第2話 トモダチ


 燦々と照りつける朝日に当てられなが、真鍋新太はトボトボと通学路を歩く。一週間前の登校時の高揚した気持ちはどこへ行ったのか。


 ここ一週間、登下校での感情の起伏が激しいように感じる。登校の際は憂いに沈み、下校の際には爽快にステップを踏んでいる。


 理由は明白なのだが、対処のしようがないからどうしようもない。


 どんなに嫌でもそこに向けて歩いていれば目的地には近づいてしまうもので、正面に校門が見えてくる。


 憂鬱な気持ちに侵され、新太はぼんやりと校舎の方を見やる。その間にも足は目的地に向けてしっかりと動いているため、徐々に近づく校舎に嫌気がさす。


 「おっす真鍋!!!」


 「ふぇあぁ!???...お前か、」


 突然の後方からの攻撃に、今まで自分でも聞いたことのないような情けない声を出してしまう。振り返るとやはり、唯一の、新太の友達である田中壮太が立っていた。


 (コイツはいつも突然だよな...、)


 「よそ見してっからだよ。どうしたんだよ、校舎の方をボーっと眺めて...ん、あぁ、あれか。」


 壮太は新太の視線の先を見ると、何かを察したように頷いた。しかし新太からするとただボーっとしていただけなため、壮太が何に納得したのか分からない。


 「?なんだよ、あれって...?」


 「あれだろあれ、女子バスケットボール部の全国大会出場決定のニュース。いやぁ、同じ学び舎で学ぶ者として誇らしいよな!」


  新太は再び校舎の方を見やると、校舎の一番目立つ位置に、祝女子バスケットボール部 全国大会出場、と書かれた垂れ幕が掲げられていた。


 「そんでもって聞いた話なんだけどよ、入ってきた新入生の中にゃ、何やらとんでもなく上手い子がいるらしくてな?上級生もレギュラーの座を奪われんようにと必死らしいぜ。すげぇよな。うちの女バスは...。」


 どうやら壮太は、新太がこの垂れ幕を見ていたのだと勘違いしたようだ。


 「...ちげぇよ...、そんなめでたいニュースに感銘を受けているように見えたのか俺の背中は...?」


 「...いや、どっちかっていうと俺には、隣になると最終的に絶対に惚れてしまうというジンクスを持つ子の隣になってしまい死体確定どうしよう...って境遇に身を置いているような奴の背中に見えたな。」


 「全部分かってんならちょっとくらいいたわってくれてもいいんじゃねえのか!?」


 心からの叫びだったがそれも虚しく、壮太はひょうひょうとしており新太の言葉は全く届いていないらしい。


 しかし壮太の言う通り、クラス替えから一週間、真鍋新太は一つの悩みに苛まれていた。


 そう、姫井吉乃である。


 ここ一週間、新太は自分も彼女の持つジンクスの餌食になるのではないかとびくびくしながら生活を送っていた。


 新太は別に、送って楽しい、後から思い出して楽しいと、二度楽しめるような淡い青春時代を紡いでやろうなんて思っていない。どこにでも転がっているような、それなりの日常を謳歌できればそれでいい。


 だが、性欲や情欲に負けた馬鹿に成り下がり、姫井吉乃の並べてきたアホなジンクスの一員に名を連ねるのは御免なのだ。


 身の丈に合ってない理想の青春を掴もうと躍起になり、その結果笑いものになるのは当然の結果だろう。


 だがジンクスの話を聞く限り、そんな青春を本来は望んでいなかった者もいただろう。もともと持っていた抵抗する意志を理不尽に捻じ曲げられ、死屍累々と化した憐れな先人が。


 新太にとってそれは、怖くて怖くて仕方がないのだ。こうやって今持つ抵抗する意思ごと捻じ曲げられてしまうのではないかと。


 「まぁ、さっと告ってさっとフラれなさんな。夢中になっちまう前にフラれておけば、後を引くこともねぇんじゃねえのか?」


 「他人事だと思って適当なこと言いやがって...。」


 「だって他人事だし。」


 「...それもそうか...、」




__________________________


 朝の友人との至福(?)なひと時は無情にも過ぎ去り、新太は教室前に到着していた。出入り口付近でモタモタしていてもしょうがないため、入室を試みる。


 一歩を踏み入れると、姫井吉乃は既に着席していた。


 いつも通りつまらなそうな顔で、手元の本のページをめくっている。


 (...相変わらず絵になるな。...っ!?平常心...。)


 警戒していることを忘れて見惚れてしまったことに気づいた新太は両頬をはたき、気を引き締め席に向かう。


 「おはよう。」


 席を横切る新太に気づいた吉乃は、本に目を向けながら挨拶をする。


 「!?...あぁ、おはよう。......。」


 気を引き締めていたはずなのだが、挨拶1つでひどく揺らいでしまう新太。が、挨拶は終了したため席に着く。


 (朝からこんなんで先が思いやられるぞ俺。っていうか一人の女子を前にこうまで平常心をぐちゃぐちゃにされてちゃ、コイツを前に散っていった奴らと同じなんじゃ...。)


 「......。」


 「ねぇ。」


 「はい!?」


 互いに挨拶を交わし、それで終了だと思い油断していると、再び声をかけられた。


 気が動転し、返事が敬語になったうえに、声が裏返ってしまう。そんな新太の様子に呆れたのか、彼女の方を見ると、ジト目を向けられていた。


 何か気に障ったのだろうか。


 「アンタってさぁ、毎度のことそんな感じだけど、なんなの?」


 「えぇ...、なんなのって言われましても...、?」


 主語のないチンピラのような質問に新太は動揺する。


 「この一週間、私、妙にキョドられてる気がするんだけど。誰にでもそうなわけ?...でもたまに休み時間に来る他クラスの人とはまともに喋れてるよねぇ?何か気に入らないことでもある?」


 新しいクラスになってから一週間、姫井吉乃とは隣の席ということもあってか、度々会話を交わす仲になっていた。基本的には彼女から声をかけられるのだが。


 しかし、どうやらこの一週間の彼女に対する対応が全体的に不味かったようだ。ジンクスにハマらないように警戒してはいたものの、それがあまりに過剰で吉乃の気分を害していたのだろう。


 「...気に入らないとかそういうのじゃないかもな。俺の性分的な、重度な人見知りなのかも...。」


 「かもって...、そのキョドリ具合で未だにハッキリ自覚できてないって結構ヤバいんじゃない?」


 「そ、そうかもな...、ははっ。」


 新太がそう言うと、吉乃はそれ以上の言及はしてこなかった。少し苦しかったかもしれないが、一応はこの説明で納得してくれたようだ。


 だが一週間も経過し、ボチボチ会話も行っているのに未だこのようにキョドっていては、気分を害されても文句は言えない。


 引き続き警戒するとしても、言動を少し見直さなければならないと新太は思う。


 会話が一段落し、新太は席に着く。が、やることがない。


 先程話しかけてきた吉乃は目線を本に戻しているため、これ以上会話を続けるつもりはないのだろう。


 ここで友達の一人もいればそいつのもとに暇つぶしにでもと話しかけに行って時間を潰せるのだが、あいにくとこの一週間、新太は姫井吉乃に怯えているうちに特に何も起こらずに過ぎ去っていたのだ。


 その間にも二年生初日時のぼやけていたクラスの輪の輪郭はハッキリとし、新太が入る隙間は完全に消えてしまったのだった。


 要するに、本格的にぼっちの道が見えてきたのだ。


 変なジンクスに巻き込まれるだけじゃなく、孤独な学生生活を送る羽目になるなんて、前世で結構なことをやらかしてしまったのだろうか。


 そんな風にぼんやりとしていると、後方から人の気配を感じる。


 この唐突な感じ、覚えがある。


 (...田中か、登場の仕方に味占めやがって!!)


 深刻に悩んでいる新太の都合を一切考えずに性懲りもなくちょっかいをかけに来る壮太にカチンときた新太は、文句の一つでも言ってやろうと表情を作り、勢いよく振り返り目力を強め怒鳴るように文句を言う。


 「...お前っ、またこの悲しすぎる現状を茶化しに来やが...った...の、ですか...?」

 

 が、そこには全く予想だにしなかった人物が立っていた。


 「...あー、話しかけちゃいけない感じ...だった...?」


 「...委員長...?」


 空気が凍った。もしかしたら新太の平凡な学園生活は終わったのかもしれない。思わぬ伏兵によって。


 「そう!才色兼備と二年四組を司る美少女ちゃん、上条香織よ!!」


 彼女がそう言い終えると、クラスの端々から彼女の発言をツッコム声が何個か聞こえてくる。空気が和むのを感じた。軽快なジョークにより、新太の首の皮は一枚繋がったようだ。


 彼女は上条香織。新太達がいる二年四組の学級委員長であり、早くもクラスの中心人物になった、いわゆるカースト上位の人間。


 二年生になり、同じクラスになる前から新太も彼女の噂や存在は見聞きしている。


 勉強も運動もそつなくこなし、ネタにはしているが実際整っているこの顔。そしてなんといってもカリスマ性だ。


 持ち合わせているスペックに加え、底抜けた人当たりの良さから彼女の周囲は常に、学年や男女の垣根を超え、多くの生徒達で賑わっている。


 そんな青春長者の上条香織がボッチ街道を渡り始めている新太に声をかける理由なんて簡単な理由だろう。


 「このクラスになってから早くも一週間、学級委員長としてはできるだけ多くのクラスメイトと仲良くなっておきたいじゃない?近々親睦会的なものを開きたいなぁって思ってるの。真鍋くんたちもどうかなってさ。」


 (...ここ一週間クラスに馴染めていない俺を見かねて声を掛けてくれたんだろうな...。)


 向けられた優しさが新太の心を無慈悲に抉る。客観的に見てもやはり可哀そうな奴に見えていたのだろう。


 しかし、ここまで寄り添ってくれたのだ。その慈悲を無下にはできない。それに新太はビビッと感じ取る。


 (これは、ビックウェーブだ!!友達一人すらまともに作れない子羊に訪れた最初で最後のチャンス!!これに乗れるかが今後の学校生活の命運を分ける!!)


 失敗は許されない!!


 新太はおもむろに息を吸って吐く。


 大丈夫、長いものに巻かれるだけだ、と。




 そして口を開く―――――― 、が、


 「いいのか?なら参――――「そういうサムい馴れ合いを外に持ち出すの、やめてくれない?」―か...え?」


 新太の参加の表明は何者かによって遮られてしまった。それもひどい言葉によって。


 こんな人の心がない悪魔みたいなことを言い放ちやがった奴はどこの誰だ、と、声のした方を見ると、そこにはやはり、姫井吉乃がいた。


 クラス全体が凍り付くのを感じる。


 おそらく他のクラスメイト達にはこの話は既に通っており、上条香織が新太たちを親睦会へ誘う様子を見守っていたのだろう。


 その監視下で、このような角の立つ言葉を放たれたのだ。当然の反応である。


 そして案の定、彼女の言葉に反応し、数名の女子生徒が彼女の方に向かい異を唱える。


 「おい。お前さ、出たくねぇんなら好きにすれば良いけど、今の断り方はちげえんじゃねぇのか?」

 

 「少し...お高く止まりすぎじゃありませんか?」


 「言い方に棘を感じるわ。」


 気だるげに頬杖をつく吉乃に、先程の言葉に反応した三人の女子が詰め寄っている。


 「三人と同時に会話できるほど、器用じゃないんだけど?群れなきゃ何も言えないの?」


 ボッチになるどころか、クラス全員を敵に回しかねない爆弾をケロリと投下する。


 「あ?お前、喧嘩売ってんのか?」


 三人のうちの一人が青筋を立て、凍っていた空気がさらに一変しとても険悪なものに変わる。


 向けられた明確な敵意に、負けじと吉乃も鋭い眼光を向け、完全に収拾がつかない状況になった。


 ひどい喧嘩が、下手をすれば取っ組み合いにまで発展しかねないと、誰もが思ったその時、


 「喧嘩は駄目よ、奈菜花。感情的にぶつかり合ったって、何も生まれないんだから。」


 声の主は、上条香織だった。


 彼女の注意に、今にも一線を超えようとしていた奈菜花と呼ばれた女子は、神妙にした。

 

 新太は、上条香織のカリスマ性の片鱗を目撃し、息を呑んだ。


 3人を制止した香織は、再び吉乃の方に体を向け微笑みながら諭す。


 「ごめんなさいね。気を悪くさせちゃって。でも、姫井ちゃんもそんなにトゲトゲしてちゃダメよ?」


 「ん。」


 吉乃はそっけなくそう返すと、手元の本に視線を戻した。吉乃としても、これ以上ことを荒げる気はないようだ。


 「真鍋くんも、急に声かけちゃってごめんね?困惑させちゃったよね。てっきりクラスにあまり馴染めてないのかと思っちゃってさ。」


 「あぁ、それなら別に構わねぇよ。それにしても......ん?」


 香織の言葉に、軽く返事をしようと思ったが、新太にとって聞き捨てならない言葉があった。


 彼女の物言いでは、まるで新太がばっちりとクラスに馴染めているみたいじゃないか?、と。


 「いやー、失敬失敬!!まぁそこら辺は人によりけり、どの環境が1番安らぐかなんて人によりけるのにね。」


 「え?いや、ちょっとまっ」


 「真鍋くんは一人でいるのが好きなのね!!」


 「...ってぁ......。」


 「それじゃあ、気が変わったらいつでも言ってね。姫井ちゃんもね?」


 そう言うと、香織は他の3人を連れて去っていった。


 (...嘘だろ?まだ俺は何も答えてないのに...。)


 真鍋新太のボッチの道が確定した瞬間だった。



____________________________________________________


 

 朝の一件から時間は経ち、気づけばもう昼休みになっていた。


 束の間の休息にさざめく声々に教室が包まれる中、失意のドン底に落ちた新太は、なんのやる気も起きずに、ただぼんやりとしていた。


 「ちょっと。」


 「.........?」


 冷めた声をかけられ、声の方を向くと、やはり奴がいた。


 姫井吉乃。元凶だ。


 「...なんだよ?」


 新太は分かりやすく下がったテンションで返事をする。昨日まではなんとか気に障らないようにと留意し応対していたが、今はそんな気力など湧いてこない。


 「タメ息うるさいんだけど。朝からずっと。」


 他人事に指摘してくる吉乃に、新太はふと思い始める。


(...もしかしたら、過去にコイツに惚れた奴らが全員馬鹿だっただけなんじゃねぇか...?」


 一度そう思い始めると、さらにその考えを補填する思考がぐるぐると新太の脳を巡っていく。


 一週間新太はビクビクしながらも姫井吉乃と関わってきた。しかし、容姿以外に、彼女を異性として意識せざる負えなくなる要素が全く見当たらないのだ。


 (ジンクスとまで言われて変に意識した結果それが恋心になったとか?吊り橋効果的なアレか?そうやって釣ってきたのか。ってことは俺もコイツの術中にハマってたってことか!?」

 

 「アンタってそんなに喋れたんだね。」


 「っえ?あ、」


 漏れてたのか。心の声。


 「それにしても、ずいぶんな言われようだね。今まで好意を抱いてきた連中が全員どうしようもない馬鹿だってことには同感だけど、それじゃまるで私が悪者みたい。」


 「いや、なんていうか、えーっと、」


 取り敢えず何か言わないと不味い。そう思い適当のごまかせるような言葉を探すが見つからない。






 「......そうだね。まぁ、流石に噂になってることは知ってるよ。アンタが露骨に私を前にどもる理由も大方理解したよ。...今まで無理させたみたいだね。」


 先程までの空気が一変するのを感じる。彼女の方を見ると、翳りが生じていた。


 彼女の見せた翳りに新太は顔を強張らせ、つい考えてしまう。もしかすると彼女がこうなったのには、何か理由があるのではないだろうかと。


 そんな新太の様子に吉乃は笑みを浮かべる。だが、それ無理矢理作られたものだというのは、関わって一週間程度の新太にも分かってしまうくらい不器用なものだった。


 「悪かったね。こんな面倒な奴に絡まれて、良い気、しなかったでしょ?」


 「...そうかもな。」

 

 

 この一週間、彼女に度々話しかけられてきた。そのたびにどもっていた気もするが。確かに良い気はしなかった。


 当然のことだ。彼女を取り巻くジンクスが、自分の平凡な学園生活、もしかしたらその先までをも崩しかねないのだから。







―――――――だが、悪い気もしなかった。


 ビクビクしながらも、友達が未だできていない新太にとって、束の間ではあるが、それを紛らわすことができたのも事実。


 思えばこの時からだったのかもしれない。彼女の強固に着飾った内にある繊細な人間味に惹かれてしまったのは。


 「もう無理に話しかけるような真似はしな――「いいぜ。なってやるよ。」―いか...ん?」


 儚げな笑みを浮かべながら諦めるように話を切ろうとしたところに、新太は話の先を折る。


 脈略のない言葉に、頭の上に疑問符を浮かべる吉乃。

 

 


 






 「―――――要するに友達が欲しいんだろ?お前。」

 







 「―――――は?」


 新太がそう言い放つと、吉乃はぽかんとする。


 新太は言い当ててやったつもりだったが、考えていた反応と違った様子をみせる吉乃に不思議に思う。


 「違ったのか?てっきり俺はそうだとばかりに...、」


 「......は?ちょっと待って、何がどうなったらそう思い至るわけ。」


 シリアスモードが一変、吉乃頭を抱える。


 「俺と同じく、友達ができなくて悩んでたんだろ?朝の委員長一派との一悶着も、連中を妬ましく思っての反発じゃないのか?」


 そう言い終えると、吉乃の顔がみるみる内に紅くなっていく。


 いつも気だるげな瞳孔が珍しく開いており唇を結び、プルプルと震えている。


 さっきとは雰囲気が全く違うが会ってから1週間程度の新太にも分かってしまう。


 



 ―――これは確実に怒りに身を震わせているのだと。


 彼女の背後には細く静かに燃える青い炎が見える。


 炎に当てられた新太からは、ダラダラと汗が流れていく。


 「あんたさぁ、私が普段そんな下らない理由で立ち回ってるって本気で思ってんの...?」


 「...違うみたいですねすいません...。てっきり俺がぼっちだから友達として見初められたのかと...」


 「っな...、馬鹿じゃないの。ボッチの奴なんて碌な奴がいるわけないでしょ。そんな奴と一緒にいて何になるわけ?」


 (っんぐ!?何も言い返せない!!!確かに1週間経つのに未だ友達1人できない現状は俺の社会性の無さの現れ!!!!)


 目の前の少女の冷酷な言葉に打ちひしがれ、血の涙を流す新太。彼女の言うことは大方どころか端から端まで全て的を射ており、返せる言葉が何一つ見つからない。


 だが1つ、新太はどうしても気に食わないことがある。それは―――









 ―――それを言う当の本人もまた、ボッチであることだ。


 (だがコイツはどうだ!?自分のこと棚に上げてるけどコイツもコイツでボッチだろう!?よくもまぁそんな澄ました顔で言えるな!!??)

 

 静かに怒りに震えていた様子はどこに、彼女を見ると先程と打って変わって澄まし顔に戻っている。


 イライラする感情を抑え込みながら、新太は引き攣った笑みで応える。


 「...そうだな、確かにそうだが、なら碌な奴じゃない奴同士、仲良くやれるんじゃないか?ははは。」


 「...碌な奴じゃない...同士...。」

 

 奇妙な空間が生まれていた。お互いがお互いに言い合った言葉が返ってきてお互いに効き合っているのだ。


 これほど互いにとって何の生産性も無い、ただただ傷つくだけのやり取りは他にないだろう。


 両者精神的にまいってしまい、しばらく沈黙が生まれる。


 そしてその沈黙は、吉乃のため息によって破られた。


 「...、はぁ。不毛だね、やめにしよう。これ以上は...、」


 「そうだな、さっきから心が擦り切れててそろそろ無くなりそうだ。」


 「...それじゃあ、せいぜい頑張りな、ボッチからタダの屍に成り下がらないようにさ。」


 「え?」


 新太が聞き返すと、吉乃は不敵な笑みを浮かべながら答える。


 「アンタが言ったんでしょ。友達になって下さいお願いしますって。私と隣の席になれば必ず私を好きになっちゃうらしいからさ。打ち壊してみなよ、ジンクスをさ。」


 そういえばそんなことを言った。いや、厳密にはそんなにへりくだった言い方はしていない。だが言った。そんなニュアンスの言葉を。直後のひどいやり取りですっかり忘れていたが。


 冷や汗が止まらない。吉乃を纏うジンクスは分かってるつもりでいたが言わなければよかったかもしれない。


 当事者である彼女に面と向かって言われると凄く不安になる。新太は後悔し始めるが時すでに遅し。


 彼女は案外ノリノリみたいだ。


 「本格的によろしくね。」


 彼女はそう言いながら、新太の瞳に視線を合わせる。


 「...お手柔らかにな、ははは。」


 自分で提案しただけでなく、相手をその気にさせてしまった手前、『やっぱりさっきのなし』なんて舐めたことを言えるはずもなく、ここに和睦が成立する。



 進級して新しいクラスになり一週間。ついに、真鍋新太に記念すべき(?)友達第一号ができた瞬間だった。

 

 


 

 


 


 

 

 


 


 

 


 

 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 

 


 


 

 


 


 


 


 


 


 



 


 


 



 

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