第34話 昨夜の出来事
「おい、待て。それは本当か?」
「本当だ」
鳳珠は後頭部を擦り、信じられないと心境を顕わにする。
蒼子は昨晩の出来事を目が覚めた鳳珠と双子と柘榴達に話した。
妙な気配で目が覚めたこと、白陽が怪しそうな男と密会していたこと、鳳珠の様子が途中からおかしくなり、蒼子に向かって言ったこと。
特に鳳珠の様子に関しては双子も柘榴も、何より本人が驚いていた。
全く記憶にないらしい。
今でも唸りながら記憶を辿っている最中のようだが、覚えていないらしい。
昨晩の出来事の後は部屋に戻り、眠気に負けて、鳳珠を部屋から追い出すことが出来ないまま結局同じ寝台で寝ていた。
蒼子を起こしに来た柊が蒼子の代わりに鳳珠を寝台から転がり落としてくれた。
床に打ち付けた後頭部を擦りながら『今はこいつの父親なのだから構わぬだろう』と用意していた台詞を言い放つ鳳珠だったが、『父親であれば尚更、年頃の娘と寝台で寝るのは有り得ません!』と柊に説教されていた。『どこが年頃なのだ』と不満を漏らす鳳珠を柊は一瞥して黙らせたので流石だと思う。
心から拍手を送りたい。
そして双子の片割れである椋にもこの件は伝えられ、『信じられん』と軽蔑の眼差しを鳳珠に浴びせかけていた。
鳳珠の代わりに誠心誠意の謝罪を繰り返す双子が憐れになった蒼子は今日の所は見逃してやることにした。
「全く覚えていない」
話を始めてから鳳珠は同じ台詞を繰り返している。
自分自身が信じられないようだ。
「まるで何かに乗っ取られているような感じだった」
「乗っ取られた?」
蒼子の言葉を椋は聞き返す。
「そう。何せ、言葉遣いが女性的だった」
昨日の様子がおかしい鳳珠はいつもの話し方ではなく、女性と思しき言葉遣いだった。
何か酷い境遇に身を置いていた女性が、憎しみと怒りを顕わにし、蒼子に逃げろと訴えた。
「最後は『助けて』と言った」
「それって、何かを恨む女性の幽霊が鳳様に乗り移ったってことかしら?」
柘榴の『幽霊』発言に意外にも顔を青くしたのは椋と鳳珠だ。
「ゆ、幽霊だと? ばかげている」
「そ、そうですよ。大体、何故そんな得体の知らないものが鳳様にとりつくんです?」
二人は精一杯強がって幽霊の存在を否定する。
しかし身体も言葉も震えていた。
「さあ。何とも言えんが、その女の幽霊は激しい憎悪を持ち、鳳様の身体を借りて私に逃げろと訴えていた。この話は一旦、置いておく。今日は町に出るのだから」
「おい、待て。置いておくな。私の身に何かあったらどうするつもりだ」
話を変えようとした蒼子の袖を鳳珠が掴む。
その目は完全に怯え切っていた。
「どうにもならない。そもそもあなたに対して悪意があるものではなかった。話したいことがあって少し口を借りただけ。明確な悪意の対象は別にある。あなたに悪意があるのならあなたにとりつかず、私か他の誰かにとりつくか、あなたにとりついたまま池にでも滝にでも飛び込んでいるだろう」
しかし、女は鳳珠を選び、蒼子に強く訴えていた。
悪意の対象は鳳珠ではない。
そう言うと鳳珠から少しだけ強張った肩の力を抜いた。
「それとも何か? 女に恨まれる心当たりがあるのか?」
「ない………………はず…………」
蒼子からは視線を逸らし、目を泳がせている。
「女性達がみな聡明な方々だったので女性からの恨みよりも男性からの恨みの方が酷いですね」
蒼子達が出会った町では商いをしていた彼らは鳳珠目当ての女性客が多かった。
派手な容姿と甘い言葉と鳳珠自身が女好きだということも相まって女性をとっかえひっかえしていたようだ。
質の良い男には質の良い女が寄ってくる。
聡明な女性達は本気で鳳珠を愛しても一線を引いて鳳珠の元を去っていったらしい。
女性達よりも鳳珠に女性を奪われた男達の怨念の方が強いと柊は言う。
「とりついたのは女性って話だし、鳳様が恨まれてるってことではないわね」
冷静な柊と柘榴が言う。
「大丈夫なのか⁉ 本当に私は大丈夫なんだろうな⁉」
「まぁ、大丈夫だろう。おそらく」
気のない返事をした蒼子の横で鳳珠が震えている。
「おそらくだと? 何故、そんな不確かなんだ。絶対大丈夫だと断言しろ」
蒼子は鳳珠の言葉を無視する。
ちらりと椋に視線を向ければ、冷や汗を流しながら奥歯を噛み締めて平生を装おうとしているが、顔は青く、腹を壊して無理をしている病人にしか見えない。
「椋さん、大丈夫?」
「な、何がだ⁉」
「…………」
蒼子の問い掛けにビクッと肩を跳ね上げたところを見ると大丈夫ではなさそうだ。
そして恐怖に対抗しようとしているのか、いつもより無駄に声がでかい。
「そもそも何で幽霊が怖くて呪いは大丈夫なの」
蒼子は呆れ声で言う。
自分達は呪いを払うためにここを訪れた。
たかが幽霊よりも呪いの方が恐ろしいと思うが違うのだろうか。
「呂家の呪いは全く私達とは無関係だからな」
「そう、俺達には関係ない」
鳳珠と椋は同じ考え方らしい。
呂家の呪いは他人事、ということだろうか?
調査をする上で自分も呪いを被ると他人事ではなくなるが、その辺りは考えなかったのだろうか?
よく分からないな、と考えながら蒼子はもう一度溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。