第65話 飴玉
柊は小さな女童を腕に抱え、歩きながら建物の中を確認して回っていた。
建物の中は思ったよりも広く、蒼子の小さな歩幅では時間がかかると思い、自分でよければ鳳珠の代わりに運び役をさせてもらいたいと申し出た。
蒼子は頷き、柊に抱えられることになった。
こうして抱いてみると本当に小さいし、軽い。
自分には弟達がいて、みんな柊と椋に抱っこを求めて代わる代わる抱き上げた。
蒼子と同じぐらいの弟でももっとずっしりとしていたのを思い出す。
こうしてみると女児と男児ではかなり違う。
弟たちは可愛い。だが、女の子である蒼子はなんというか、柔らかさがある。
それに対して弟達は骨から太くて重たいような気がする。
小さな子供の扱いには慣れていると自負していたが、これはより丁寧に接しなくてはならないと柊は自分に言い聞かせる。
「柊さん、飴いる?」
蒼子は懐をゴソゴソと探り、小さな巾着から飴玉を取り出す。
「服を見せてもらう前に白燕からもらった」
そう言いながら蒼子は小さな口に飴玉を入れてコロコロと転がし始める。
自分を拐わかした者からもらった食べ物は危険だと柊が言う前に蒼子が飴を口に含んでしまう。
「そ、蒼子様!」
毒でも入っていたらどうするんですか!
柊は心の中で蒼子の危機管理のなさに泣きたくなる。
「心配ない。これは白燕の良心だから」
蒼子は飴玉の入った巾着を弄ぶ。
何かを悟ったような大人びた表情に思わず視線を奪われる。
「いる?」
甘いお菓子を頬張り、子供らしい表情で蒼子は小首を傾げる。
「………………い、頂きます」
可愛らしい。とても、えぇ、凄く愛らしい。
先ほどの大人びた表情から一変して、その愛らしい姿は柊の疲労感を一瞬にして吹き飛ばす効力があった。
こんな愛らしい蒼子を舞優になど渡すわけにはいかない。
柊は何としても蒼子を鳳珠の元へ連れて行く決心をして飴玉を溶かし始めた。
建物の中を巡っているうちに、飴玉は溶け切った。
時折、蒼子が指を向ける方向には従う。
「老朽化が進んでいると言っていましたが、そこまで傷んでいるようには見えませんね」
新しくはないがすぐに倒壊しそうな雰囲気ではない。
窓には鉄格子、大きな柱や梁には鉄材が使われ、倒壊どころか荒しや地震が来ても大丈夫そうな頑丈さが見える。
部屋の一室一室は埃っぽいが、今自分達が歩いている廊下の中央は埃がなく、炊事場や浴室は少し前に誰かが使った形跡がある。
ということは、誰かが頻繁にこの建物に出入りしているということだ。
自分達には倒壊の恐れがあり、危険だからと嘘をついて遠ざけた建物に頻繁に人が出入りしている。
そしてこの建物には神力を封じる緋同石が使われており、神力を持つ者にとっては檻同然の場所だ。
そんな場所に人目を避けて出入りしているということは…………。
柊の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
「柊さん、そこで止まって」
蒼子に言われて柊は立ち止まる。
しかし、そこには部屋があるわけでもなく、白い壁と大人の腰ぐらいの高さの棚が壁に沿って置かれているだけだ。
棚にも何も入っていない。
「どうされましたか?」
柊は空の棚をじっと見つめる蒼子に問う。
すると、蒼子は床を指さした。
小さな指の先に視線を向けると、その棚を動かしたような痕跡があった。
「この棚を動かして」
柊は蒼子を一度降ろして、棚を壁に沿って横に動かす。
棚は軽く、大人であれば誰にでも動かすこそができる。
棚を動かすとそこに階段が現れた。
少し狭いが、大人が一人十分に行き来できるくらいの幅はある。
「これは…………」
柊は突然現れた地下へと続く階段に驚く。
ちらりと蒼子へ視線を向けるが、特別驚いた様子はない。
蒼子様は知っていたのでろうか?
しかし、何故?
柊の中が疑問で満たされる。
「昨日この池を案内された時から、この建物に気配を感じていた」
蒼子は淡々と言う。
柊には気付かないものを蒼子は白燕達に案内された時に既に感じ取っていたのだろう。
「行こうか」
蒼子が地下に伸びる階段へと足を踏み出す。
何かあった時、自分が蒼子を守らなければならない。
柊は周囲を警戒しながら蒼子と共に階段を降りた。
すると薄暗い階段を降りると大きな扉が現れる。
重厚感のある造りの扉は錠がかかり、開けられない。
「開けますか?」
「開けられる?」
柊は答えるより早く懐を探り、細長い金属を二本ほど取り出す。
「…………」
少しだけ蒼子の視線が痛い気がするが、柊は目を瞑ることにする。
ガチャリと重たい音を立てて錠が外れた。
「この扉も緋同石ですか?」
「あぁ。この扉の向こうに誰かが閉じ込められているようだ」
蒼子は扉をじっと憐れむような眼差しで見つめる。
一体、誰が閉じ込められているというのだろうか。
疑問に思っていると蒼子が扉に小さな手を伸ばす。
柊は自分が代わりに扉の取っ手を握った。
「開けますが……何かあればすぐに逃げます」
柊は前置きしておく。
自分は神力に対抗する術を持たないが、ここで蒼子を傷付けるわけにはいかない。
何かあれば蒼子を抱きかかえて逃げるしかない。
安全を考えるならば蒼子は今すぐ上に戻ってもらいたいが、蒼子はそれを良しとしないだろうと思い、柊は黙ってここまでついてきた。
「心配ない。おそらく、気配からして相当弱っている」
蒼子はそう言って柊に扉を開けるように合図をする。
「承知しました」
柊は小さく息をつき、扉の向こうに神経を集中させるて扉の取っ手に手を掛ける。
「開けます」
重厚感のある扉の中に、何があるのか。
柊は命じられるがままに扉を開け放った。
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