第35話 茶屋

「機嫌を直せ」


 蒼子の目の前につやつやとした餡がたっぷりとかかった団子がちらつく。


「欲しいだろ?」


 串に刺さった団子を片手に鳳珠は言った。


 蒼子は今ほど鳳珠の膝の上で自分の分を平らげたばかりだ。

 さっきからお茶しか飲まず、一向に団子に手をつける気配がないと思えば、そういう魂胆だったのかと柊は呆れてしまう。


 そして蒼子はじっとりとした目で鳳珠を睨む。


「欲しい時は何と言うんだ?」


 ニヤニヤする鳳珠を蒼子は鋭く一瞥したかと思えばにっこりと花が咲いたような笑顔で手を差し出す。


 スッと自然な流れで鳳珠の手から蒼子の手へと団子が渡り、鳳珠ははっとするがもう遅い。


 蒼子は無言で団子を手に入れたのである。

 そして鳳珠は悪戯に失敗した子供のような顔をするのだ。


 好きな女の子に意地悪をする子供である。


 精神年齢が思ったよりも低かったらしい主を前に、柊は溜息を零す。


 目的地に向かう前に少し観光をすることにした蒼子達は町の茶屋に入った。


 鳳珠と蒼子は目立ちすぎるので外套を頭から被った状態で、はたから見れば怪しい集団に思われなくもないが、店に迷惑を掛けないためにも二人は外套を取らないでもらうことにした。


 甘味を欲しがる蒼子の為に甘味を頼む。

 客は自分達以外にも何組かおり、さほど広くない店内は一杯になった。


 蒼子と白燕以外は男ばかりで、明らかに余所者の自分達が珍しいのか、それとも見目麗しい女子二人が珍しいのか、随分と視線を感じる。


 窓の外や入口にも不躾な視線を感じ、いい心地ではない。


 特に白燕は会話には混じるが、視線を下にして顔をあまり上げようとしない。

 隣に座る白陽はやたらとキョロキョロしている上に、辺りを警戒している。


「そういえば、石頭のじじいが死んだそうだ」

「本当か? あそこには孫娘がいたな? どうするんだ?」

「翔隆の旦那があの娘にご執心だったからな」

「なら、俺らの出る幕はねぇな」


 残念そうに男は言う。


 男達の会話に何となく耳をすましながらお茶を啜る。

 鳳珠はおねだりの言葉なく蒼子団子を渡してしまったことを悔やみながらも夢中で団子を頬張る蒼子を見て満足そうな表情を浮かべていた。


「そろそろ出ましょう」


 蒼子が団子を食べ終わった頃に、白陽が椅子から腰を浮かす。

 次いで白燕が立ち上がった時だ。


「おぉ、えらい別嬪がいると思ったら、本家の姫様じゃねーか」


 中年の男が店の暖簾を潜り、店内に入ってきた。


 男は詰め寄るように白燕のところまできて上から下まで舐めるように眺め、口元に気味の悪い笑みを浮かべた。


 その男の姿に白燕はビクッと肩を揺らす。

 肩を揺らすのと一緒に風習で身に着けている首飾りが揺れた。


「どちら様ですか?」


 男と白燕の間に白陽が割って入る。


 白陽は背中で白燕を隠し、白燕は白陽の衣を掴んで小さくなる。

 しかし男は白陽のことは目に入っていないようで食い入るように白燕を見ていた。


「随分と女らしくなったじゃねーの。近々うちにも寄越してもらうように旦那さんに頼むとするかね」


 顎の髭を撫でながら意味深なことを言う。


 一体、何のことか柊には分からない。

 白燕は舞の名手と聞くのでそれが関係しているのかもしれない。


 実際、白燕の腕は王都でも評判で、宴の招待を受けることも多いと聞いた。

 しかし、それであればもっと愛想良く接してもおかしくないが、柊には白燕が相手に対して怯えでいるように見えた。


 助けた方が良いですね。


 柊が白燕に声をかけようとした時だ。


「白燕」


 凛々しい声が空気を切るように響いた。


 振り向けばそこには老若男女全てを虜にする微笑みを称えた男が白燕に向かって手を差し出していた。


「こちらに」


 白燕は吸い寄せられるように鳳珠の元へ歩み寄り、その手を取った。

 鳳珠の美しさに男も瞬きを忘れて釘付けになっている。


 天から舞い降りし、神の御使いの如き鳳珠を前に男は見事に肝を抜かれたように動かない。


 その隙に鳳珠は片手に蒼子、片手に白燕、二人の美女を連れて店を出た。


 流石です。


 柊は心の中で、鳳珠を称賛した。

 鳳珠は白燕の様子がおかしいことに気付き、相手を自分に惹きつけて白燕から引き剥がしたのだ。


 主はとても機転が利くし、人の機微に敏感だ。

 勘も鋭いのに、蒼子が絡むとどうにもその勘の良さが発揮されないことが不思議でならない。


 蒼子が大人であることに未だに気付かず、デレデレしている鳳珠を見ると柊は頭が痛くなる。


 柊はすぐに皆の分の食事代を払い、外に出ようとした。


「お客さん達も花買いかい? 呂家の姫と……もう一人は随分の愛らしい子供だったが、どこの娘だい?」


「花買い? それはどういう意味ですか?」


 店主に話しかけられた柊は言葉の意味が分からず首を傾げる。

 首を傾げた柊を見た店主は慌てて首を振る。


「え、い……いや、何でもないよ。ほら、お連れさんが外で待ってるよ」


 まるで追い払うように退店を促され、疑問だけが残った。


 花買い? どこの子供? どういう意味だ?


 詳しく聞きたい気持ちはあるが、鳳珠達を待たせているため、柊は店の外へ出る。


 そして背中越しに『どこの子供だって?』と店主に話しかける声が聞こえた。『将来は美女だぞ』と蒼子を話題にしているようだった。


 ただ褒められているというよりも、その言葉の中に嫌なものが混ざっているようで柊は気分が悪くなった。


 店を出ると少し離れた場所に鳳珠達の姿が見えた。

 白陽が白燕の姿を隠すように立ち、柊に向かってこっちだと手を上げていた。



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