第99話 鳳珠の行方
蒼子達は半壊状態の邸の外で莉玖を中心に作られた円の外にいた。
莉玖を中心として、少し離れた円周上に椋、白燕、朱里が等間隔で立っている。
地面には莉玖の力を込めながら描いた円と、術式記号がある。
神力を術として使用するには詠唱や術式は必須ではないが、詠唱や術式を記すことでよりブレることなく術が安定するのである。
基本的に蒼子や莉玖、紅玉は詠唱や術式を略する。
面倒だし、行わずとも安定した術が使えるからだ。
しかし、今回は一つの術を複数人で行うため、より術が安定するように莉玖は術式を地面に描いたのだ。
蒼子は紅玉に抱えられた状態で円から外れた場所で成り行きを見守る。
柊は蒼子と紅玉の側に控えた。
「これから何をするのですか?」
柊は蒼子に問う。
大体のことは知っている。
鳳珠についた蒼子の気配を莉玖が追跡するということだが、具体的にどうするのかは分かっていない。
「工部尚書が私の気配を探る。蜘蛛の巣のようなものを想像して欲しい」
柊は張り巡らされた蜘蛛の巣を思い描いた。
巣の中心は莉玖が立ち、莉玖を中心に蜘蛛の糸が四方八方に伸びている。
「これには膨大な神力を使用する。故に、朱里達には蜘蛛の糸に神力を注ぎ、糸を伸ばすのを手伝ってもらう」
蒼子が説明をしているうちに、莉玖達の準備は整ったようだ。
「始める」
莉玖は縁の中心に立ち、詠唱を始める。
『我が眷属、清廉なる水の僕達よ、集結せよ』
涼し気な莉玖の声が静かに響き渡る。
『我は水の神、蒼の遣いなり。我が声は蒼の声、蒼の意志。我が声に答え、我が手足となり給え』
すると地面に描かれた円が青く発光し始めた。
『彼の者は水の神。その気を辿り、我を導け』
莉玖の言葉に反応するように、莉玖を中心に描いた円から四方八方に青白い糸が延びる。
糸は蜘蛛の巣のように枝を分けながら広く、遠くへと伸びていく。
「皆、神力を注げ」
莉玖の言葉に椋、白燕、朱里が力を込める。
椋と白燕は額に汗を滲ませているが、神殿に上がった経験のある朱里は顔色一つ変えずに地面に刻まれた円に神力を注ぐ。
柊は懸命な椋を見つめながら、鳳珠の居場所が見つかることを祈った。
キリキリと張り詰めた空気の中、皆が気力と体力を振り絞り、神力を注ぐ。
玉のような汗が地面に落ち、染みを作る。
「気配は近い……だが……遠い」
莉玖は独り言のように呟く。
近くて遠いとは一体どういうことなのかと、柊は疑問に思う。
しかし、蒼子はその言葉をいつもと変わらぬ冷静な表情で聞いていた。
「まだ見つからないか?」
蒼子の問いに莉玖は『まだだ』と短く答えた。
「遠くはない。だが、手に届かない」
莉玖は顔を顰めながら言う。
術を始めてからしばらく。
皆、息が上がり、苦悶の表情を浮かべる。
椋と白燕は元々、神力は強くない。
無理しているせいで、今にも倒れそうな顔色をしている。
今まで平然としていた朱里でさえ、呼吸が荒くなり、玉のような汗をかいていた。
次第に強くなっていく疲労の色に、焦燥感を覚える。
術の糸を遠くに伸ばせば伸ばすほど、術の使用者の負担が増える。
一体、どこまで逃げた?
皆の状態を見れば、そろそろ限界だ。
地面に描かれた術式の光が皆の疲労を物語るように消えようとしている。
そして中心に立ち、術を操っている莉玖の身体にも異変が現れ始めた。
「尚書!」
柊が声を上げる。
莉玖の身体が縮んでいたのだ。
先ほどまでは青年の姿をしていたいうのに、今では華奢な少年の姿に変化していた。
莉玖も蒼子と同じく、身体に負担が掛かると身体が縮んでしまう体質だ。
神力に秀でた莉玖ですらも身体に支障をきたすほど、難しい術で鳳珠を探しているということだ。
「身体に負荷がかかり過ぎているな……紅玉、私を降ろせ」
「ですが…………」
蒼子の言葉に紅玉は躊躇する。
「どうなさるおつもりですか?」
「皆はもう限界だ。しかし、ここで術を中断しては皆の苦労が水の泡になる」
柊の問いに蒼子は答える。
術を継続するために蒼子が自ら力を注ぐと言う。
「ですが、蒼子様の力は温存するべきだと……」
蛇神と対峙した時、対抗できるのは蒼子だけだ。
蒼子の力をここで消耗させるのは得策ではないとして、莉玖が中心となり今の術を使っている。
「皆の努力を無駄にするわけにはいかない。それに……」
蒼子は強い眼差しで遠くを見やる。
その瞳には既に鳳珠の居場所を捉えているのではないかと思えるほど、迷いがなかった。
「間に合わなければ温存した力も無駄になる」
蒼子の言葉に緊張が混じる。
そうだ……悠長にしている時間はない。
一刻も早く、鳳珠様を救い出さなければならないのだ。
「……分かりました」
紅玉は蒼子の強い意志に折れ、蒼子をそっと地面に降ろす。
地面に降りた蒼子は地に刻まれた術式にそっと小さな手で触れた。
「ひ……光が……」
柊は眩しさに目を細める。
ぱあぁっと弱まって消えかけていた光が蒼子の力を流し込んだことによって勢いを取り戻す。
始めた時の青色以上に濃く、鮮やかな濃紺の光だ。
ドクン、ドクンと止まりかけていた心臓が動き出したかのように、術式全体に蒼子の力が流れ込む。
「来た!」
その時、カッと莉玖が目を見開き、叫んだ。
蜘蛛の巣のように広がっていた神力の糸が一本だけ鮮明に輝き、他の糸は溶けるように消えてしまう。
残った光る一本の糸、その先に鳳珠はいる。
「場所は?」
蒼子は莉玖に問う。
莉玖は糸と繋がり、場所が視えているはずだ。
「……五の池の中だ」
その言葉に皆が驚愕の表情を浮かべる。
池はすぐそこだ。なのに何故、こんなにも作業は難航したのか。
「正確には池の中に作られた神域だ。空間を捻じ曲げて作られている」
神域とは言葉通り、神の領域。
作り出された空間は結界が張られ、簡単には侵入できない。
最後に注いだ蒼子の力が結界の壁を壊したのだろう。
「故に近くて遠い……か」
蒼子は納得する。
「池に移動するが…………皆は休んでいるといい」
蒼子はみんなの顔を順番に見て言う。
身体が縮んだ莉玖、今にも倒れそうな白燕、息が上がった馬亮、何故か朱里が一番元気そうだ。
とてもではないが、少し前まで地下室に閉じ込められていた老女とは思えない。
「いや、同行する。このまま皇子を放置するわけにはいかない」
縮んだ身体で莉玖は言う。
蒼子よりも少しは大きいが、完全に子供の姿になってしまっている。
「だが……」
「さっきのお前の力がいくらか私にも流れ込んできた。こんなナリだが、思ったよりは動ける」
莉玖は問題ないと言って同行する意志を示す。
こんな会話をしているうちにも馬亮がどこからともなく子供用の服を取り出し、莉玖に着せていた。
準備の良い男である。
「蒼子様、私もお連れ下さい」
懇願するように白燕は言った。
こちらも疲労困憊で今にも倒れそうなくらいフラフラしているが、目だけはしっかりとその意志の強さを称えていた。
「私もご一緒しましょう。この町の末路にはこの件も含まれているはずですから」
朱里は言う。
元はと言えば、朱里は蒼子に『この町の末路を見せてやる』と言われて離れの地下室を出た。
「そうだな。見届ける者も必要だ。」
蒼子は言う。
ちらりと視線を向ければ、今にも倒れそうな白燕に朱里が手を貸している。
「どうされた、神女」
朱里が蒼子に声をかけた。
「何でもない」
蒼子は首を小さく横に振った。
朱里の横顔が誰かを彷彿とさせるもので、蒼子は思わず凝視してしまった。
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