第71話 捕まった鳳珠

 そして手錠をかけられた鳳珠を見て言葉を失う。


「神官様には何もしないと仰っていたではありませんか。ただ町を出て行ってもらうだけだと!」


 白燕は呂鄭を問い詰める。

 しかし呂鄭はどこ吹く風だ。


 白燕は鳳珠の手錠に視線を向けて驚愕の表情を浮かべている。


「ど……どうして、その手錠がここに…………」


 白燕は顔色を悪くする。


「これは白陽の部屋で見つけたものだ。今では入手困難な緋同石の手錠をどうして白陽が持っていたのかは知らんが、白陽の置土産としてありがたく使わせてもらう」


「緋同石だと?」


 鳳珠は手元に視線を落とす。

 神力を抑え込む王印と同様の力があるその鉱物はとうの昔に採掘し尽くしたと聞く。

 今現存するものはとても貴重でおいそれと手には入らない。


 何故、緋同石の手錠がこんな所にあるのかという疑問と何故、私にこの手錠を掛けたのかという疑問が交差する。


 そこで思い出した。

 この男は鳳珠を神官だと思っていることを。


 せっかくの緋同石も神力を持たない鳳珠には全く意味をなさない。

 このことに気付いている椋と柘榴は何とも間抜けな男を何とも言い難い表情で見ていた。


 三人は視線を交わし合い、『余計なことは言わない』ということで満場一致する。


「…………置土産?」


 そんな鳳珠達の前で青い顔をした白燕は唖然として聞き返す。


「ふん。お前と白陽の企みに気付かないとでも思っていたのか? 舞優とかいうならず者を使って私の寝首を搔くつもりだったのだろうが、残念だったな」


 血の気をなくした白燕を嘲笑い、呂鄭は続けた。 


 舞優だと⁉


 聞き覚えのある名前に鳳珠達三人は無言で顔を見合わせる。

 

 一体、何故あの男の名前が出てくる?


 舞優は以前、鳳珠の命を狙い、蒼子を井戸へと突き落とした男だ。

 風の神力使いで危険な男である。


 そんな男が、何故白燕達と関わっているというのか。


 鳳珠の中で疑問が生まれる。


「お前があの子供を逃がしたせいで売人はカンカンだ。お陰で白陽を渡さなければならなくなった。羅壇で商売をしている男が白陽を欲しがっていてな。あの男に売り渡せばいい値で買い取ってくれるだろう」


 力なく俯く白燕に呂鄭は続けた。


「飼い主に噛みつこうとするからこうなる。お前にもそれ相応の仕置きをしてやるからな。覚悟しろ」


 呂鄭の言葉に鳳珠は胸が悪くなる。

 それは椋も柘榴も同じ気持ちのようで、まるで化け物を見る目で二人は呂鄭を見ていた。


 しかし、幸いなのは蒼子が売人に掴まらずに逃げることができたということだ。

 蒼子を取り逃がしたことを悔やむ様子が呂鄭からは窺える。

 


「白陽は……白陽はどこですか?」


「今しがた、売人が連れて行った。走って追えば間に合うやもしれんな」


 嘲笑うように言うと白燕は部屋を飛び出した。

 どうせ追いつけるわけがないと、呂鄭は言う。


「………………貴様には人の血が流れていないのか?」


 鳳珠の問いに呂鄭はゲラゲラと笑う。


「ははは、子は親の道具。使えない道具は捨てるか、矯正が必要なのですよ」


 そう言って下卑た笑みを鳳珠に向ける。

 そして一歩鳳珠に近づいた。


「ふむ、男でこれほどの美しさ…………一体、あなたにはどれほどの値が付くでしょうか。あの娘よりもずっといい値がつきそうだ」


 呂鄭が鳳珠を頭のてっぺんから爪先まで舐めるように見回す。


「貴様っ! その方に近寄るな!」


 椋が男達に羽交い絞めにされながらも声を上げる。

 

「どこに売るか、私の手元に置くか…………その容姿であれば私が味見してからでも十分な値がつくでしょう」


 その言葉の意味を明確に察し、鳳珠はかつてないほどの嫌悪感が込み上げ、肌が粟立つ。


「おい」


 呂鄭の合図で男達が鳳珠達三人を取り囲んだ。

 鳳珠は両脇を抑え込まれ、椋には縄が掛けられる。


「ちょっと、丁寧に扱って下さらない?」


 この中で誰よりも男らしい筋肉隆々とした体躯の柘榴が女のような口調で言うと縄を掛けようとする男達が一瞬怯む。


 しかし、結果として他の二人よりもしっかりと縄を掛けられてしまう。


「呂鄭殿。自分のした行いは必ず返ってくるものですよ。ただで済むと思わないことですわ」


 柘榴は呂鄭に告ぐ。

 口調は優し気ではあるが、その言葉には憤りが現れている。

 呂鄭は柘榴の言葉を気にも留めない様子で男達に再び命じた。


「連れていけ」


 呂鄭の言葉に男達は動き出す。

 そして鳳珠達三人は邸の外にある離れに監禁されてしまったのである。


 


 

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