第91話 復讐と王印

 蒼子が問うと舞優は呂鄭を指さす。


「自分の利権を脅かす可能性がある従兄弟を始末したんだよ。この一族は欲望を滾らせた連中がその利権のために親兄弟を平気で殺す。短命なんて言われてるのもそのせいだろうな」


 呂鄭の汚いやり口を見ていれば、舞優の言葉は理解できる。

 家系図には若くして亡くなった者も多く、それらの中で最も多いのは長子だ。

 

「一族で立場が上の奴ほど甘い汁が吸えるからな。邪魔な奴はどんどん消される。逆に、無害な奴は生かされる。そこのおっさんみたいにな」


 舞優は呂鴈に視線を向けて言った。


 町の風習を根から否定し、町から孤立していた呂鴈はその対象にならなかったのだろう。

 蒼子は納得する。


 呂鄭は知れば知るほどとんでもない男だ。


「俺は妹を諦めた。その時からこの一族とこの町に復讐する機会を狙ってたんだ。だけど、簡単に殺しても面白くねぇだろ?  手足を捥いで、頭を潰しても良かったが、それよりももっと精神にくるような地獄を見てもらいたかったんだよ。屈辱を味わって無様に死ぬ様が見たかったんだが」


「それで白燕と白陽を利用したのか」


「利用じゃねぇよ。利害関係の一致だ。自分の子供に呪い殺されるなんてこいつは思ってもいなかっただろう? あの間抜け面は最高だったな」


 舞優の口振りから随分前から広間の様子を窺っていたらしい。


「首が落ちなかったのは仕方ねぇ」


 その時、舞優の口元に歪んだ笑みが浮かぶ。


「やめろ!!」


 蒼子は叫ぶ。

 叫んだと同時に舞優が呂鄭との距離を一瞬にして詰めた。


「首が落ちてねぇなら、落とすしかねぇ」


 不穏な発言と共にキラリと光ったのは短剣だ。

 高く振りかざされた短剣の切っ先が無防備な呂鄭の首に目掛けて振り下ろされる。


 クソっ!

 

 自分がまだ子供の姿でいたことが仇になった。

 紅玉もいて莉玖もいるこの状況に甘えていた蒼子の過ちだ。


 自分もまた、舞優の想いの深さを見誤った。

 自分を傷付けた大人達への憎しみと家族を奪われた悲しみの深さからなる舞優の殺意を。


 紅玉は動き出したがまだ蒼子に近い。

 莉玖は距離が離れすぎてる。


 マズイ、間に合わない!


 蒼子が術を使うよりも舞優の動きの方がずっと早かった。

 舞優が呂鄭の喉に目掛けて振り下ろされる短剣の動きがゆっくりに見えた。

 鋭利な先端がゆっくりと喉に向かって降りていく。


 短剣の先端が皮膚に食い込もうとしたその時、まるで凍り付いたかのように舞優の動きが止まった。


「動くな」


 近くで発せられた厳かな声が広間に静かに響く。

 舞優は不自然なまま動きを止め、声の主を睨みつけた。


「邪魔すんなよ、王印」


 舞優は憎々し気に言う。

 その視線の先には右目の眼帯を外した鳳珠がいた。


 艶やかな濡れ羽色の髪から覗くその右目にはこの国の象徴である鳳凰がその存在を主張していた。

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