また記憶があるとも、ライラ様と同じ世界に生まれるとも限らない。たまたまその両方がかなっても、この広い世界で出会える可能性がどれだけあるだろう。

 でも、それでも、今この瞬間、この生において、来世も願うほど愛していると言うのは、私も同じ気持ちだ。なるほど、確かに私たちにとっては的外れな言葉だろう。


「じゃあ改めて、私はライラ様を、苦しい時も、元気な時も、嬉しい時も、悲しい時も、死が二人を分かつても、ずっとずっと、愛することを誓います」


 私が気持ちを込めてそう言うと、ライラ様はふんわりと微笑んでくれる。そして柔らかな声で応えてくれる。


「ああ。私も誓おう。私は、エストを、苦しい時も、元気な時も、嬉しい時も、悲しい時も、死が二人を分かつても、時が私とお前を隔てても、必ずお前を見つけ出し、愛し続けることを誓う」

「ライラ様……嬉しいです」


 私の言葉にさらに付け足して、ライラ様はそう言った。いつか死んで、生まれ変わって、そうなっても私をあきらめないと。そう言ってくれている。

 そうライラ様が言うなら、私も信じたい。諦めなければ、何度生まれ変わっても、私はライラ様と出会えるって。


 ライラ様の強い、強すぎる誓いの言葉に、私は目がうるんでしまう。私が今結婚するのに怖がっていた時から、ライラ様はもっともっと長い視野で、私を求めてくれていたんだ。

 嬉しい。幸せ。そんな単語だけでは表現しきれないのに、これ以上ないくらいシンプルなそんな言葉しか頭に出てこない。


 そんな私に、ライラ様はそっと目の縁をなでるようにして涙をぬぐってくれた。一瞬その指で私の目は閉じ、開いた視界はライラ様でいっぱいだ。

 握っているライラ様の手が、私の手を引く。その瞳が、どこか悪戯っぽく私をとらえている。


「ふふふ。死んだくらいで、私から逃げられると思うな。例え生まれ変わっても、お前の全て、髪の先から足のつま先、その血の一滴まで、お前を構成する全ては、私のものだ」


 そう続けられたライラ様の言葉は、誓いの言葉を冗談っぽくしながらも、より強く私を求めてくれるもので、私はたまらずライラ様の椅子に膝をついて乗り込んで、ライラ様にぶつかるように身を寄せた。

 するとライラ様はふわっと私の足が椅子と椅子の間に落ちないように持ち上げて、自分の体の上になるようにして膝の上に座らせてくれた。


「ふふ、エス、ん?」


 ライラ様の体をまたぐように座っていて、このままライラ様を押し倒せそうな姿勢で都合がいいので、そのままちょっとだけおしりを持ち上げ、ライラ様の唇にちゅっとキスをした。

 ライラ様は楽しそうに笑いながら私の名前を呼ぼうとしたけど、途中で私が顔を寄せたので不思議そうにしながらキスを受け入れてくれた。


「えへへ」

「ふ、ふふふ、どうした? いつもはこんな場ではいつも嫌がっていた癖に」


 唇を離して至近距離のまま笑うと、ライラ様は私の頭を撫でながらからかうように聞いてくる。


「だって、あんまりライラ様が嬉しいことを言って、幸せな気持ちにさせるから。それに、これは誓いのキスなので、セーフです」

「そうか。ふふふ」

「そうです。それに、誰も見てませんよ」


 と言いながら念のため振り返って後方を確認。マドル先輩はさっき遠ざかったばかりだし、あの二人は海の方に入って……あ、あれ? ネルさんからなんだか露骨に顔をそらされてしまったぞ!? イブの方は小さいからわかりにくいけど、二人とも私のこと見てたかも?

 う、嘘でしょ。見られてた。……いや、ち、誓いの、キスだから。


「………」

「ははは」


 自分に言い訳をもう一度言い聞かせてみたけど、やっぱり恥ずかしすぎたので背中をまげてライラ様の胸元に顔をうずめて羞恥を誤魔化しにかかる。ライラ様はぽんぽんと私の頭から背中まで軽く叩いて慰めながら笑う。


「う、うう。ち、誓いのキスですもん」

「そうだな、エスト。じゃあもう一度、私からの誓いのキスも、受け取ってくれるな?」

「っ、はいっ」


 恥ずかしい。でも、ライラ様の誓いの言葉が本当に嬉しかったから。本当に、練習とかお遊びじゃない本気の誓いの言葉だから。

 だからこれは、セーフだ。


「エスト、愛しているぞ」

「はい。私も、愛してます」


 目を閉じれば、この世界には私とライラ様だけになる。ライラ様の唇が触れる。これから何度でもする、永遠の誓い。


 この先、私が死んでエストでなくなってしまっても。ライラ様がライラ様じゃなくなって、まったく別の人として生まれかわっても、それでも何度でも誓おう。

 私の全部、血の一滴まで、あなたのものだって。






 おしまい。







これで完結になります。

読んでくださりありがとうございます。

できれば感想をいただけると大変嬉しいです。

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最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。

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血の一滴まで、あなたのもの 川木 @kspan

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