第122話 血の一滴まで、あなたのもの1
二人の結婚式が終わった。これまで毎日それに向けて頑張っていたし、昨夜はライラ様のシスター服を堪能したのもあって、さすがにちょっと疲れが残っている。今日は二人もお寝坊だろうと思ってだらだら起きてきたら、まさかの二人はいつも通りに起きてすでに海で遊んでいてびっくり。
「あの二人、元気ですよねぇ」
「今日はずいぶん年寄り臭いな」
「え、ひどーい」
と言うことで本日は玄関を出てすぐ前にある屋根付きの寝そべりベンチでまったりすることにした。ライラ様だってこうやってのんびりするの好きなくせに。
季節は秋。ずいぶん涼しくなってきた。南の方で冬もそこそこ温かいのだけど、海に囲まれたこの島は夏もそこまで熱くない。年中バカンス気分は言いすぎだけど、まだまだ海が楽しめる。
「いいですねぇ……」
「……そうだな。悪くない」
あー、青い海、青い空。心地よい潮風に吹かれつつ、屋根の下で日差しからは逃れ、ベンチ右手側にあるミニテーブルには冷たい飲み物。左を向けば麗しいライラ様。最高すぎる。
ちらっとライラ様を見る。目が合う。にこっと微笑まれる。笑い返すつもりじゃなくても顔が勝手に緩んでしまう。ライラ様が海に映える。
「……ふっ。本当にお前は、私が好きだな」
「はーい、好きでーす」
「うむ……うむ。ごほん。まあ、なんだ。別に、真似をするわけではないが」
優しくもからかうようなライラ様の声音にのんびりめの声でまっすぐ返すと、ライラ様はにんまりと目じりを緩めてから何やら軽く首をふって表情を引き締めた。
そしていつになく歯切れの悪い様子でごにょごにょ言い出した。目まで泳いでいる。
「うん? どうかしました?」
「……」
なんだか心配になると言うか、真面目な話っぽいので私は背中を預けるのをやめて起き上がり、ライラ様にちゃんを顔を向けて促す。ライラ様も私に合わせて起き上がってくれたけど、なにやら頭を掻いて顔をそらしてしまう。
「ライラ様?」
「……うむ。……ええい、こういうのは私の性に合わん。エスト、はっきり言うぞ」
「は、はいっ」
顔を覗き込むとじろりとその大きな瞳で見下ろされる。いつも通り綺麗な目。と思いながら見ていると、ライラ様は
しばしの沈黙のあとにぐっと私の鼻を掴んでから、そう宣言して手を離した。
隣同士の席とはいえ、小さなテーブルがあり三十センチは離れている。それでも、ライラ様が身を乗り出す様にして私に顔を寄せてくるとその距離はもうあってないようなものだ。
もう何度だって顔を触れ合わせてきた。ゼロ距離以上に近かった。それでも、こうして真正面から顔を合わせると、何度でもドキドキするなぁ。
「……私たちも、結婚するぞ」
「えっ!? け、結婚!?」
ぼんやりとライラ様に見とれながらライラ様の言葉を待っていると、突然言われた言葉が一瞬入ってこなくて、ただただ驚いて馬鹿みたいにオウム返しに尋ねてしまった。
いやだって、結婚? 確かに、あの二人の結婚式を見て、幸せそうな笑顔を見て、いいなぁ。私も結婚したいなぁ。と思わないと言ったら嘘だ。
するとしてその相手はライラ様しかいないし、多分、結婚してとお願いしたら、ライラ様だって否とは言わないだろうとは思った。そのくらいには愛されている自覚も自負もあった。
でも結婚って、お互いにしたいって思ってしないと意味がない。少なくとも私にとってはそうだ。
だから全然、今すぐなんて考えてなかった。そもそもあの二人が結婚するのはもちろんいいことだとして、私とライラ様はまだ付き合い始めて一年だ。結婚なんて早いくらいだ。
いつか、ライラ様がその気になったらしたいけど、今ではないと思っていた。
なのにまさか、ライラ様の方から結婚なんて言われるなんて。
「……なんだ、その反応は。嫌なのか? この私に何の文句があると言うんだ。直すから言ってみろ」
「いやいや、もちろん、ライラ様との結婚が嫌なんてことないですよ。ただびっくりしちゃって」
ぽかーんと間抜け面をさらしてしまったであろう私に、ライラ様は怒るではなく拗ねたような顔でそんな可愛らしいことを言ってくる。
ライラ様、何の文句があるとかめちゃくちゃ偉そうに言いながら私が言ったら直そうとするところ、だから可愛すぎるって。
「だったら、結婚してもいいな?」
「い、嫌じゃないですけど、まだ恋人になって一年ですし。早くないですか?」
「ふむ。言いたいことはわかるが、そもそもお前とはもう何年もの付き合いだ。出会って間もないあの二人が結婚をして、十年近く付き合いのある私たちが結婚をしておかしいことはないだろうが」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
なんだかぐいぐい来るライラ様に、私はつい及び腰になってしまう。いざ結婚するとなると、ほんとに私でいいのかなとか思ってしまう。
私はライラ様の吸血鬼の花嫁になった。普通の人間の寿命を超えて、ライラ様が死んだら私も死ぬ。でもライラ様からはいつでも私を捨てることができるものだ。
捨てれられると思ってるわけじゃない。私はずっとライラ様のものだって言ってくれている。
でも結婚って、なんていうか、重くない? 恋人同士でいちゃいちゃしながらずっと一緒。なんて軽口をたたくのとは違う。結婚は本当に本気で一生を約束する行為だ。
ライラ様の人生は長い。これからの長い長い人生、そんな軽い流れでずっと私に縛り付ける約束をさせていいのかなって。そんな風に考えてしまう。
ああ、私って馬鹿だな。いつか結婚したいなんて軽く考えていた時はこんな風に考えもしなくて、いざ本気でライラ様が言ってくれてからこんなことばかり考えて怖気づいてしまうなんて。
「……エスト、何が不安だ? 言ってみろ」
私の態度から何かを察してくれたのか、ライラ様は優しくそう促しながら、私の頬をなでる。真正面からライラ様の顔を見る。
いつでも何度でも私を魅了する、美しい赤い瞳。この美しいものが私だけを見ている。その事実が私をどうしようもなく満たしてくれる。
「えーっと、うまく言えないんですけど、結婚って、一生一緒にいるっていう、誓いじゃないですか。簡単に破ったらいけない、お互いに誓い合う大事な誓いじゃないですか」
それに背を押されるように、私は口を開いていた。
「ああ、そうだな」
「ライラ様はまだまだ長い寿命があるわけで、もしもですけど、百年もして私のことが嫌になっても、結婚したら簡単に別れられないっていうか、私が嫌っていうこともできるわけで……あんまり、安易に結婚していいのかなって風には思ってます」
「……ふっ。ふふふ。なんだそれは、お前、私のことを心配して言っているのか?」
「うーん、その言い方があってるのはともかく、そんな感じと言うか」
ライラ様の心配、なのだろうか。ライラ様が私と離れたいと思っても安易にそう言いだせない枷になるかもしれない、結婚と言う誓いをするのはどうなのか。それは、ライラ様の心配なのか。
それとも、そう言う風に気を使われたとしたら、自分がみじめだからか。ライラ様に無理をさせる自分が嫌なのか。そこまで自分の感情をうまく言語化できない。
「エスト、確かに私はお前よりよっぽど長く生きている。だからお前はそんな心配もするんだろう。だがな、お前は何もわかっていない」
「えっと、何をでしょう」
私の頬から手を離し、おでこをつんとつついて苦笑しながらライラ様はそう言った。私は何もわかってないなんて、まあそう言われたら否定はできないけど。いったいなんのことなのか。
「そうだな、例えば……これから冬になる。寒くなってくるだろう。そう考えた時、何を思い出すと思う?」
「え? えー、そうですねぇ。冬と言えば、やっぱりお鍋ですかね。」
突然始まる連想ゲーム。冬と言えば、やっぱり鍋でしょ。真面目に答えたのに、何故かライラ様はまた笑う。
「ふっ。そうだな。熱々の料理を食べるエストだ。あとは寒い寒いと言いながら機嫌よくくっついてくるエストだとか、雪の中走り回るエストだとか、色々あるな」
「な、なんだかそう言われると、私ばっかりって言いますか」
「そうだ。エスト、私の頭の中はお前ばっかりだ」
「!」
まさか優しい微笑みのままそんなことを言われるなんて思わなかった。からかうでもなく頭の中が私ばっかりなんて言って、そんなの、私の頭の中がおかしくなってしまいそうだ。
「お前が来てからの時間なんて、私が生きてきたこれまでのほんの一部でしかない。だと言うのに、私が思い出すほとんどすべてに、お前がいるんだ」
「そ、それはその……私のこと好きすぎでは?」
「ふふふっ。ははは、そうだな。その通りだ」
ライラ様は笑って私の軽口を肯定してしまう。固まる私に、ライラ様は笑ったまま私の頬に触れ、唇を親指で撫でた。
「だから私がお前のことを嫌いになる心配など、必要ない。だいたい、お前が先に言ったんだ。もう忘れたのか?」
「え? 何をですか?」
「お前にとってはもう何年も前で昔のことでも、私には違う。最初のお前の誕生日に、約束しただろう。お前は、死んでも私のものだと」
「あっ。で、でもそれはあくまで、食料としての私であって、その」
言われてみれば確かに、そんな会話をした。忘れたわけじゃない。ライラ様と死ぬまで一緒にいたくてお願いしたんだ。例え私の血が不味くなっても、最後まで血を吸って欲しいって。
その時はこんな関係になるなんて、想像もしてなかった。
「そうだな。だが、その時からずっと、私はお前を手放す気はなかったことには変わりない。私はもう、エストのいない世界では生きられない。それをお前はわかっていない」
「ライラ様……」
今思い出しても図々しいお願いだ。ライラ様が私に飽きたら捨てられる。そう思っていたからこそ、逆にがむちゃらに求めることができたんだと思う。
でもあの時、当たり前みたいにうんって言ってくれたから。好意をしめしてくれたから。私は、ライラ様を信じることができた。
そうだ。ライラ様は最初から、私の気持ちにまっすぐ応えてくれていた。
そして今、ライラ様はまた私に、自分から永遠を約束してくれようとしている。
「わかったか? お前の心配が杞憂だということが」
「……ら、ライラ様は、私と、結婚をしたいんですか?」
「さっきからそう言っているだろう。全く、本当にお前は、馬鹿だな」
私の馬鹿みたいな確認に、ライラ様は苦笑して私の頭を撫でながら肯定してくれた。甘い馬鹿と言う言い方が、私の心にじんと染みてくる。
そうか。ライラ様は、私と結婚をしたいのだ。二人が結婚したからとか、なんとなく流れでとか、私がしたそうだからとか、なんか楽しそうだからとか。そう言うことじゃなくて。
本当に、ただシンプルに、私と結婚して、一生を共にすることを誓おうと言ってくれているのだ。ライラ様がそうしたいからしようって、プロポーズしてくれているのだ。
それをようやく理解して、私は胸がどきどきして、苦しいくらいになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます