第59話 報告

 蒼子が鳳珠と共に五の池から戻ると椋と柘榴が旧本家へ到着していた。

 予想よりもずっと早く来てくれたことに感謝し、本題に入る。


「早速だけど、報告を」


 鳳珠の部屋に集まり、卓を囲んで話を始める。

 鳳珠は椋と柘榴に報告を促した。


「では、まず取り急ぎお伝えしたいことから」


 椋が口を開き、柘榴と目配せし合う。

 二人からは緊張感が漂っている。 


「単刀直入に言いますと、呪いはありました。こちらで呪いを発見したのは二名ほど。呂家当主代理の呂鄭、呂家の遠戚で歓楽街を仕切る呂翔隆という男です」


「何だって?」


 その言葉に鳳珠は驚きを顕わにする。

 鳳珠はちらりと隣に座る蒼子に視線を落とすが、蒼子は特に表情を変えない。


「首を囲むような呪印がありました。神力を感じましたので間違いありません」


「では本当に呪われているのか?」


 眉を顰めて鳳珠は言う。


「間違いありません。私達は今日、身体に痣がある呂家の人間に会えるだけ会い、痣を確認しました。ほとんど全てが生まれ持った肌の色味や打ち身、火傷の痕でしたが、中でこの二名ほど呪印が確認できました」


「呂翔隆の痣は呪印に間違いない?」


 蒼子は椋と柘榴を交互に見つめて言うと、二人は深く頷く。


「呪印にはいくつか種類がある。じわじわと苦痛を与え続けるもの、術者の意図によって苦痛を与えるもの、時が経つと死に至らしめるものと様々。どの種類の呪印か確認できた?」


「申し訳ありません、そこまでは」


 申し訳なさそうにいう椋に蒼子は首を振る。


「いい。種類の見極めは難しい。まぁ、本人が苦痛を感じていないとなると種類は決まってくる」


「時が経つと死に至る…………厄介だな」


 鳳珠が顎に長い指を添えて唸る。


「そう。痣の発現からどれぐらい経過したら効力が現れるのか分からない。本人もいつから痣があるのか分かっていなければ尚更読めない」


「やはり蛇神に呪われているのか。この一族は」


「呪印がある以上、術の根源が存在する。解呪にはそれを見つけ出すしかない」


 今後の方針は決まった。

 呪いがある以上、その根源を見つけ出し、取り除くことだ。


「蒼子……お前、あの男に呪印があることを知っていたのか?」


 あの男というのは呂鄭のことだ。


「知っていた」


 蒼子は落ち着いて答える。

 蒼子以外の三人は驚いて目を丸くする。


「何故言わなかったんだ?」


 三人を代表して鳳珠が蒼子に訊ねた。


「呪いの術者が一人ではないからだ」

「何だと?」

「複数いる……ということでしょうか?」


 鳳珠と柊は眉を顰めた


「呪詛の元になるのは神力だ。神力は三種類の火、水、風が存在し、神力を有する者はこの三つのいずれかの性質になる。故に、呪印を見れば術者の属性が分かる。しかし、あの男からは三属性全ての気を感じる」


 鳳珠は唖然とする。


「一番強いのは水の気だ。桁違いの強さからこれが蛇神だと推測する。だが、火も風もある。この二つは細い糸を束ねたような感じか。術者が複数いて誰か把握できていないうちに話すのは不安を煽るだけでよくない」


「そうだな。これはまだ話さぬ方が良いだろう。術者探しに奔走することになりそうだな」


 そう言って鳳珠は溜息をつく。

 

「四方八方から恨まれているわけか」

「少なくとも、この呂鄭への恨みを抱える者は一人、二人ではないということだ」


 鳳珠が呟くと蒼子は淡々と言う。


「ここ二十年ぐらいで亡くなった人間について知りたい」


 蒼子が言うと椋は頷き、口を開く。


 そして椋と柘榴は見聞きしたもの全てを正確に蒼子と鳳珠に伝える。


「死んだのは呂家当主とそれに近しい男達。このうち三人は不運な事故死、また三人は獣に襲われたと…………ふん、なるほど。娘達に呪印持ちはいなかったな?」


 蒼子の確証を持っていたような言い方に疑問を抱きつつも椋は答える。


「はい。確認したところ、誰一人」


 材料は集まりつつある。

 蒼子は険しい表情で頷く。


「神隠しについては何か分かったか?」


 鳳珠の問いに柘榴は複雑そうな表情を見せた。


「定期的に子供や女性が神隠しにあっているようです。主に観光などでこの町を訪れた外部の人間よ。呂家の当主代理は不慣れな者が迷って戻れなくなったのだろうと言っていましたけど」


 不服そうな柘榴は呂鄭の説明に納得できていないのだろう。

 

「急に子供がいなくなり、いなくなった子供は誰一人見つかっていないのよ。遺体すらもね」


 柘榴は双眸を伏せて睫毛を震わせる。

 いなくなった子供や女性が気の毒でならないのだろう。


「そちらは何か分かりましたか?」

「蛟滝の社には大量の履物が置かれていました。ほとんど全てが女性や子供のものです」


 椋の問いに答えたのは柊だ。

 柊の口から蒼子や鳳珠が見てきたものが語られる。

 蒼子達が襲われたことを話すと柘榴と椋は驚く。


「皆さんが無事で良かったわ」


 柘榴はそう言って蒼子の側を離れたことに対して申し訳なさそうな表情をする。

 蒼子は柘榴に『気にするな』と首を振る。


 そして蕗紀という女性の話もしておく。


「もう会うこともないと思いますが……」


 柊はそう言って言葉を切るが、蕗紀のことが気掛かりであることは表情を見れば察することができる。


「大体はこんなところ。もう一つ大事な話がある」


 そう言って蒼子は鳳珠の左腕の袖を捲り上げた。


「この人が蛇神から求婚された」


 蒼子の言葉に事情を知らされていない椋と柘榴は驚いた勢いで腰を浮かす。


「なっ⁉」

「えっと……どういうことですか?」


 激しく動揺する椋に対して柘榴は多少冷静だった。

 苦い顔で双眸を閉じた柊は説明を蒼子に託したようで無言である。


「蛇神はこの人に激しい憎悪を抱いている」


「鳳様……あれほど遊ぶ相手は選んで下さいと」

「違う! 人違いだ!」


 呆れを通り越して軽蔑的な眼差しを主に向ける椋に鳳珠は力強く否定した。

 すぐ側で大きな溜息が聞こえ、視線を下げると蒼子が呆れ顔で宙を見つめていた。


 やめろ、その空虚な顔。

 ダメな主を持つ従者の苦労を悟ったような顔をするな。


「本人は人違いだというから、蛇神が誰とこの人を間違えている可能性が高い」


 蒼子の言葉に鳳珠は大きく頷く。


「近々、蛇神と直接対面する機会がある」

「は?」


 今、蒼子の口からとんでもない言葉が聞えた気がした。

 気のせいだ。何だ、直接対面とは。


「すまん、蒼子。よく聞こえなかった。もう一度頼む」


 鳳珠は改めて蒼子に向き直って言う。


「蛇神と直接対面する機会がある」


 気のせいじゃなかった。

 鳳珠は心の中で絶望する。


「おい、待て。私はそんなこと望んでないぞ」


 あんなおぞましい女と直接会って話をするなんて御免だ。

 憎悪が深すぎて話が通じるような相手ではなさそうだった。

 もちろん、私以外の誰かへの憎悪だ。


「あなたが望まずとも、蛇神を呼ぶ必要がある」

 

 ここで『そんなに言うなら止めておこう』と言うような蒼子ではない。

 冷然と言い放つ蒼子に鳳珠は撃沈する。


「心配するな。あなたを蛇神の嫁にするつもりはない」


 落ち込む鳳珠に蒼子は強気な口調で宣言するように言う。


「必ず守る。安心していい」


 真っすぐに鳳珠を見つめる蒼子の瞳には強い意志を感じた。

 不敵なその眼差しに子供らしさは微塵も感じられない。

 そんな蒼子に鳳珠はドキリとしてしまう。


「蒼子…………」


 そして自分を守ろうとしてくれていることに鳳珠は感動を覚える。

 出会って早数か月、出会った頃から鳳珠は常に蒼子のことを考えていた。

 離れている間も、ひと時も忘れたことはない。


 大切に慈しんできた小さな娘が、自分のために得体のしれない蛇と対峙しようとしていると知り、ようやく自分の苦労が報われたかのような気持ちになる。


 父親とはこういうものなのだな。

 

 鳳珠はしみじみと親としての喜びを噛み締めていた。

 

 親ではないけれども。


 そんな悦に浸っている鳳珠に蒼子は言う。


「女難の相が出ていたのに放っておいた私にも責任がある。まさか、こんなことにななろうとは」


 蒼子の盛大な溜息によって鳳珠の感動は泡となったのである。


 

 

 

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