第45話 呪印と痣

「どう思う?」


 単刀直入に椋は柘榴に訊ねた。


「あれは間違いなく呪印だわ」


 柘榴は確信に満ちた表情で言うと、椋は大きく頷く。

 

「微かだが神力を感じた」


 鱗のような模様をした痣が蠢いているように見えた。


「あれは打ち身でできた痣なんかじゃないわ。あれは紛れもなく呪いの一種よ」

「他の娘達も同じような痣があるのだとすれば、マズいことになる」

「彼女達の痣も確認する必要があるけど……」


 柘榴が途中で言葉を切る。

 娘達の痣の場所が問題だ。


 白燕のように腕であれば、失礼なことに変わりないが見せてもらえるだろう。

 だが、彼女達は背中や腰、胸などのどうあっても服を脱いでもらわなければならない場所に痣がある。


 そうなると蒼子を呼ぶのが一番良いが、時間が掛かる。


「とりあえす、会って話を聞いてみよう」



 考え込む柘榴に椋は言う。


「女の子は繊細ですのよ、椋様」


 彼女達が見ず知らずの男達に痣を見せろと言われて素直に応じてくれるはずはない。


「大丈夫だ。無体を強いるようなことはしない」


 怖い思いをさせたくないし、傷つけたくない。

 蒼子を交えて慎重に行うべきだが、柘榴は椋の言葉を信じることにした。





 最初に百合という娘に会うことにした。

 彼女は昨晩、本家に泊まったですぐに会うことができた。


「あ、痣ですか? 確かにありますが……」


 歳は十八で色白、目元がくりくりとした愛らしい顔立ちの娘は少し警戒したように答えた。


「無礼を承知で頼みたい。その痣を見せてくれないか?」


 椋の直球な一言に百合は目を丸くする。


 何となく、想像は出来ていたけど! 


 柘榴は泣きたくなった。

 椋は柊と違い、世間話を楽しむ質ではないし、遠回しに相手に何かを伝えるよりも直球にずばっとはっきりものを言う。


 それがいい場合もあるが、悪い場合もある。

 今は完全に後者だ。


「あのね、無理にとは言わないのよ! だけど、呂家の呪いを解くには必要なことなの!」


 柘榴は必死に伝える。

 百合はどうしたものかと、悩まし気な表情で柘榴と椋を交互に見た。


「はぁ」


 大きな溜息がすぐ側から聞こえる。


 椋様! そういうのは態度に出しちゃ駄目なのよ! そういう男の不遜な態度に女の子は怖がるんだから! 


 柘榴は心の中で椋を叱り倒したくなる。


「すまない。その……昨晩の舞を見た時から話してみたかったんだ。遠くで見る君の舞はとても美しかったが、近くで見る君はとても……可憐で、愛らしいのだな。そう思ったら思わず……」


 溜息が出てしまったと椋はうっとりとしたように目を細める。

 悩まし気に前髪を撫でつけ、額を顕わにし、もう一つ溜息を零す。


「昨日の……舞を見て下さったのですか……?」


 少し驚いたように百合は顔を上げて訊ねる。


「あぁ。まるで白樺の精が目の前に降り立ったのかと思った。少し話を……とも思ったが、俺なんぞに話しかけられても迷惑だろうと思って声を掛けられなかった」


「そんな……迷惑だなんて。声を掛けて下されば、私……」


 照れたように言う椋に百合はもじもじと恥ずかしそうに頬を染めた。

 そんな百合に椋は優しく微笑みかける。


 何だか椋の周りにキラキラとしたものが飛び、背後に花が咲いたように見える。


「さっきの話は気にしないでくれ。不躾な頼みだとは承知している。だが、君とこうして話が出来て良かった」


 きゅんっとどこからか乙女の心臓を射抜く音が聞こえてきた気がした。


「行こう、柘榴」

「え? えぇ……」


 踵を返し、歩き出そうとする椋に柘榴は戸惑う。

 これで良いのだろうか、と大いに心配になる。


「あ、あの!」


 歩き出そうと一歩を踏み出した所で、百合の声が呼び止めた。

 ゆっくりと振り向くと、百合は意を決したような表情で椋に歩み寄る。


「お……お見苦しいかとは、思います……ですが、これも調査に必要なのでしたら……」


 百合は恥ずかしそうに頬を染めて『お見せします』と小さく呟いた。

 すると椋は百合の手を優しく取り、身を屈めて自身の額の前に掲げる仕草を見せる。


 この国では敬意を示す相手への深い感謝や誓いを立てる際に行う。


「感謝する」


 じっと意味深に百合を見つめる椋は艶っぽく、色めいている。

 瞬きの仕方から、目配せまで、男の色気が溢れ出ている。


「そっ……! そんなっ!」


 自分に恭しい態度で接する椋に対して百合は悲鳴にも似た声を上げる。


 因みに、これは男性から女性へ行うと『あなたに好意がある』という意味にもなる。


 今回の場合、『相手への深い感謝』の意に違いないのだが、椋が色気を撒き散らしながら言うと勘違いも生まれそうだ。


 百合の目はもう熱に侵されている。


 落ちた。

 完全に落ちた。

 恐ろしい男だわ……。


 女を手の平で転がすことに手慣れている。


 椋の意外な一面に柘榴は戦慄した。




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