第64話 蒼子と舞優

「よう、神女。気分はどうだ?」


 そう言って頬に傷のある長身の男、舞優は蒼子に声を掛ける。


「気分が良いと思うか?」

「だよな。居心地が悪くてしょうがねぇ」


 気安く蒼子と会話をする舞優を柊は睨む。


「どうしてあなたがここに?」


 舞優は自分達の主である鳳珠の命を狙った男だ。

 

 まさか、今回も鳳様の命を狙っているのか?


 柊は危機感を募らせる。


「そう警戒するなって。俺はお前と神女を助けてやったんだぜ?」


 警戒心を剥き出しにする柊に舞優は言った。


「助けた?」


 柊は訝しみながら蒼子に視線を向ける。


「物は言いようだな。私が人買いに売り渡されるのを見計らって攫っただけだろう」

「今頃、人買いは発狂してるだろうな。お前、良い値がついてたからな」


 抑揚のない口調で話す蒼子に対して舞優は楽しそうに笑いながら言った。


「お前が寝ている間、神女は人買いに売られたんだよ。子供で世話をする人間が必要だからお前も一緒につけると気を利かせた呂家の娘に感謝するんだな」


 柊は眉根を寄せる。


 人を物のように扱う人間にどう感謝をしろというのか。


 腹の底が煮えるような怒りが沸々と込み上げ、身体が震えた。

 

「お前にする感謝はないが、白燕には感謝してもいい。彼女の一言がなければ、おそらく柊さんとも離れ離れになっていたから」


「何故、怒らないのですか?」


 蒼子からは白燕に対する怒りを全く感じない。

 勝手に売られ、どこの誰とも知らない者の元で過ごさなければならなかったかもしれないというのに。

 

 もっと、感情を荒げてもいいはずだ。


「そもそも、何故あなたがこの町にいるのですか?」


 柊は舞優に視線を向ける。


「さてな。どうだと思う?」


 まともに答える気がない舞優はにやにやとした顔で言う。


「まぁ、こっちの都合がついたら出してやる。それまでは大人しくしていてもらうぜ」


 そう言って舞優は蒼子達の前にどさっと麻袋おいた。

 麻袋から葡萄が一粒零れ落ちる。


 麻袋の中には果物と水筒のようなものが入っているのが見えた。 


「神女、お前はもう気付いてるだろうが、そうそう外には出られないぜ。無駄な体力を使わないことだ」


 舞優は蒼子の小さな顔に指をかけてぐっと顔を近づける。


「蒼子様!!」


 柊は声を上げる。

 しかし蒼子はいつものように至って冷静だった。


「神女、お前ほどの神力使いが何故神殿に囚われている?」


 舞優は心底不思議だと言いたげな様子で蒼子に問う。


「俺が助けてやる。一緒に来いよ」


 甘い声で誘うように舞優言った。

 その言葉に柊は眉を顰める。


 神官神女を許可なく連れ出すのは捕まったら即刻処刑の大罪である。


 そしてここにいるのは神殿内でも屈指の影響力を持つ宮廷三神女の一人、水の神女。

 宮廷最高三神である三人の神女は皇帝でも侵せない利権を持ち、皇帝以外の皇族に傅かなくても許される存在だ。


 そんな蒼子を人買いに売ろうとした呂家一族は到底許されることはない大罪を背負うことになる。

 しかし、それは蒼子が神女であると認識していなかったためでもある。


 だが、目の前の男は蒼子が神女であることを知った上で攫おうとしているのだ。


「余計なお世話だ。私は自分自身であの場所にいる」


「皇帝は随分と神官神女を飼い慣らすのが上手いらしいな。かつて皇族が俺達神力持ちの人間を道具のように扱い、政治の道具にしてきた歴史をお前も知っているはずだが」


 舞優の声が荒くなり、その瞳に怒りが宿る。


「そのような歴史があったからこそ、我々は帝の蛮行を監視し、抑制する役目を担っている。あのような歴史は繰り返してはいけない。それをさせないのが我らの義務だ」


 蒼子は舞優に臆することなく言葉を紡ぐ。

 そして続ける。


「お前こそ、自分に関わりのない過去を自分の過去と重ねて暴れるのは止せ」


 蒼子の言葉に舞優は表情を変える。

 

「は、何のことだかな」


 舞優は誤魔化して蒼子から手を放す。


「お前は絶対に連れて行く。大人しく待っていろ」

 

 舞優は立ち上がり、それだけ言い残して部屋を出て行く。

 遠くで重たい金属音が聞こえると、舞優の気配は完全に消えてなくなった。


「ふん」


 蒼子は扉の外に向かって鼻を鳴らした。


「大丈夫ですか?」


「平気」


 柊はその言葉を聞きほっとする。

 いつも通りの蒼子である。


「さきほどの言葉の意味は何でしょうか?」


 柊は蒼子と舞優の会話を不思議に思い、訊ねる。


「いずれ分かる。あの男も呂家の呪いに噛んでいる、ということだけ伝えておこう」


 蒼子はそれ以上はその件については語らなかった。

 柊は今はそれ以上聞くべきではないと判断した。


 きっと、後々蒼子の口から語られるだろうと思ったからだ。


「ここを出ますか?」


 柊は間を置いた後に蒼子に問う。


「あの男が言っていた通り、この建物内で神力は極端に制限される」

「それはどういうことですか?」


 蒼子の言葉に柊は首を傾げる。

 すると蒼子は窓に嵌まった鉄格子に視線を向ける。


「この建物に使用されている鉄格子に神力を抑制する鉱物が混ざっている。この鉱物は埋蔵量が少なく、既に底をついたと聞いていたが」


 蒼子の言葉に柊はとある鉱物について思い出す。


「その鉱物とは緋同石というものですか?」


 神力を抑制する王印と類似する効果を持つことからこの名が付けられた特殊な鉱物だ。

 とても稀少で埋蔵量が少なく、蒼子の言葉通り、もう採掘ができない貴重な鉱物である。

 この鉱物は宮廷の皇帝の住居や祭事の場、神力を有する犯罪者を捕えるための手錠や、閉じ込めておくための牢がある刑務所に使われている。


 現在は市場に出回っておらず、既存のものだけしかないはずだ。


 そして、白燕が鉱山と火事により閉鎖された採掘場があると言っていたことを思い出す。


「ここは緋同石の採れる場所だったのでしょうか?」

「おそらく、そうだろう」


 蒼子は頷く。


 そうでなければ鉄格子、扉、壁の中、柱や梁、こんなにも贅沢に緋同石を使うことはできない。


「それにしても、何故緋同石を使った鉄格子や扉があるのでしょうか?」


「それをこれから確かめに行く」


 そう言って蒼子は扉に向かう。

 扉は鍵を掛けられているわけでもなく、開け放たれたままだ。


「来る?」


 蒼子は振り返り柊に問う。


 舞優の気配はないが、何者かが潜んでいる可能性もあるし、建物の構造を知っておく必要がある。


 それに蒼子を一人にはできない。


「お供いたします」


 柊は短く答え、蒼子と共に部屋を出た。



 

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