第100話 本来の姿に
「移動しよう」
蒼子達は光の糸を辿り、池まで移動した。
光の糸は真っすぐに池まで伸びていて、池の中心で池の底に向かって折れている。
紅玉は蒼子をそっと地面に降ろした。
「池の底に蒼子様と同じ気配があります」
池の畔に立った紅玉は水面を凝視しながら言う。
水底が透き通って見えるほど透明度の高いこの池の水には穢れが混じっている。
負の念が混ざったせいだろう。
そんな水の底に清き蒼の気配を確かに感じ取ることができる。
しかし、蒼子の気配は分厚い壁のような神の結界に阻まれ、認識がしにくくなっている。
よくこんな微弱な気配を追うことができたものだと、紅玉は改めて莉玖に対し尊敬の念を抱く。
「この池の底に鳳珠様が……?」
椋と柊は同じ顔でまじまじと池を見つめている。
「鳳珠様はご無事なのでしょうか?」
白燕も心配そうな表情で池の中を覗き込んでいる。
その時、水面を凝視していた莉玖と紅玉が弾かれたように顔を上げた。
「蒼子!」
「蒼子様!」
勢いよく蒼子を振り返る二人の顔には焦りの色が浮かぶ。
一瞬で空気が張り詰め、何かが起こったのだと周囲は察した。
「一体、どうしたのですか?」
「もしや、鳳珠様の身に何かが…………」
心配そうな顔で双子が蒼子の様子を窺う。
「蒼子の気配が急激に弱まった。先ほどまではしっかり感じ取れていた気配が今では針のように細く小さくなっている。……このままでは本当に危ないかもしれん」
蒼子の代わりに莉玖が答えた。
守印は術者、つまりは蒼子の力が弱まった時、守印の効力や気配は弱まる。
しかし、今回は蒼子に何ら問題はない。
守印は対象者の心臓と結びついているので対象者の命が危なくなった場合も守印の気配が弱くなる。
今は後者だ。
「結界を破ります!」
紅玉は焦った様子で腕を池に向かって突き出した。
鳳珠を快く思わない紅玉が緊迫した声で言うと、事の深刻さが周囲に伝染する。
「待ちな!」
紅玉を止めたのは朱里だった。
「神域を作る結界を攻撃すれば、その力がそのまま、あるいは倍になって跳ね返る。蛇神はかなりの力を持った神。下手をすればこちらもただじゃ済まない」
朱里は険しい表情で言う。
「この五連玉池は洪水の度に一つずつできたと言われているが、蛇神の怒りによって作り出されたものだと言われている。そして、再び蛇神の逆鱗に触れれば、地盤が崩れ、地形が大きく変わり、町が水に沈む可能性がある。大勢の人間が犠牲になる」
「なら、どうすれば……」
困惑する柊の声が零れ出る。
主の命に危険が迫っているというのに手も足も出ないこの状況に双子達は奥歯を噛み締める。
「問題ない。結界を破る」
絶望的な状況で凛とした声が空気を裂く。
その声に俯いていた皆の顔が上を向く。
そして莉玖と紅玉以外の全員が目を剥いた。
そこに立っていたのは小さな幼子ではなく黒髪の美しい美女だった。
艶やかで美しい黒髪、色白の肌に、怜悧な目元、形の良い額に濃紺の水晶を飾った美女の登場にその場は驚愕に包まれた。
白燕と朱里は突然現れた美女に困惑し、言葉を失っている。
椋と柊は初めてではないのだが、その天女の如き美貌と存在感に圧倒されてしまっている。
「蒼子様、服を」
そう言って黒髪の美女、蒼子に傅いた紅玉は恭し手つきで崩れている蒼子の服を直し始めた。
その言葉を聞いた白燕と朱里はようやく理解した。
「まさか……蒼子様なのですか……?」
「幼子の姿は仮の姿か……」
白燕と朱里は目を丸くした状態で言葉を口にする。
「できました」
蒼子の服を整え終えた紅玉は達成感のある声で言う。
「時間がない。紅玉、手を」
「はい、蒼子様」
そう言って紅玉は嬉々とした表情で蒼子に手を差し出す。
蒼子の手の平に紅玉が手を重ね、二人は目を閉じる。
すると、二人を眩い光が包み込み、少しして二人は手を放した。
二人が手を解いけば、蒼子の輝きがより一層増して見え、その神々しさに誰もが目を奪われる。
溢れる神力は空気さえも浄化し、汚泥も清き水へと変え、歩けば枯草も瑞々しさを取り戻すかのような強さを感じた。
何だ……⁉ この桁違いの神力は…………⁉
朱里は蒼子を食い入るように見つめた。
神力の大きさだけでなく、気の質が自分の知る神官神女のものとは全く別物だ。
目の前に立つだけで圧倒される神力の強さに朱里は思わず膝を着く。
唖然と膝を着いた朱里を見下ろし、蒼子は言った。
「休むにはまだ早いぞ。そなたにはこの町の行く末を見届けてもらうのだから」
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