第43話 乱れた心

 鳳珠にボコボコにされた男達は柊と白陽が連れてきた警吏に無事引き渡しが完了した。

 蒼子達は馬車に乗り込み、予定よりも遅れて目的地である呂家の旧本家に向かった。

 

 馬車の中でも鳳珠は未だに調子が優れない様子の白燕を気遣い、隣に座って介抱しており、蒼子はその様子を向かいの席に座って眺めながら、こんなにもこの馬車は乗り心地が悪かっただろうかと考えていた。


 移動中に鳳珠は白燕に付きっきりで、蒼子に視線を向けることはほぼなく、そのことには腹が立つ。


 確かに、自分は王印の影響をさほど受けておらず、白燕のように気分が優れないほどではない。

 

 だが、『お前は大丈夫か?』と一言ぐらいあってもいいのではないか。

 自分が作り出した状況に迷惑を被ったかもしれないと、気遣うべきではないのか。


 心配してくれたのは柊だけで、何も悪くない柊が非常に申し訳なさそうな表情を見せるのに、お前は何だと文句を言いたい。


 乗り心地の悪さと居心地の悪さが苛立ちに変わり、馬車に乗っている時間がとてつもなく長く感じられ、一秒でも早くこの空間から出たいと願わずにはいられない。


 時間が経つほど、胸の中がムカムカしてくるのだ。


 そうしているうちに、馬車が停まり、扉がゆっくりと開いた。

 扉から顔を出したのは白陽である。


「皆さま、お疲れ様でした。今晩はこちらの邸でお休み頂きたいと思います。お食事の準備を致しますので、お部屋でお休み下さい」


 ようやく目的地に着いた頃には日が暮れていて、一晩こちらで泊めてもらい、五連玉池には明日行くことになった。


 本当であれば、昨晩泊まった呂家の本家に戻るつもりだったのだが、悪漢の件で思ったよりも時間を取られてしまったためだ。



「神官様、申し訳ないのですが使える部屋がこちらは少なく……姫様と同室でも大丈夫でしょうか?」


 控えめな言い方で白陽は鳳珠に訊ねる。


「あぁ、構わん」


 即答した鳳珠に白陽は安堵の表情を浮かべるが、蒼子はそれを聞いて眉を跳ね上げ、柊は顔色を青くする。


「私は嫌」


 何故、鳳珠と同室にならなきゃいけないのか。

 こんな姿でも蒼子は妙齢の女性だ。


 昨晩みたいに寝ぼけて部屋を間違えたのであれば致し方ないと目を瞑る心は持ち合わせているが、最初から男と同室などお断りだ。


「白陽殿、私はどこでも構いませんので、私に宛がう部屋を蒼子様に使って頂けませんでしょうか?」


 柊が焦った様子で会話に割り込んでくる。


 蒼子は柊の心遣いに感謝した。


「お前達、我が儘を言うな。急なことなのだから、部屋数が用意できなくても仕方ないだろう。ほら、行くぞ」


「うわっ」


 鳳珠は呆れ声で言うと蒼子を抱き上げて馬車を降りる。

 まるで荷物のように肩に担がれた蒼子を、柊は申し訳なさそうな顔で見ていた。


 鳳珠の蒼子への振舞いに関しては全面的に蒼子の味方をしてくれる柊と椋だが、時には主を止められないこともある。


 今回は止められないようだ。


「白陽、姉を休ませてやれ」

「ありがとうございます、神官様」


 白陽は丁寧に鳳珠へ頭を下げ、馬車の中にいる白燕に手を差し出す。

 弟の手を取り、馬車を降りた白燕の視線は真っすぐに鳳珠の背中へ向けられているのを蒼子は鳳珠の肩に担がれた状態で見ていた。


 


 


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