第90話 舞優の過去

蒼子の言葉に鳳珠達は眉を顰める。


「何だと? じゃあ、この男はこの町の人間ということか?」


「あはははは! そうだ、正解だ! 流石は神女! 何でもお見通しってわけか」


 鳳珠の問いに答えたのは蒼子ではなく舞優だ。

 高笑いをしながら軽くのけぞる。


「おそらく、この町で白燕達のように地獄を見た子供の一人だ。十六年前となると当時七つか八つ……といったところか」


 外見的には鳳珠と同じくらいか、少し上に見える。

 当時七つか八つの子供であった舞優は辛い生活を強いられたのだろう。


「そうさ、俺は呂家の分家で生まれた。父親は誰か分からねぇ。母親はこいつの父親の所有物だったからな。あっちこっちに貸し出されて弄ばれて心も体もボロボロだった」


 舞優の過去を聞き、白燕は胸を押さえた。

 舞優の母親の境遇が自分と深く重なったのだろう。


「俺は母親に似て、子供の頃はこう見えても可愛い顔をしてたんだ。ははは、変態共には大人気だったぜ」


 笑いながら舞優は言うがこの場にいる者は誰も笑えない。

 硬い表情で眉間に皺を寄せている。


「俺には妹もいたんだ。まだ生まれたばかりのふにゃふにゃした赤子だ。父親は誰か分からなかったが、とにかく可愛かった。穢れた大人達に囲まれていた俺にとっては妹が唯一の救いだった」


 舞優は意外にも小さな命を慈しむ心を持っていたようだ。

 舞優の妹を語る言葉には慈愛に満ちている。

 きっと舞優にとって妹はとても大切な存在だったのだろう。

 

 しかし、そんな時間は長くは続かなかったと舞優は言う。


「母親と妹と三人でいる時間は俺の傷を癒した。だが、妹の首がすわった頃、母親は産後間もなく無理矢理働かせられたのが祟って死んだ。妹は俺が目を離した隙にどっかに売られた」


 その言葉には強い憎しみが籠っている。

 舞優もやはりこの町の被害者の一人だったのだ。


「俺はこいつらに問い質した。妹をどこにやったのかって。だが、こいつらにとって子供の売買は日常茶飯事で誰をどこに売ったかなんていちいち記憶しておくようなことじゃない」


 当時子供だった舞優に力はない。

 きっとどれだけ騒ぎ立てたところで助けてくれるものはいなかっただろうし、大人達からしてみたら目障りなだけだっただろう。


 突然訪れた母の死と妹との別れが舞優の心にどれだけの悲しみと傷をあたえたのだろうか。

 ただでさえ、大人達に弄ばれ傷付いた子供の心を更にへし折るような真似を大人達が平然と行ったのだ。


 舞優の心の傷は言葉では言い表せないほど深いものだろう。


「俺は騒いだ罰として牢屋に繋がれた。お前も入ったんだろう? あそこは問題をおこした者を閉じ込めて調教するための牢なんだよ。気味が悪かっただろ?」


 舞優は鳳珠に視線を向けて言った。

 鳳珠は肯定もしないが否定もしない。


 特に鳳珠の反応を望んでいないらしい舞優は続ける。


「深い絶望の中、俺は自分の神力に目覚めた。神力で牢を壊し、地上に出て目に入る家屋全てを破壊した。たまたま火があった場所を壊して火災になった。俺の風は火を運び、多くの邸を燃やした」


 それがこの町で起こった二度目の火災である。

 

「俺は逃げずに神力を隠したまま町に残った。そして機会を見て俺を好んで嬲った本家の奴を殺した。そしてもう一人、妹を売った本人も殺した」


「それが前当主の兄弟達か」


 一人は山に入った際に転落死、もう一人は取り壊し予定の小屋で酒に酔って寝ていたところ、運悪く倒壊して下敷きになった。


 一人目も二人目も身体は見るも無残な姿だったと聞く。

 そこで疑問に思った。


 転落や倒壊による事故死にしては残忍過ぎるのではないか。

 身体に激しい損傷はあって当然だが、それよりも誰かに襲われたのではないかと言う考えが先立つ。

 

 例えば、風を刃のように操る舞優のような男に。

 そう考えていた蒼子はこの町で舞優に遭遇したことで一つの仮説でしかなかったことが現実味を帯びたのだ。


「あぁ、そうだ。あいつらは絶対に殺してやるって決めてたからな。俺はそれから妹を探すためにこの町を出た。だが、当時赤子だった妹を探すのは容易じゃない。目印はあったんだ。顔にクソじじい達に付けられた傷があった。結局、見つからず仕舞いだがな」


 舞優は悔しさを滲ませて言った。


 赤子の傷はすぐに治る。

 成長するにつれて顔もどんどん変わっていく。

 時間が経つにつれて見つけるのは難しくなる。


「呂鄭の従兄弟たちは何故今になって殺した?」

「そいつは俺じゃねぇよ。そこに転がってる奴の仕業だ」


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