第49話 拗ねてない
「戻ったか」
蒼子が部屋に戻ると、湯上りの鳳珠が長椅子に腰を降ろして待っていた。
濡羽色の髪を湿らせたまま、適当に髪紐で纏めているだけなのにこうにも色っぽいのは何故なのか。
顔の面積の三分の一は眼帯で隠れているといのに。
鳳珠の顔を見ると、一度は落ち着いたはずの苛立ちがぶり返してくる。
もう、いっそのこと顔面全体を面か何かで覆い隠す方が世の為人の為なのではないだろうか。
「何だ、まだ拗ねているのか」
「拗ねてない」
揶揄うような言葉に蒼子は反射的に言い返す。
もう少し気持ちを落ち着けてから戻ろう。
庭先の空気にでも触れれば、多少は心も落ち着くかもしれないと思い、部屋を出ようとした。
「どこへ行く気だ? 厠か?」
ついて来ようとする鳳珠の脛を蒼子は思いっきり蹴り上げた。
「いつっ!」
苦悶に満ちた顔をする鳳珠を見たらいくらか、冷静さを取り戻せた気がする。
片膝を着き、蹴った場所を押さえて悶絶する鳳珠を放って蒼子は部屋の中へと引き返し、長椅子に腰を降ろした。
蒼子を小さく睨みつけながら、鳳珠もドカッと隣に腰を降ろす。
「悪かった。お前がそんなに拗ねるとは」
「拗ねていない」
蒼子の顔を覗き込み、揶揄うような口調で言う鳳珠に蒼子は冷たく言い放つ。
「機嫌を直せ」
両脇に鳳珠の手が入り込み、身体が宙に浮いたと思ったら、鳳珠の膝の上に降ろされる。
こういう子ども扱いを止めないところも気に入らない。
もう一発、今度は股間にでも蹴りを入れてやろうかと考えていると鳳珠が口を開いた。
「まぁ、聞け。芝居のためだ。決してお前をないがしろにしたわけじゃない」
その言葉に蒼子は一瞬、ぽかんとする。
「芝居?」
「あぁ。昼間の一件は仕掛けられたものだ。おそらく、あの姉弟にな」
鳳珠の言葉に蒼子は驚く。
「根拠は?」
「根拠といえるほどのものはない。ただの勘だ」
「適当だな」
自信満々に言う鳳珠に蒼子は呆れた顔をする。
「こういう時の私の勘は当たる。間違いない。嫌な勘ほどよく当たる」
真剣な声音で言うと鳳珠は蒼子の小さな顎に指をかけて上を向かせる。
極めて近い距離で鳳珠の片目と視線が交わり、蒼子は身動きが取れなくなった。
「もう一度言うぞ。絶対に一人になるな。何があってもこれだけは守れ」
緊迫感のある口調で鳳珠は言う。
鳳珠の瞳には不安と恐怖、焦り、さまざまな感情を帯びて揺れていた。
何がそんなに不安なのかと蒼子は思った。
「あいつらの狙いは蒼子、お前だ」
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