『ミッション・イン・スモーカーズ』

小田舵木

『ミッション・イン・スモーカーズ』

 最後の一本は何故こんなにも愛おしいのか?

 …煙草の話である。

 オールドなソフトパッケージ紙包装。そのひねれた中身は残り1本。

 残弾ざんだん数1。コイツで後どれくらい粘らねばならないのか?

 

 ニコチンとタールの奴隷である俺は、長時間そいつらから離れられない。

 それが中毒者というモノである。

 このが終わるまでは補給になんて行けるはずもなく。


 しかし、だ。

 このミッションは実に暇…と言うか、待ちが9割9分9厘をしめる。

 大半の時間をコンソールの前での監視に費やす訳だ。

 そのせいでサボりの煙草は進みすぎ。あっという間に1箱20本の内の19本を吸っちまった。喫煙室が近くにあるのが悪い。


『ターゲット、大気圏突入まで残り59分…』コンソールのディスプレイにはそう表示され。


 あと1時間位我慢しろよ、と君は思うかもな?

 でもよ?俺はかれこれ24時間近くはこの部屋に居るわけだ。

 な。

 プレッシャーに耐えきれなかった…と彼は言い訳の手紙を遺して待機室から逃亡し。

 この隕石迎撃いんせきげいげきシステムのオペレートを出来るのは俺だけって事になっちまった。

 

 

 そりゃそうさ。隕石は大したデカさでない上に、落下予測地点は俺の会社の1拠点…山のど真ん中ときた。


 もし、落とそうが―地球の危機でも何でもなく。弊社にが降りかかるってな具合なのだから。

 

 そんな訳で。

 軍の自動迎撃システムは余力よりょくを貸してくれやしないから、自前で何とかしようってのが事の顛末てんまつで。

 へっぽこサラリーマンの俺に白羽の矢がたった。

「ま、やってくれ給え。危険手当きけんてあて出すから」っても時間あたり300円割増わりましされただけだ。真面目にやるヤツがあるか。


 社内でもこの『』にやる気を出す者は居なかった。

 なんたって老朽化した設備なのだ。迎撃したところで評価は上がらない。

 むしろ。一部では―「この機にあの設備なくなりゃ良いよな」論さえ巻き起こっており。


 


 俺のような社内のお荷物に白羽の矢がぶっ刺さるのは時間の問題であり。


「俺すか?」俺は言ったよ。上司くんに。

「お前独身どくしんで暇だろうが」と彼はのたまう。

責任ある仕事したくない…っていうか俺に任せて良いんです?」俺は褒められた勤務態度を取ってない。

「…みんなやりたがらないもん」彼はそう言うが。

「最後の頼みの綱っすか?」俺らしくはあるかもな。

「お前しか居ないって」なんて思ってもないヨイショするな。

「ていうか、これ社内でもやる気あんの、会長くらいでしょ?」

「…他の上層部はよ、維持費がエライから」

「っても、ウチの業務のコア…っていうか祖業そぎょうみたいなもんでしょう?責任持って取り組める人に任せるのが良いと思いますよ?」なんて逃げに徹してみようとするが。

「この機に評価げてけ。お前、いい加減この部署に置いておくのもキツイんだぞ?」

「ええ…んな事言われたら断れないすやん」

 

                    ◆


 かくして。

 俺はこのコンソールの前に居るんだが。

 いやあ。何年前の設備だ、これ?

 そりゃそうだ、会長が現役のプレイヤーだった頃の設備だ。

 弊社へいしゃは星の観測を請け負う企業であった。その昔は。

 しかし、今は関連業務の方が大きくなり、祖業そぎょうは脇に追いやられており。

 今や人力じんりき観測なんて人気がないのだ。

 使

 この森の中の観測所…と言うかて小屋は忘れさられ。

 今は臨海地域の大きな観測予測センターがコアの事業所であり。

 

 こんな所で何してんだろうな?と思わないでもない。

 やらなくても良いことをしてる感が強い。

 それもアイツ交代人員が逃げてひとりぼっち。

 

 今の仕事を辞めるガッツさえあればこの『』を忘れて山のふもとのコンビニに煙草たばこ買いに行けるんだけどなあ、と思いながら吸う最後の1本は美味い。

 もう、どうせ1人なんだから喫煙所いかなくても良いやね、とコンソールの近くに灰皿を持ってきて吸っている。監視カメラなんぞ設置されてないから―後で消臭剤使つかっとけばバレないだろ。


「おおい」んげ。。諦めて言い訳に徹するか。


「はぁい」なんて猫撫ねこなで声を出して振り返ってみれば。

 社内報の最後のページのコラムの著者らんでしか見たことない

「わーお」と声が出てしまったのは、あまりの驚きのすえである。ある種の諦めかも知れない。

「…何してる?」なんて言われれば。

「…待ちに耐えられなくて吸ってました、煙草」という他ない。ごまかしたところで無駄なのだ。

「…分かるなあ」なんて彼は言う。

「暇ですもんね」なんて開き直ったコメント。こういう場合、取りつくろうよりは素直に認めといた方が楽なような気がして。

「昔の観測は阿呆アホみたいに時間ったからねえ」

「今とは大違いですね…当時は聞き知るばかりですが、苦労は分かるような気がします」なんてヨイショする辺が微妙にリーマン根性残っててよろしくないやね。

「だから、。今の時代は…許されることじゃないけど」

「済みません。いま片付けます」

「ん?良いよ?どうせ、し」

「良いんです?」

「僕が良いって言うんだから―この場はオーケーさ」

「お目こぼしに感謝いたします」なんて頭を下げて。

「ところで君、?」

「ちょうど吸い終わりました。後は迎撃してから考えようかと」

「…君に借りができそうだ。ちょうど予備が1箱あるのさ」彼は―俺のと同じソフトパッケージ紙包装の煙草を差し出しており。

「良いんですか?頂いても?」なんておうかがいを立てたが。本当は喉から手が出るくらい欲しい。

「良いよ、さ、続きを始めようや」と彼はコンソールの俺の隣に陣って。

 

                   ◆


 ソフトパッケージを開けて。みっちり詰まった20本の内1本を摘み取り。

 人差し指と中指で挟み、くわえ。先っちょにライターで火をつけて。

 思いっきり吸い込んで。紫煙しえんを肺に吸い込んで。思いっきり中空ちゅうくうに向かって吐く。

 このルーティーンに心理的に依存している可能性も無くはないと思いながら吸う煙草はほど


「会長、スモーカー喫煙者なんですね?この時代に」俺は隣で同じく煙草を吸う会長に問う。

「いいや。

「良いです?」

「良いんだよ、さ」

「在りし日を思って、ってヤツですか?」と俺は好奇心から問うて。

「かもね。僕のような人間は妙に過去が懐かしくて」

「とはいえ。現役じゃないですか?」いまだに意思決定に大きな影響力を持つと聞いている。

「そういってもね。息子に社長業しゃちょうぎょうを譲ってからは遊んでいるようなものさ」

「…

「アレねえ。別に僕は何もしてないよ?当時のおさとして判断はしたけどさ」

「それが一番難しいでしょう?」

「そうでもないさ。恵まれた事に社内には優秀な人員が居てくれる。

「…俺は不良社員ですけど」さっき悪さを見つけられたばかりで。

「そういう跳ねっ返りも社内に居てくれなきゃ会社はあっという間に硬直化こうちょくかするんだぜ?」煙を吐きながら彼は言い。

「誰かを念頭ねんとうに置いてますね」

「ああ。僕にAIのシステムを提案した、役員の彼だね」

「自分はそこまで優秀じゃないです」

「彼だって―

「想像出来ませんね」彼は休日さえ返上する勢いで働くだったはずで。

「人はみな可能性があるのさ、彼だって、最初は業務をサボる為にAIの導入なんて言い出した訳でさ」

「なるほど…?」


『ターゲット、大気圏突入まで残り20分…』


「さて」と会長は咥え煙草で言う「やるよ」と。


                   ◆

 

「言うて。隕石にですけど」

「標準がズレたらオシマイだよ」

「どっこい。ここには標準の自動補正システムはあるんですよ」

「おお。誰ぞのお手製?」

「ウチの上司がちゃちゃっと造ったアレですけど」

「ないよりは大分マシだよ」

「それはそうすけどね…

「ありゃあ。じゃ君の双肩そうけんに未来はかかってる」

「プレッシャーは止めて下さいよ」一応。この設備を使う為の訓練はしてるが、あくまでシュミュレーターを使ったくらいのモノである。

「ここで僕が役立ちそうだ。一応

「そんなポンポン隕石振ってくるんです?我が社は」

「いやいや、何度か」

「会長、軍役ぐんえきしてたんですか?」

「この会社を始めるまでは軍人だったのさ。30超えてから民間会社を立ち上げたんだよ」

「…済みません。会長の事把握はあくしてなくて」

「なあに。ロートル老兵だからね。君が入社した頃にはもう会長だもの」

「それにしたって」

「良い、良い。そんなモンでいいのさ、会長なんて。隠居するのが嫌でぶら下がっているだけのお荷物だ」

「そこまで卑下ひげしなくても」

「会長がふんぞり返ってる会社にロクなトコはない…私見しけんだけどね」

「んなモンです?1ソルジャーには分からない感覚ですよ」


『ターゲット、大気圏突入まで残り10分…』

 

                    ◆


 そこから先は、咥え煙草の会長が手補正てほせいをかけて標準を定め。

 俺はそれをシステムに打ち込み。上司お手製のシステムのバグを回避しながら、何とか形にし。

「後は天命てんめいを待つのみ」会長は言い。

「助かりました。俺ひとりではどうなってか分かりませんもん」寝不足の俺に出来ることはロクなもんじゃなかったはずで。

「君はこの24時間きょうを戦って来ただろ?ナイスガッツだ」

「お褒め頂き光栄です」

「これで僕の安泰あんたいだ」嬉しそうに彼は言い。

「ここ、会長にとっては大事なトコロですもんね」

「そうなんだよ…だと思うんだけど」

「…それにはコメントつけれませんわ」

「はは…」そう笑う会長は良い笑顔をしていて。

 

                  ◆

 

『ターゲット、大気圏突入。迎撃システム稼働』


 そのコンソールのアナウンスを俺と会長は咥え煙草で聞いて。

 このささやかなブリーフィングルームには紫煙しえんがくゆり。

 

 俺達が煙草の火先ほさきを赤く燃やせば。

 このお粗末な観測所の上空で轟音ごうおんが鳴り響き。

 今頃小さな欠片かけらになった『』が森の中に降りそそぐだろう。

 後は火災にならないように俺達が注意しておくだけで。

 

「ああ、な」と俺は思い。

「ああ、」と会長は言い。

 俺達ふたりは役職の壁を超えて、1つの仕事を終わらせた感慨に浸り、二人して灰皿に山を造った。

 

                  ◆

 

 後日。俺は何時ものオフィスに戻っており。

 そのオフィスは当然の事ながら、分煙ぶんえんがなされており。

 今日も屋上で数少ないスモーカー喫煙者達と四方山話よもやまばなしをしながら貴重なニコチン補給タイムを噛みしめて。

 

 あれから。

 会長とは個人的に仲良くなりはしたが、

 今日も今日とて不良社員で。

 俺なんか居なくたって会社は回るよなあ、と思えども。

 あの時、

 そのうち俺みたいな不良社員にもいいアイディア湧くかも知れん、と楽観しながら日々を生きている。

 

 煙草の火先ほさきは容赦なく燃えていく。俺が吸う限りは。

 

 紫煙しえんとなって消えていくのは俺の人生かも知れないが。

 一瞬で良いから。この火先のようにきらめければ良い。

 

 


                   ◆

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『ミッション・イン・スモーカーズ』 小田舵木 @odakajiki

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