第41話 意外に強い


 木々が生い茂っているこの場所は誰かを待ち伏せするにはうってつけの場所で、鳥や兎などの小動物の気配が多い。


 こんなに近くに潜んでいた賊に蒼子は全く気付かなかった。


「何だ、男もいたのか」

「男もえらい美人じゃないか」


 男達の言葉に鳳珠は『そうだろう』と言わんばかりのドヤ顔で絹のような美髪を手で払う。


「その美人な私に、一体何の用だ?」


 鳳珠は挑発的に微笑み、男達に問う。

 麗しい鳳珠の姿に男達は一瞬惚けたような顔になるが、すぐに互いの顔を見合わせて正気を取り戻し、蒼子達に向き合う。


 男達は全部で五人だ。


 追い払うのも捕まえるのも簡単なのだが、蒼子が動くと鳳珠が偽神官だということがバレてしまう。


 どうしたものかと、蒼子が考えていると鳳珠が男達に向かって一歩踏み出した。


「何用だと聞いているが。耳が聞こえないか?」


 中には刃物を持っている者もいるというのに、鳳珠には怯えの色はない。

 挑発的な口調で男達を煽る。


「もう一度、聞く。何用だ」


 すると主犯らしき男が顎で仲間に合図をする。

 鳳珠の問いに答えることはなく、男達が向かってきた。


「お前達はそこを動くな!」


 緊張感の高まった鳳珠の声が響く。

 

 その瞬間、ズンっと身体が重くなり、地面に縫い付けられたかのように足の自由が利かなくなった。


 身体が鉛のように重く、手足を動かしたくてもまるで力が入らず、腱が切られたのではないかと錯覚する。


 王印の力か……!


 蒼子は眉を顰めた。


 身体に神力を込めてもザルに水を入れるような感覚で抜けていく。

 今のこの小さな身体では鳳珠の王印の力が作用しているうちは神力を使うことができない。


 そうなると蒼子の中に焦りが生まれる。

 自分の身を守れる手段を蒼子は一瞬にして失ったのだ。


 そもそも、何故に王印の力を使う必要がどこにある⁉

 

 このままでは危ない。

 

 ふと、気付くと蒼子を太陽から隠すように影ができた。

 顔を上げると自分に向かって男が背面から落ちて来る。


 男が自分目掛けて落ちて来る様子がやけにゆっくりに見えた。

 身体は動かず、神力も使えない。


 このままでは落ちてきた男に押し潰されてしまう。

 

 蒼子はぎゅっと目を瞑って衝撃に備えるしかできることはなかった。

 できるだけ強く、舌を噛まないように歯を食いしばり、衝撃を待った。


 ドスっと何か重量感のある物が地面に落ちた音がする。


 予想される衝撃がいつまで経ってもやってこないことに疑問に思い、蒼子は恐る恐る瞼を持ち上げる。


「すまん、驚かせた。大丈夫か?」


 目を開け、上から降ってくる声に釣られて顔を上げると、いつもよりも少しだけ濡れ羽色の長い髪を乱した鳳珠が立っている。


 するりと美しい長髪が一房滑り落ちて、蒼子の目線の先で揺れた。


 そして蒼子は目の前の光景に驚いて目を丸くする。


 蒼子に向かって落ちてきて男は蒼子の脇で失神しており、鳳珠が右肩に担ぐように持っていたのは敵から奪ったと思われる棍棒、左手には男の足首を掴んで引き摺っている。


 そして左手で掴んでいた男を離れた所へ捨てるように投げた。

 蒼子はひょいっと鳳珠の後ろを除き込むと既に一人の男は地面に倒れ込み、二人の男達は額と顔が痛いのか顔面を手で覆った状態で蹲っている。


 地面には少量だが、血が流れているところを見ると顔が痛い二人は鼻か、額かが割れているのだろう。


 ほんの僅かな間に男達を伸してしまう鳳珠の腕っぷしの強さに、蒼子は驚きを隠せない。


「これ……あなたが?」

「何だ、私が強いのが意外だったか?」


 目の前に広がる光景を呆然と見つめる蒼子に鳳珠は悪戯っぽく言う。


 意外過ぎる。

 身体は案外引き締まっているのはいつも抱き上げられているので分かるが、どう見ても優男の部類である。


 こんな風に五人もの体格の良い男達を一人で瞬殺してしまうほど強いとは思わなかった。


「うあっ……あぁ……」


 男の一人が痛みに悶えながら身体を起こそうと顔を上げると口からダラダラと血を流している。

 どうやら前歯を折ったようだ。

 


「容赦がないな」


 蒼子は男達が少しだけ気の毒になる。

 何が目当てか知らないが、五人で襲い掛かったというのにたった一人に滅多打ちにされては立つ瀬がない。


「覚えておけ、蒼子。大人の喧嘩で手加減は非礼だ」


 鳳珠は微笑して蒼子に言い聞かせる。


 確かに、手加減してればこちらがやられかねないのだが。

 こうも明確な実力差があるのだから少しぐらい加減してもいいのではないかと思ってしまう。


「鳳様! 蒼子様!」


 柊の声と共にバタバタといくつもの足音が折り重なって聞こえてくる。

 柊が引き連れてきたのは警吏だった。






 

 

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