第44話 聞き込み
茶屋にて蒼子が団子を頬張っていた頃。
呂家の現本家では鳳珠の従者椋と蒼子の従者柘榴による当主代理への聞き込みが行われていた。
応接室に通された椋と柘榴は向かい合うように座った呂家当主代理の呂鄭の顔をまじまじと見つめる。
年齢は四十半ばだが、年齢よりもずっと若く見える。
それは整った顔立ちと肌艶の良さが関係しているのだと椋は思った。
「お忙しい中、ありがとうございます。呂鄭殿」
「お話とは何でしょうか?」
ここへ来た時から歓迎されていないことは察していた。
もっと邪見にされるかと思ったが、話しだけは聞いてくれる雰囲気で椋は安堵する。
「呂家ではここ二十年余りで不審死が相次いでいると聞きました」
「それが呪いだと?」
「関係があるかどうかはこれから調べるのです」
椋の言葉に呂鄭はあからさまに面倒だと態度に示した。
「呪いだなどと、大袈裟なんですよ。全て偶然が作り出した事故でしかないのです」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに呂鄭は溜息をつく。
「事故ですか?」
椋が訊ねると呂鄭は柘榴が持っていた巻物に視線を向ける。
「それはお貸しした家系図ですね。それを使ってご説明しましょう」
柘榴は丸まっていた家系図を広い卓に広げると、呂鄭は身を乗り出す。
「確かに呂家ではここ二十年で何人も死者が出ていることは事実です。ここ二十年以内の話であれば、まずは私の父、先代当主ですね」
呂鄭は自分の名前のすぐ上に書かれた呂柳という名を差す。
「死因は入浴中の溺死です。酒を飲んで風呂に入ったまま居眠りをして溺れたんでしょう。呂家では非常に珍しく長生きした人で享年八十歳ですよ。いつ死んでも不思議じゃなかった。酒を飲んでなければもう少しは長く生きたかもしれませんが、これを呪いだと騒ぐ方が無理があります」
呂家一族は短命で知られている。
その一族の中で八十歳まで生きた者はほとんどいないと呂鄭は言う。
「先代と呂鄭殿は随分と歳が離れておられるのですね」
「こちらをご覧いただくと分かりますが、兄と私以外にも長男、次男がおりました。子供の頃に流行り病で亡くなっております」
そう言って呂鄭は家系図を指す。
兄である呂鴈は三男、呂鄭は四男だ。亡くなった長男と次男、嫁いだ姉と妹がいるのが家系図から見て取れる。
「父が亡くなったのが今から二十年ほど前です。それから四年後、私の叔父達が二人続けて亡くなりました。一人は崖から足を滑らせた転落死です。その人は昔から狩りが好きでして、その日も山に入っていました。かなり派手に転がったようであちこちに痣や切り傷でボロボロでした。もう一人は弱いくせに酒好きで取り壊し予定の小屋で寝ていたようです。運悪く、その日に倒壊してしまい、下敷きになった。瓦礫の下から発見された時は腹や頭が潰れ、喉に農具が刺さった無残な姿でした。それを呪いだと誰かが吹聴したのでしょう。しかし呪いでも何でもありませんよ」
呂鄭は苦い顔で言う。
確かに、話しを聞く限りはどれも事故のように思われる。
「去年と一昨年、続けて私の従兄弟が三人亡くなりましたが、これも事故です。三人は狩りで山に入って、獣に襲われた」
「獣というと、野犬かしら?」
柘榴の女のような話し方に不愉快そうな表情を浮かべながらも呂鄭はその点には触れずに、首を横に振る。
「おそらくは熊でしょう。身体は皆ボロボロで頭や手足が食いちぎられたような、切られたような跡がありました。あれは野犬には無理です」
その口振りから、呂鄭はこの三人の従兄弟の遺体は見たようだ。
今にも吐きそうな顔をして、口元を手で覆っている。
「亡くなった人達に白燕殿のような痣はありましたか?」
椋の問い掛けに呂鄭は鼻を鳴らす。
「それは見た者の気のせいですよ。この歳になれば打ち身で出来た痣の一つや二つあってもおかしくないでしょう。それも、一度できるとなかなか若い頃のようになおりませんから」
やれやれと呂鄭は呆れて首を振る。
こんなことでいちいち騒がれては堪らないと顔に書いてある。
この男は呂家の『呪い』と全く信じていないのだろう。
それなのに何故、自分達の滞在を許可し、宴まで催したのか。
それは自分達が王命によって来たから無下にできないという理由が大きいのだろう。
でなければ、きっと昨日の時点で追い返されているに違いないと椋は思った。
「本当に、呪いだのなんだの、馬鹿馬鹿しい。兄も大袈裟なのですよ。あの人は人一倍気が弱い。だから毎回毎回、怪しげな輩に騙される」
呂鄭の言葉には棘がある。
兄を心配するような言葉を並べているが、滲み出るのは嫌悪感だ。
「だから結婚もできないし、働く以外能がない。王都で大人しくしていればいいものを…………」
呂鄭は無意識に聞かせるはずではなかった兄に対する不満を口走り、はっと我に返って言葉を切る。
「とにかく、呪いだなんだと騒がれるようなことではないのですよ」
「白燕殿の痣についてはどうお考えですか?」
椋と柘榴は白燕の腕に痣があるのを確認している。
白い腕に広がった鱗のような赤黒い痣はとても痛々しかった。
「あれもただの偶然でしょう。きっとどこかにぶつけたんですよ。あのような編み目模様の家具や道具はこの家にも探せばあるでしょう」
他人事のように呂鄭は言う。
自分の娘のことだというのに、あまりにも素っ気なく、関心がないように感じられる。
この男は本当に呪いを信じていないようだ。
「それに似たような痣なら私にもあります。何にぶつかったのか全く記憶にないですが」
呂鄭は思い出したように自分の服の襟を寛げる。
「それは……!」
椋が声を出す前に柘榴が声を上げる。
大声を出したわけではないが、その硬い声音と固唾を飲む音が衝撃を物語っている。
健康的な肌の上にある黒い痣から微かに感じられる気配に気付き、椋と柘榴は顔を見合わす。
痣は細く鎖骨の上を横に走っており、微かに神力を感じる。
細かい鱗のような模様がまるで蛇が首を絞めているかのように見えた。
「痛みもなければ痒くもありませんが。いつできたのかもわかりません。この程度の痣やシミを肌に持つ者は呂家には多いです。いちいち、騒ぐことじゃない」
呂鄭はそう言って服を直した。
「他にはどなたが痣を持っておられます?」
このような痣を持っている者がいたら、話しを聞かなければならない。
そう思い、柘榴は訊ねる。
「そうですね……昨日の宴にいた娘達にもおります。百合という娘は背中に、花蓮は右の腰の辺りに。昨日はおりませんでしたが、分家の娘にも胸の辺りに痣がある者がおりますな」
椋と柘榴は名前が挙がった者を記憶する。
「もう一つお聞きしたいのですが、この町では神隠しが起こるという噂を聞きましたが、ご存じですか?」
『神隠し』という言葉に呂鄭は呆れたような顔をする。
「この町は山で囲まれていて、大きな滝と川があり、非常に自然が豊かな土地です。子供の好奇心をそそるのでしょう。たまに森の中に入って迷子になり帰って来れなくなる子供がいるのでそのように言われているのでしょう」
やれやれと首を横に振り、呂鄭は溜息をつく。
「もうよろしいですか? 忙しいもので」
これ以上は付き合えないと態度に滲み出ていた。
椋と柘榴は丁寧にお礼を言って部屋を出た。
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