第50話 違和感の正体

 至極真剣な表情を浮かべて言う鳳珠に蒼子は驚いた。


「何故、そう思う?」

「あいつらの目的は金じゃなかった」


 鳳珠はそう言うと蒼子の顎から指を放す。


 その言葉に鳳珠がわざとらしく大きな声で財布を白陽に手渡していたことを思い出す。

 大きな声で財布を掲げるようにして『全財産』を強調していたことに感じた違和感がここで繋がった。


「あれはわざとか?」

「そうだ。襲ってきた男達は近くにいたんだ。金が目当てなら少なからず財布にも喰い付くが、財布を持った白陽達は追い掛けなかった。敢えて柊よりも弱そうな白陽に財布を渡したのもそのためだ」


 確かに、柊は優しく穏やかな人だが、骨格はしっかりしていて背も高い。

 それに加えて白陽はまだまだ少年の域を出ておらず、成長途中な風貌だ。

 どちらが襲いやすいかを考えれば一目瞭然である。


 全財産が入った財布であればより信頼できる相手に持たせたいものだが、白陽に渡したのも男達の目的を知るためだったらしい。


「何故、目的が私だと? 自分や白燕は違うと言い切れるか?」


 何せ目の前にいる鳳珠は月の女神さえも霞む美貌を持っている。

 女であれば国一つ転覆させることもできるのではないかと思えるほどの絶世の美人だ。


 白燕も雪柳のような可憐な美少女だ。

 こちらもなかなかお目にかかることはできない白銀の髪を持つ。


 蒼子も自分が不細工とまでは思わないが、子供の姿であることも加えると、この二人に比べれば見劣りするに決まっている。


「男達の中に大きめの麻袋を持った者がいた。口を紐で縛るものだ。いくら大きめでも私や白燕を入れて運ぶには小さすぎる。つまりはお前専用だ」


 以前、麻袋に入れられて攫われかけたこと思い出し、自分は大きめの麻袋に入れる身体の大きさなのだと自覚した。


「あとは目だ。あの男達は私に見惚れた後は真っすぐにお前に狙いを定めていた。白燕ではなく、お前にな」


 鳳珠は断言する。


「では何故、あの姉弟が仕組んだと? 理由は?」


 蒼子を狙う理由が分からない。

 姉弟が仕組んだと決めつけるのも時期尚早ではないか。


「まだ分からない。それを探るために白燕と親密になる必要があったのだ」


 白燕に近づけば、何か分かることがあるかもしれないと思い、敢えて親密な雰囲気を作り出したと鳳珠は言う。


 なるほど、だから急に白燕に構い出したのかと蒼子は納得する。


「故に、案ずるな。私はそなたが一番だ」


 そう言って鳳珠の腕が蒼子の身体に巻き付き、ぎゅっと力が込められる。

 ふわりと漂う甘い香の匂いが蒼子の鼻を掠めると、先ほどまで胸に渦巻いていた苛立ちが嘘のように消えていく。


「だが、成果はないと」


 蒼子は自分の感情の起伏を悟られぬように冷然と言う。


 その言葉にギクッと鳳珠が大きく肩を揺らした。


「まぁ、待て。もう少しすれば、昼間捕らえた男達が逃げたと報告が入るはずだ」


 蒼子達を襲った男達は捕らえられ、警吏に引き渡されたが、取り調べられたら困る犯人達の手によって逃がされるはずだ。

 

 あの短い時間でよくそこまで観察することができたなと蒼子は驚いた。

 鋭い観察眼と、機転の利かせ方が上手い人だと感心する。


 表情には出さず、蒼子が密かに感心していると再び蒼子の顎に鳳珠の指がかかる。


「再三いうが、絶対に一人になるな。良いな?」


 鳳珠は強い口調で蒼子に言う。


 先ほどよりも瞳に映り込む不安や恐怖の色が濃い。


「不安か?」


 蒼子は逆に問う。


 蒼子の問いに鳳珠はピクリと眉尻を跳ね上げた。

 そして昨夜と同じく、恐ろしく蠱惑的で、愛憎の入り混じったような複雑な表情で蒼子を見つめた。


 この人は心配しているのだ。

 蒼子がいなくなるのを。目の前から消えることを。


 自分が危険に晒されるかもしれないことを憂いている。

 そして思い通りにならない蒼子に苛立ちを覚えているのだ。


「不安だと言えば、そなたは私に縛られてくれるのか? 神女よ」


 ふいに鳳珠の顔が近づいて来る。

 妖しく細められた瞳に映る感情が先ほどとは別の何かに変わった時だ。


 ガッシャーン! と陶器が砕け散るような音が室内に響き、音がした蒼子と鳳珠は入り口の方を振り向く。


 そこには茶器が入った盆をひっくり返して、顔色を悪くした柊が小刻みに震えて立ち尽くしていた。


 床には割れた茶器の破片とその中身が散乱し、酷い有様だった。


 火傷をしていないだろうか。


 蒼子は心配になる。


「しゅ……柊?」


 柊から放たれる只ならぬ雰囲気を察した鳳珠はパッと蒼子から手を放し、膝に座らせていた蒼子を隣に降ろした。


 そしてギロっと眼光鋭く鳳珠を睨みつけた柊は冷ややかな声で言う。


「何をしてるんですか?」


 穏やかな口調ではあるが、その目は全く笑っていない。

 細められた瞳の奥はとても冷たかった。


「違う、何もしていない!」

「何が違うんでしょうか?」


 鳳珠は柊に訴えるが柊の冷たい態度は変わらなかった。

 誤解を解き、柊から警吏に引き渡した男達が消えたと報告を受けるまでには時間を要したのである。


 

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