第63話 嫌な再会

「柊さん、柊さん」


 耳元で名前を呼ぶ声がした。

 重たい瞼を持ち上げるとそこには少しだけ安堵の表情を浮かべる蒼子の姿があった。


「そう……し……様……?」


「気付いたか」


 柊はその言葉にはっと覚醒し、身体を起こした。

 視線を巡らせるとそこは見慣れない部屋だった。


 埃っぽく薄暗い部屋はさほど広くなく、簡素な寝台に卓に長椅子と一人掛け用の椅子が置いてあり、それだけで部屋は窮屈に感じる。


 窓は小さく、鉄格子が嵌まっていてそこから見える空は茜色に染まっていた。

 

 柊はその部屋の寝台に横たわっていたようだ。


「ここは…………」

「町からは出ていない」


 蒼子は落ち着いた声で言う。


「申し訳ありませんでした」


 柊は蒼子に深々と頭を下げる。

 そして自分の至らなさを噛み締めた。


 主である鳳珠はこのような状況に陥ることを危惧し、ずっと警戒していた。

 自分を信頼し、蒼子を任せてくれたというのにその信用を柊は裏切ってしまった。


 これでは主に合わせる顔がない!


 柊は唇を噛み締め、拳を痛いほどに強く握り締める。

 悔しさに打ち震えていると小さな手が頬に触れた。


「顔を上げなさい。心配しないで。鳳様は全て知っているから」


 その声に柊は勢いよく顔を上げる。

 すぐ目の前に蒼子の美しい顔がある。

 子供にしては美し過ぎる顔には無邪気さはなく、その代わりに知性と威厳を感じさせた。


「鳳様が……? 信じられませんが……」


 鳳珠が蒼子を誘拐される状況を黙って見過ごすはずはない。

 蒼子をベタベタに甘やかし、可愛がっている鳳珠は蒼子の側を離れるのことも拒む。

 

 しかし、そこではっとする。

 片時も蒼子から離れたがらない鳳珠が、蒼子から離れたではないか。


 柊の何かを察したことに気付いた蒼子は深く頷く。


「これはわざと。鳳様と私があえて離れることで相手の出方を窺った。まさか、あなたまで攫われるとは思ってなかったから、悪いことをしたのはこちらの方。本来であれば、あなたは私が攫われたことを鳳様に知らせる役になってもらうつもりだった」


 そう言って蒼子は逆に申し訳なさそうな顔をする。


「そう……だったのですか……」


「だから、気にしなくていい。それより、気分はどう?」


「問題ありません」


 柊が答えると蒼子は小さく息をつく。


「なら良かった」


 蒼子はそう言って窓の外を見つめる。


「柊さん、窓を開けてくれる?」

「かしこまりました」


 鉄格子が嵌まっているが、換気は可能だ。

 柊は蒼子の代わりに窓を開ける。

 すると冷たい風が室内に入り、淀んだ空気を逃がし、新鮮な空気を連れてくる。 


 窓の外を見るとその景色に柊は驚いた。


「蒼子様……ここは!」


 目の前に広がるのは池だ。

 離れた場所に家屋が見える。


「そう。ここは五の池の側にある家屋。私達はただ母屋から離れに連れて来られただけ」


 蒼子の言葉に柊は脱力する。

 そして主との距離がさほど遠くないことに安堵した。


「蒼子様、ここを出ましょう」


 柊が言うと蒼子は首を横に振る。


「この家屋は大きな窓や扉には鉄格子が嵌まっていて、塞がっている。入って来た玄関は内側からは開かない。それに、ここを出たところであまり意味がない」


「………………呂家が一族ぐるみで企んだこと……だからですか?」


 柊の言葉に蒼子は頷く。


「鳳様には椋さんと柘榴がついている。主が心配かもしれないけど、落ち着いて」


 椋は常に冷静で頭が回るし、神力もある。柘榴はとにかく腕が立つ。

 

 二人を信じよう。


 柊は心を落ち着けるために、深く呼吸をする。

 目の前にいる蒼子がこんなにも落ち着いているのだから、自分も取り乱してはいけない。


 柊は自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻す。


「あなたが意識を失っている間、何が起こったか話しておこうと思う」


 蒼子が柊に向き直った時、部屋の扉が開かれた。


「あなたは……!!」


 いきなり開いた扉に柊は反射的に蒼子を背にして入って来た人物を睨みつける。

 入って来た者の姿を見止め、柊は目を見開いた。


 そこにいたのは見覚えのある男だったからだ。


 頬に大きな傷のある長身の男が、にやりと笑う。


「よう、神女。気分はどうだ?」


 そこには別の町で鳳珠の命を狙った男、舞優の姿があった。


 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る