第46話 百合
場所を変え、椋と柊が使っている部屋まで移動した。
適当な空き部屋でも良かったが、百合への配慮に欠けると椋が言うので百合の了承を得て部屋まで来てもらった。
痣の確認は椋にしてもらうことにして柘榴は部屋の外に出て待つことにした。
ほどなくして部屋の扉が開き、椋に手招きされる。
百合の許可を得たので一緒に確認して欲しいとのことだった。
「ごめんなさいね、失礼するわ」
「大丈夫です」
百合のある痣を確認することができた。
衣を前で抱き込むようにして背中を晒してくれていたのですぐに確認する。
「ありがとう、服を直してくれ」
椋はそう言って腰の辺りまでずり落ちた服を優しく肩にかけた。
椋と柘榴は一度外に出て、百合の身支度が整うまで待つ。
身支度が終わった百合にささやかなお礼代わりにお茶とお菓子を出して少し話を聞くことになり、最初に口を開いたのは百合だった。
「あの……私も呪われているのでしょうか?」
緊張した声音で百合は訊ねる。
「俺達二人で確認させてもらったが、百合の痣は蛇神の呪いとは関係ないものだ。君は呪われていない。安心して欲しい」
椋は優しく伝えるが、百合の顔色は芳しくない。
それどころか、ぎゅっと衣の裾を握り締めて唇を噛み締めている。
「…………蛇神様は本当に呂家を呪っておられるのでしょうか?」
「それを今調べている最中だ。百合から見て何か気になることはないか?」
「気になること……ですか?」
「どんな些細なことでも構わない。百合自身が悩んでいることでもいい。聞かせて欲しい」
俯く百合に椋は優しく問う。
その言葉に百合の長い睫毛が微かに震えた。
何かを言いたそうに唇が小さく動くが、言葉が紡がれることはなく、何かを堪えるような、切なそうな表情をする。
「特には……ありません……」
「そうか。もう一つ、この町では神隠しが起こると聞いた。何か知っていることはないか?」
椋の問いに百合はキュッと唇を引き結ぶ。
「お力になれず申し訳ありません」
謝罪をする百合に椋は首を振る。
「いや、いいんだ。こちらこそ、立て続けにいくつも訊ねてすまない。協力してくれてありがとう」
椋は優しい微笑を浮かべる。
それを見た百合は何かを言いたそうにしており、少し間を開けて口を開いた。
「………………神隠しですが…………蛇神様は……悪くないかもしれません」
百合はそう言って蛇神を擁護するような発言をする。
「それはどういう意味だ?」
「いえ、すみません! 何でもありません!」
弾けたように顔を上げて百合は自らの言葉を否定する。
そして椅子から立ち上がり、『そろそろ失礼します』と言って部屋を出ようとするのを椋が引き留めた。
「俺達はもうしばらくここに滞在する。いつでも来てくれ」
そう言って椋は続ける。
「辛いことは一人で抱えても仕方ないことも多い。話は聞ける。場合によっては手を貸せるかもしれない。何か抱えているのであれば、頼って欲しい」
椋は懐から何かを取り出し、百合に手渡す。
それは手の平に収まるくらいの小さな巾着に入った鏡だ。
「鏡は邪を跳ね返す。持っていてくれ」
椋は百合に鏡を握らせる。
百合は泣きそうな顔を伏せて、無言で小走りに去っていく。
華奢な背中が見えなくなると柘榴はじっと椋の横顔を見つめた。
柘榴の視線に気付いた椋は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「やめろ。見るな」
「あら、ごめんなさい。つい」
柘榴は単純に驚いたのだ。
生真面目そうな椋が女性に色仕掛けをするところが想像できなかったからだ。
「随分と手慣れてらっしゃるのね。こういうのは鳳様の得意分野かと思ってたわ」
「…………俺と柊は生まれも育ちも遊郭なんだ」
渋い顔で椋は話し始めた。
「俺達は遊郭のとある妓楼で生まれた。母は妓女で客との間に出来た子供だった。女であれば使いようがあるが、男であれば基本は邪魔なだけ。裏通りの店に男娼として売られそうになったのを母が楼主に頼み込んで止めてくれた」
そこからは小間使いとして店で働いたと椋は言う。
「柊は今でこそあんなに大人しそうに見えるが、喧嘩っ早い奴で嫌な客を追い払ったり、金の取り立てをする用心棒に。俺は店の中で帳簿の管理や客と妓女の世話をする仕事をしていた。子供の頃からな。幼い頃は女物の着物を着せられて店の中を歩いていたし、周りは女ばかりで男を落とす手練手管は嫌でも知ることになるだろ」
逆に、女のことも詳しくなったと椋は言った。
「望む言葉で感情を惹きつけてやればいい。それは男も女も変わらない」
「まぁ、悪い人ね」
罪作りな男だと言うと椋は苦い顔をする。
「言っておくが、必要な時にしかしないことだ。今のは必要だっただろ」
「そうね。彼女は私達を警戒していたもの」
「あぁ。無理強いするわけにもいかないし、こっちだって嫌な思いをさせたいわけじゃない」
そこに椋の優しさが見える。
柘榴は椋を誠実で真面目な人だと感じる。
堅物そうに見えて女性には紳士的、そして男の色気!
あの色っぽい目で見つめられ、鼻筋から唇までの視線運びに身悶えしたいわ!
柘榴の中の女がきゅんきゅんと胸を打ち鳴らす。
正直、ちょっとだけ百合が羨ましい。
「それにしても、気になるな」
「椋様もそう思う?」
柘榴は自分の中の女子を引っ込めて気持ちを切り替えた。
先ほどの百合の様子に違和感を覚えていたのは二人共同じだったようで、互いに顔を見合わせる。
「普通は自分が呪われていないと分かれば安心するものじゃないか?」
「えぇ。だけど、彼女は何だか……」
がっかりしたように見えたのだ。
まるで、自分が呪われていることを望んでいたような……そういう落胆を感じた。
「何かを話そうとしていたと思う。だが、何も話してくれなかった」
「気軽には話せないことなのかもしれないわ」
百合は何かを伝えようとしていたのではないだろうか。
物言いたげに唇が微かに震えていた。
「それに、『蛇神様は悪くないかもしれない』と言った。この言葉も気になる」
柘榴は頷く。
「とりあえず、他の女の子達にも話を聞いてみる必要があるわね」
そう言うと重たい溜息が隣から聞こえてくる。
どうやら、椋は女性を巧みに操る技術の心得はあるが、実行することに抵抗を感じているようだ。
気のない女性に気を持たせるような素振りをするのが申し訳なくかんじて良心が傷むのだという。
もう、本当に良い男なんだから!
柘榴の女子の部分は完全にお祭り騒ぎだった。
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