第121話 きゅーちゃん視点 番外編 いつか誰かが見た夢
私たちは大昔、もっともっと大きな島で暮らしていたらしい。姿かたちの違う色んな人達と一緒に暮らしていて、私たちは大きな王様にお仕えしていたらしい。
私たちはなんとなく、相手が考えている感情がわかる。使っている言語が違う人とでもなんとなくだけど意思疎通ができる。王様は私たちをとっても可愛がってくれていた。
だけどその島では多くの戦いが続いていて、私たちの先祖はそれが嫌になって大きな船に乗って島を出てきたらしい。
そうして今私たちが住んでいる島にたどり着いた。たくさんの困難があり、全滅をしないようそれぞれ住む場所を分けて暮らしてきた。その間にたくさんのことが失われて、今の私たちは船をつくってこの島をでていくことはできない。
この島にきたご先祖さまたちは、いつか、もっと優しくて平和を愛する王様にお仕えするのだと夢をみていたそうだ。だけど今を生きる私達にはよくわからない。王様ってどんな人で、仕えるってどういうことだろう。それって幸せなことなのかな。
そんな風に、時々遠い昔の人の歴史に思いをはせることがあった。
そしてあの日、私は、ううん。私たちは、ずっと求めていた王様に出会ったのだ。
エスト、と呼ばれるあの人は、すごく大きくて、だけどちっとも強そうじゃなかった。他にいる家臣の人はもっと強そうな人ばかりだった。だけどエストが中心に動いていて、一番偉い人なのは間違いなかった。
何か知らない生き物がこの島にやってきたことはわかっていた。私たちは生きるのに必死で、危ないことには近寄らないように言われていた。
だけど私は大きな人たちを見て、もしかして昔仕えていた大きな王様の仲間なのかなって思って、何度か様子を見ていた。何か大きな果物を穴にいれていたのに興味を持って近づいて、私は穴に落ちてしまった。
そして、エストに助けられた。エストは私に優しかった。彼女の感情はずっと温かくて、みんなを温めて照らす、太陽みたいだって思った。この大きくて優しい人こそ、私たちが探していた王様だって思った。
だからみんなに相談した。その人が王様にふさわしいか確認すると言う話になって、族長をつれて会いに行った。突然の訪問にも、エストは嫌な顔ひとつしなかった。エストだけじゃない。驚いていたり、少し警戒はされていたりしたけど、全員私たちに悪い感情をもっていなかった。
そうして温かく迎えてくれて、美味しいご飯をくれて、極めつけに、私たちを船にのせて、あの渦を超えてくれた。
優しいだけじゃない。大きな力を持っていて、その力で、笑顔をくれる。エストが、私たちがずっと待っていた王様だ。
みんな押し掛けて、全員で王様に忠誠を誓った。突然で言葉も通じないのに、ちゃんと私たちの気持ちを汲み取ろうとしてくれて、部下にしてくれた。
こうして私たちはずっと待ち望んでいた、優しい王様を手に入れた。
王様たちはたくさんのご飯をつくっていて、見たことない美味しいものをたくさんつくってくれて、服をつくってくれた。大昔、この島に来る時につかった船の一部らしい布と言う素材は、もう私達には作り方がわからない。
それをふんだんに使った贅沢な品を、私たち全員につくってくれて、みんなに一人ずつ着させてくれた。こんなに優しい王様が、他にいるのだろうか。
私たちは感情がわかるので、私たち同士は相手が感じることを自分のことのように感じて共有することができる。それでも個別にそれぞれ人格があり、個性がある。
そのひとつひとつを尊重してくれるなんて、きっとこんな王様は他にいないだろう。この世界に一人だけの大切な宝物だ。大切にしよう。
こうして私たちの生活は大きく変わった。以前のように住居を分けなくなった。王様に近いところに大きな集落を作り直した。今までやったことがないお仕事ばかりだけど、そのどんなお手伝いも、全部楽しいことばかりだった。
これからずっと、平和で優しい日々が続くんだろう。そう信じられる。
王様もいつも楽しそうだ。配偶者のライラはいつも王様に付きっ切りで、きっと王様の護衛も兼ねているのだろう。
王様の部下であり、私たちからしたら上司にあたるネルとイブがどうやら婚姻を結んだらしい。
今日は、その二人の結婚式だ。私たちもするけれど、簡略化されてあまり大掛かりなことはしないけれど、王様のところでは盛大にお祝いするらしい。
その前に王様のお誕生日でおそらく建国祭もすごかったけれど、結婚式はさらにすごかった。
私たちも全員招いてもらって、立会人にしてくれた。そしてこれまた見たこともないご馳走をふるまってくれた。
「きゅーちゃん、美味しい?」
「きゅー!」
王様は言葉がわからなくてもこうして話しかけてくれる。それがとても嬉しい。私たちは人数が多いので、きっと全員を個別に把握することは難しいだろう。そうでなくても全員の結婚式をしてもらうのはさすがに大変だ。
でもそれでいい。区別がつかなくても、全員に優しくしてくれる。私だって他の集落の人を全員知っているわけじゃない。
正直、私だけきゅーちゃんと言う特別な呼び名をもらっているのは優越感を感じる。でもそれ以上に誇らしい。この王様と出会えたのは、私があの日勇気を出した成果だと言う証明なのだから。
「きゅーちゃん、みんな、今日は来てくれてありがとうね。明日はお仕事お休みだけど、よかったら遊びに来てくれてもいいからね。それじゃあ、またね」
「きゅー!」
見送ってもらい、ぞろぞろとお家に帰る。家の中もすっかり前と雰囲気が変わった。
この建物の近くの森の入り口近辺に、以前より大きく地下に広がる集落を作り直した。さすがにまだ全員の家までできていないので、間に合わずに相部屋をしている人も多いけど、私は功労者として優先的にお部屋をもらえている。
早く帰ってリボンの汚れを落とさないと。
「きゅぅ」
「きゅ?」
帰路を急いでいると後ろから声をかけられた。振り向くと元私がいた集落の族長がいて、なんですかと気楽に返事をしてから気づいた。その後ろに全族長が勢ぞろいしていた。
「きゅきゅう」
族長と言っても王様ではないし、一番頭のいい人がまとめ役をしてきた感じで、要するに一番厳しい親戚のおじいちゃんだ。
比較的親しい自分のとこの族長だけならまだしも、他のところの族長はこの間一緒に船にのせてもらうまでろくに話したことがない相手だ。族長たちの感情はフラットだけどどこか緊張しているようだ。
年かさの族長たちはだんだん感情を揺らさないようになるので、いまいち何を考えているのか読みにくいのだけど、私相手に緊張? なんだろうか。そう思いながら恐る恐る問いかける。
「きゅう、きゅきゅーきゅ」
「きゅきゅ!?」
するとまさかの、全員集まって暮らす様になったのだから、今の族長制度を廃止し、私が全員のまとめ役にならないかとのお誘いだった。
真剣なのは口調だけでなくその感情から伝わってくるけど、まさかそんな、昔から好奇心がたたってよく怒られていた私が?
「き」
「きゅうきゅーぅう! きゅきゅう!」
無理です。遠慮します。とわかりやすく全力で感情を伝えて言葉でも断ろうとしたのに、肩を掴まれて、王様に気に入られ個別の名前までいただいた私以外いない! 我々の未来を任せた! と一方的に言われてしまう。
その年外のない素早い動きに驚いているうちに族長は立ち去り、それと入れ替わるようにしてどんどん別の族長が私の肩を掴んで言い捨てていく。
いやー、めでたい! 君のような若者がいつかやってくれると前から思っていたんだ!
もちろんすぐに全権はまかせないし協力もするから頑張るんだぞ!
近いうちにみんなに発表するから心の準備をしておいてくれ!
人数が多いから伝達などの必要な補助役は好きに任命していいからね!
君のリボンは王様から任された証だ! 頑張ってくれ!
と好き勝手に言って足早に去ってしまった。
「きゅ、きゅー……」
全力で断りたいけど、王様に選ばれているといい気になっていたのも事実。しかも今の、帰宅する大勢の中での大きな声で結構な人数が聞いていた。きっとすぐにみんなが知ることだろう。やられた。
気が進まない。そんなまとめ役なんて絶対に私向きではない。私は毎日気ままに王様と遊んでいたいのに。
とはいえ、王様に一番近いのが私なのは事実。それこそ王様から何かご命令をいただいた時の伝達役だと思って引き受けるしかないか。
「……きゅっ」
王様の顔を思い出す。いつでも温かくて傍にいるだけで楽しくなれるあの感情。王様の一番近くでお仕えするためなら、仕方ない、か。
後日、私は補助役として元族長全員と、次期族長候補と目されていたお父さん世代の賢そうな人たちを全員指名して、我々の直属の上司であるマドルからの仕事の割り振りをすることで、無事、毎日王様と遊んでいても大丈夫な新体制をつくることに成功した。
「あ、今日も来たね、きゅーちゃん、おはよ」
「きゅ!」
そして今日も今日とて、王様に一番乗りでご挨拶をするのだ。
きっと、この島にやってきた私のご先祖様も、こんな未来を夢見ていたのだろう。そう思いをはせながら、私は今を楽しむのだった。
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